領主であり、漁師でもある
腹をくくったつもりでいたが、いつもどこでも正直なのが心。
夕飯の知らせが来るまでに、カレンに猫だましをもらって、ようやく我に返ることが何度あったか。しまいには両頬をむにむにされていた。時計を見ると一時間半ほどが経っていたが、体感ではその半分もない。
ダイニングの扉を開けるカレン、それに続く。さてどんな親父さんが出てくるか―――
「おう、よくきたなタマ! もしかして魚は好きか? 好きだろう、そうだろう! はっはっは!!」
猫じゃないが。
親父さんは、完全に中身がおっさんの、お兄さんだった。この人も、どう見積もってもまだ三十には届かないだろう。葉菜さんを見ていなければこの人も兄だと思ってしまったかもしれない。
「こんばんは、成束珠樹です。今日はありがとうございます」
「いいっていいって気にすんな、そこ座りな」
言って指さすは自分の正面。とりあえず、顔を会わせただけで怒られるなんてことはないみたいでほっとする。
「葉菜の料理は世界一うまいぞ〜、新婚の頃は俺も何度か死にかけ痛あッ!?」
「あら、渡海さんいらっしゃったの。でもお料理は下げますね」
「おいおい今はこんなに上手なんだから別に「それ以上言うと一週間、二人分のごはんしか作りませんよ」すまない」
淑やかな奥さんの尻に敷かれるおっさん(若い)を見て、夫婦関係がどう転ぶかの分からなさを一人噛みしめる僕。結婚、やっぱり大変なんだなあ…
夫婦漫才を複雑な心境で見ていると、おっさんが思いついたように僕を見据える。
「自己紹介がまだだったな。
「俺は華苑渡海。ここ、大土の―――りょうしをしている」
「本当に領主じゃなかったのかよ!?」あ、声に出てしまった。
そして父親は"くさかんむり"じゃなくて"さんずい"なんだな。少し裏切られた気分だ。
「くっはは! 悪い、噛んでしまった。だがどちらも本業だ。領主であり、漁師でもある。まあ、細けえことはメシのあとにしようや。せっかくの料理が冷めちまう。―――全員、手を」
食事前に合掌をするのは、この土地も同じらしい。好感を覚える。
やがて食事が始まったが、本当に幸せそうな家庭だと思った。笑顔と会話の絶えない、僕が思うに、理想的な家族の姿を見た。
そして、渡海さんが採ってきたのだという魚をふんだんに用いた葉菜さんの料理は、それはそれは美味しかった。
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先程までの盛況が嘘のように静まり返った食卓で、渡海さんと一人、向かい合っていた。
あまり聞かせて気分のいいものではなかったのか、母は娘を連れて席を外している。
「さて、タマ吉。
「…なんだ不服か? んじゃ、やっぱタマにするか。まず先に、こちらの質問にも答えてくれ。そもそも、花蓮のことに首を突っ込む理由はなんだ?
「なるほど。成り行き、というのが多少気になるが、まあそのうちわかるだろう。花蓮の抱えているモノについてはきっちり話してやる。ただ、それとはまた別件でもう一つ聞きたいことがある。
「タマ、お前さん、今日のことについて話してもらえるか?
「…そうだろうな。きっとそう言うだろうと想像していた。少しだけ、昔の話と今の話をさせてくれ。
「と言っても、事細かに語るつもりはねえ。特別おもしろい話でもないから、可能な限り省かせてもらう。
「今からおよそ二千年前、この惑星は急速に冷え込んだ。氷河期というヤツだ。
「いろいろな国や人が、なすすべもなく凍りつき、死んでいった。……らしい。
「当たり前だろ、俺はどこにでもいる普通のアラサーだぞ。悠久の時を経てなどいないし、与えられても迷惑だ。
「――話を戻すぞ。突如陥った氷河期の理由は、解明されていない。それを救った立役者が、殉死したも同然だからな。
「華苑 美神っつー当時の巫女、まあ、今で言う領主みたいなもんだな。それともう一人、詳細は不明だが男。この二人がそうだ。
「――バカ野郎違う、俺の創作じゃねえよ。実在したご先祖様だ。…だーから本当だって!
