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五彩の巫  作者: 桜ゆっけ
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そういうことなら、お邪魔させてもらおうかな

 そうして二時間も経てば、彼女がどういう子なのかが少しずつ分かってくる。


 カレンは花が好きらしい。あれは菜の花、これはレンゲ、というように、ここに咲く花については全て教えてくれた。僕が小学生だった頃に、摘んで蜜を吸っていた花は『ホトケノザ』というらしいのだけれど、春の七草に数えられる『ほとけのざ』とは別種である、ということも初めて知った。


 そしてもう一点。


「はあ、はあ、ぜえ…はあっ!カレンごめん、ちょっと…休憩を!」

「そう?じゃあさいごに、あの木までかけっこだね!よういどーん!!」

「ちょっと待てお前自分が前にいてそれはずるい…っ!?」


 体力が多い。というか、身体能力が全体的に高い。

 僕も田舎で十七年暮らしてきているので、人並みには体力があると自負していたわけだが、ご覧の有様である。


 かくれんぼをしているうちはまだよかったのだが、鬼ごっこに移行してからが地獄だった。さすがに、高校生男子と中学生女子とだから、単純な最高速度においては負けていない。七割~八割の力で走って拮抗するぐらいだ。


 しかし持久力が異様に高い。三十分以上追いかけっこを続けているが、大して走るスピードに変化がない。この世代の女の子がどの程度なのか、などということは知らないけれど、それでも、彼女が平均を逸脱したモノを持っているであろうことは容易に推測できた。


 極めつけに、五、六メートルほど前を走る彼女が突然転回してこちらを向き、迫る僕の横をするりと抜けてみせたのだ。身体のバネ、動体視力、反射神経まで規格外。疲れていたとはいえ、そんな芸当を許す圧倒的な運動センス。女子中学生(五歳)に打ちのめされた僕は、文字通り、精根尽き果てて休憩を申し出た、ということになる。


 既に腰を下ろしているカレンの元に遅れてたどり着くと、木に体重を預けて両足を投げ出した。横目で見ると、その足でどうやったらあんなパフォーマンスができるんだと言いたくなるような、人よりも綺麗な足がそこにあって、思わず息をつく。



「そうだ、タマにぃ。おうちは?いつまでにかえらなくっちゃいけないの?」

「僕は…何時まででもここにいられるよ」


 ないからね、家。

 そういえば、この子と別れた後には夜を過ごせる場所探さなくちゃいけないんだなあ…嫌なことを思い出してしまった。


「カレンは?もう帰っちゃうのか?」

「うーん…いっぱいあそんでつかれちゃったし、タマにぃといっしょにかえろうかなあ」

「一応疲れてはいるんだな…それならぼちぼち帰ろうか。送っていくよ、案内してくれ」

「? おくる?」

「家までついて行ってあげるってこと」

「わかった、ありがとう!じゃあかえろ!」


 言うなり立ち上がったカレンに手を引かれて、歩き出す。…お前本当に疲れているのか?もしも、五歳の子に気を遣われた、ということであれば、少し情けない気分になってしまう。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 花畑からカレンの家までは、ゆっくり歩いても二十分とかからなかった。


 森に入り、しばらく歩くと開けた場所に出た。すぐ近くに一際大きな家の門があり、その他にも何軒か家が建っていた。他の地域も、こういった集落が点在する形なのだろうか。


「ついたよ、ここがわたしのおうち」

 カレンが立ち止まって言う。

「お、そうかここがカレンの―――って」


 今一度見直す。


 やたらデカい門。そこから伸びる背丈よりも高い壁。


 ………武家屋敷?


「あの…カレンさん?失礼ですが、お父さんお母さんは何をされているのでしょうか…?」


 思わず敬語になってしまった。


「おかあさんは、おかあさんだよ。おとうさんはね―――

「ここ、おおつちでいちばんえらい、りょうしゅさんをしてるの!」


「…マジか」


 領主。

 つまり、元いた町に帰る手がかりを知っていそうな最重要人物候補だった、ということ。

 その人に頼れないとなると、少し厳しいことになりそうだ。

 願わくば、『りょうしゅ』が『漁師』を噛んでしまっただけでありますように。切に祈る。


「じゃあまたね、カレン」

「え? どこいっちゃうの? いっしょにかえるんじゃなかったの?」

「うん? いやだからいっしょに…ってあれ? そういうことなの!?」

「うん。おともだちができたらつれておいで、っておかあさんがよくいってるから」


 "一緒に"の意味を取り違えたこともそうだが、"ついて行ってあげる"という言葉もよくなかったらしい。

 一応、年頃の女の子の家であり、さらに領主の娘であるという事実が非常に悩ましい。大げさに言うと、王家みたいなものじゃないか…!


 ちらりとカレンの様子をうかがう。

 あぁもう、ちくしょう。ついさっき―――友達になってほしい、と頼まれた時と同じ顔をしている。


 いいさ、とことんまでやってやる。


「ありがとう。そういうことなら、お邪魔させてもらおうかな」

「…うんっ!」


 ぱあっと、花が咲くように笑う。

 ……この子を裏切ってさっさと帰る、なんてことはもう間違いなくできない。なんとかして、その問題を取り除いてあげたいと思った。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 華苑、という表札の門を抜け、敷地内に入るとどう見ても寝殿造だった。――やっぱり、実はここ日本じゃないのか?

