断章
悪いな、と目の前にいる男に言われた。荘厳な装飾が施された服とマントはボロボロだ。整った顔も、薄汚れ、あちこちに傷が出来ていた。
別にいい、と答えた。手にしている剣は折れていて使い物にならない。武器は剣が全てではなく、腰に短剣がある。魔王討伐の任を受けた日、王女から渡された守りの短剣だ。これがあれば、目の前にいる魔王を殺せるだろうが、使いたくはなかった。
お互い戦い続け、既に疲労は限界だ。魔王もずっと戦い続けられるわけではない。百戦錬磨の勇者と言えど、それは同じだ。
「私は疲れた」
俺もだ、と呟く。
「この輪廻を断ち切ろう」
魔王は残った魔力で足元に魔法陣を描いていく。
「――■■■■!」
背後で、ずっとついてきてくれた彼女の声が聞こえた。泣きそうな声で、俺の名を呼ぶ。振り向かない。
「後は、任せろ」
「済まない……勇者よ」
有史において幾度となく繰り返されてきた勇者と魔王の戦い。勇者が勝った時もあれば、魔王が勝った時もあった。終わらない戦いに、魔王は疲れてしまったのだろう。勇者に選ばれ、がむしゃらに戦い、人を助けてきた俺にとって、魔王は救わなければならない存在になった。
「■■■■! 逃げて!」
縫い付けられたみたいに、足は動かない。俺と魔王が共倒れになったとしても、魔族の侵攻は止まり、人の王国は王や仲間たちが導いてくれる。勇者の俺にできることなど、何もない。
腰の短剣を鞘ごとベルトから引き抜き、彼女に向かって投げた。
「それを、王女に返してくれ。――貴方に俺は守れない、と言ってくれ」
「そんな……」
魔王が、いいのか、と言いたげな視線を向けてくる。俺は薄く笑った。
「頼むな」
描き終わった魔法陣が眩い光を放ち、俺と魔王は光に包まれた。脳裏によぎったのは、貧しい村で暮らしていた時の記憶。泣いてばかりの彼女を慰め、涙を拭ってやっていたのはいつも俺だった。――今度ばかりは、あいつの涙を拭えなかった。
いつかの、いつの時代かも分からない物語