「もういい埒があかねえ、進めるぞ。とにかく、この二人が結界で四方に土地を覆った。結界と聞いてもピンとこないだろうが、今はそういうものだと思っておいてくれ。
「そうして、結界内にいた人々だけは無事生き延びた、というわけだ。簡単だろ?
「ところが、結界を恒久的に維持するためには依り代が必要でな。三つは用意ができたみたいなんだが、一つ足りなかったんだ。
「そこで二人が選んだのは、自分たちを依り代、その代用とすること。いわゆる人柱だ。
「なんでこの話をするかっていうとだな、お前さんも昼間見ただろう? 空に届くような大樹。あれがその人柱なんだな。俺たちはあれに生かされた。故に、神樹と呼び、祀っている。
「…なに? 見てない? 明日にでも見てみな、うちの庭からでも見えるぞ。
「とりあえず、昔話はおしまい。あと、もう少しだから辛抱して聞いてくれ。
「既に忘れているかもしれないが、俺は領主を務めている。もう理由の察しはつくだろう。
「俺はこんなんで、しかも婿養子だから、あまりエラそうなことは言えないんだが――おい、やっぱり、って笑うのやめろ少しは気にしてるんだから。
「とにかく、救世主の子孫にあたるんだよ、華苑の家はな。だから領主、つまり神樹の守護や点検ってのはウチの役目ってわけ。
「で、だ。前置きが長くなったが、話したかったのはここからだ。
「神樹は、二人を依り代としている。さっき俺もそう説明したな?
「あれは氷でできている樹だからな、中で寄り添う二人の様子がおぼろげに見られるってんで、年齢を問わず、仲睦まじい男女に人気があるんだ。かくいう俺も葉菜にプロポーズしたのはそこでな。あのときの葉菜の顔といったら…ふふ。
「――すまない、今の脱線は完全に俺のミスだ、だからそのノブに掛けた手を離してこちらに戻ってきてくれ。もう終わる、もう終わるから本当に頼む。
「…ありがとう、話の通じる相手でよかったぜ。それでだな。依り代のうちの一人、男の方が、今日の正午ごろ、忽然と消えていたんだ。神樹には傷一つないままに。
「確かに、タマの言うとおり観光地としての心配もあるんだが、そうじゃないんだ。
「依り代の、はっきりとした顔は見えないんだがな。だからこそ、お前が依り代の男と、瓜二つだってことは見る人が見れば気づくんだよ。葉菜も驚いていた。そのくらい、似ている。
「それでタマ、ここにお前の帰る場所はあるか?
「…やっぱりそうか。さて、ここで問題。
「消えた神樹さまの依り代、時を同じくして、依り代にそっくりの人物が現れました。オマケに行くあてもない、ときた。
「さあ、ここの人々はどういう反応をするでしょうか?
「…考えるまでもない。当然、大騒ぎになる。言ってみれば、神様が受肉したようなものに見えるんだからな。お前さんを担ぎ上げる新興宗教の二つや三つ、現れたっておかしくはない。
「それで、領主として、俺からの要望がある。タマ――成束珠樹の身柄を保護させてほしい。
「拘束じゃないぞ。保護だ、保護。お前を放置しておくと、まず間違いなく厄介なことになる。だが、うちの庇護下に置いておけばその懸念はほとんどなくなる。
「そして、その代わり。お前さんには衣食住を保障してやる。当然、家から一歩も出るな、なんてことを言うつもりもない。これだと味気ないから……そうだな。
「家族になる。これだな。建前上は、遠縁の子で使用人ということになるんだがな。
「迷っているのか? その理由が遠慮だってんなら、気にするな。どっちみち、花蓮の問題に関わるのなら、もうお前は他人じゃいられないんだ。
「……。そうか、助かる。今日からお前は家族だ――タマ。
「ペットみたいだからやめろ? そう言うなよ、俺は純粋にこれが気に入って呼んでいるだけさ。花蓮にはそう呼ばせているだろう?
「おっと、そうだな。花蓮のことを話すために残ってもらっているんだった。長々と、俺の話題を続けてしまってすまない。
「まあ、茶でも飲んでくれ。これと同じくらい、あるいは、まだ長い話になるかもしれないんだ。