 そもそも、島なのにこんな水の使い方して大丈夫なのか…?


 しかし、いろいろ気になるところは多いけれど、実際にこういう大きなお屋敷を目にする機会は今までなかったので、正直に申し上げてめちゃくちゃ楽しい。もし家を建てるなら、絶対に水を引きたい。


「楽しそうだね、タマにぃ」

「ああ、珍しいからな。学校で習った造りの家を見るのは初めてだよ」

「! がっこう! しってるよ、わたしももうすぐいくの!」


 目を輝かせるカレン。よほど、楽しみで仕方がないのだろう。


「カレンは、学校に行ったらどんなことがしたい?」

「えーっとね、…………。…いろいろ!」


 考えすぎてまとまらなかったんだな。和む。


 そういえば、―――この子の通う学校はどうするんだ? 肉体年齢と精神年齢の乖離、その理由次第ではあると思うのだけれど。



 玄関。


 ただいまー、というカレンの知らせを受けて、足音が近づいてくる。

 誰だ…?親父さんか、奥さんか。もしかしたらおばあさん、あるいは兄弟に姉妹まで考えられる。最高の外面で迎えられてやろう。


「カレン、」小声で話しかける。

「お兄さんやお姉さんはいるか?」

「ううん、わたしはひとりっこだよ」

「わかった、ありがとう」


 よし。これでとりあえず失敗例その一、『兄姉を父母と勘違いしてしまう』は回避された。あとはその二、『父母を間違える』に気をつけていれば安泰だろう。


「おかえりなさい花蓮、――あら?」

「ともだちの、タマにぃつれてきたよ!タマキおにいちゃんだから、タマにぃ!」

「こんにちは、はじめまして。カレンさんの友だちの成束珠樹です。よろしくお願いします、お――」


 待て待て待て待て待て。とっておきのお姉さん出てきたじゃないか。おそらく二十代の半ば。

 しかし、カレンが十四歳だから、普通に考えれば母親は三十路を迎えているはずだ。それはおかしい。だが、カレンにその面影が感じられる以上、赤の他人ではない。すると、導き出される答えは―――たまたまよく似た親戚のお姉さんだッ!


 審議終了。

「―――お姉さん」とりあえず、そう口にした。

 頭を上げて、反応を伺う。


 ……なにか、意外なものを見る目つきをしていらっしゃる。バカな、会っているはずのない人じゃないか。

 そう訝しんだのも束の間、カレンにそっくりな表情をして笑う。


「あらまあ、お姉さんだなんて♪ 花蓮の入れ知恵ではないのかしら?」

「…タマにぃ。おねえちゃんはいない、っておしえたのに」

 やめろ五歳児、そういう残念な人を見る顔を覚えるな。お前にはまだ早い。


 それなら、この人は誰だ? もう僕の目測が誤っていた、ということしかありえないのだが。


「こんにちは、珠樹さん。私は華苑(かえん)葉菜(はな)と申します。花蓮の……実母です♪」


 母親なんだ…若いなあ…経産婦でこの見た目を保てるのかあ……。もしも僕が女性に生まれていたならば、大層な夢を描いたのかもしれない。そして、子どもを産んだ後は余計に凹むのだろう。


「タマにぃ、おへやいくよ~」


 いつの間にか靴を脱いでいて、遠ざかるカレンの背を追おうと僕も続く。すると、葉菜さんが図ったように顔を寄せてくる。そんな、いくらお姉さん扱いを素でやってしまったとはいえ、さすがに不倫はハードルが高すぎる……!


「そうだ、タマキさん。もしよかったら、今晩夕食をご一緒しませんか?花蓮がお友達を連れてくるなんて珍しくて」

 耳打ちでした。そりゃそうだ。


「団らんに中入りするのは気が引けるのでお断りしようと思うのですが、花蓮さんにもそう誘われた際は、ぜひともお願いしたいです」

「あの子なら大丈夫よ、じゃあ食事の時間になったら呼びますね」


 そう言い残して去っていく若妻。これはたぶん、何を言ってもごちそうされてしまうパターンだ。


「あの、せめて何かお手伝いをさせていただきたいのですが」

「お客さんなんだからいいのよ。ありがとう、花蓮と親しくしてくれて。少し、変わった子でしょう?」

「はい、そのことについて、迷惑でなければお話を聞かせてほしいのですが…」

「…そうですか。自分からそれに関わろうとなさるお友達は久しぶりです。食後にでもお話ししましょう。おそらく、父親からになるとは思いますが」

「わかりました、よろしくお伝えください」


 これで何かわかるかもしれない。その上、夕飯までごちそうしていただけることになってしまった。宿無し文無しの僕にとって、一食とはいえ食事にありつけるのは非常に大きい。さらにカレンの問題についても、親父さんから聞かせてもらえるという。


 ―――親父? あれ、もしかして僕は知り合った初日にその女の子の家に上がり込み、父親に挨拶をすることになっているのか? この郷ではどうだか知らないが、すごく、嫌な予感のするシチュエーションでしかない。


 …なるようにしかならない、か。

 ろくに話もさせてもらえず外に放り出されることだけは、避けたいものだった。

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