空中デパートで会いましょう
オレは、おとなしい娘がスキだ。
雲の高さ、そうだなぁ上空3500mあたりにぽっかりと浮かぶ、巨大空中デパートって知ってるかな? そこの14階の書店でバイトしているあの女の子。
いつも緑のエプロン姿で棚整理なんかしているおとなしそうな娘。
お昼休みには、屋上遊園地のベンチに座って小さな弁当箱を股の上にのっけて食べている。・・・
巨大空中デパートはオレのお気に入りの場所だ。
地下一階(空中なのに地下があるのもおかしいが)にある輸入食品店でオレは金が入った日にいつもより贅沢をして値が少し高めのパスタとか缶詰なんかと輸入ビール3本ぐらい買ったりするのだ。
もちろん14階の書店にもよく行った。デザインの本もそこそこ揃ってたし、なによりあの娘が働いてるのを本を見てるふりしてチラチラ見るのが目的でもあった。
あの娘はやせっぽっちて154センチぐらいで地味なんだけど整った小作りの顔でとっても色が白いんだ。
いつもそこで働いてるときは紺かグレーのスカートで白か水色のオックスフォードのシャツにグレーかくろか紺のカーディガンなんか羽織ってた。靴下はアーガイル柄なんか履いていてるときもあった。
といった具合にオレはその娘のことをよく見ていたが彼女はオレのことなんか知りもしないだろう。もちろん声をかける勇気もないし、かけたところでどうにかなるなんてこれっぽっちも思っちゃいなかった。
それがある日である。・・11月の冷たいけどまだ心地いい18時ごろ、ある新し目のビルの中にある喫茶店に入った。街中なのに人もそんなに居ない静かで小綺麗で落ち着いた所だ。喫茶店の向かいにはハクセイ館があって綺麗なガラスケースの中に剥製がかざられていた。おれの座ってる席からハクセイ館の入り口が丸見えだったが、10分くらいの間にハクセイ館に入ったのは若いカップル一組だけだった。
オレはコーヒーをすすりながらボーッとまだ入り口の方をみていた。見覚えのある女の子がハクセイ館の中に入っていった。あの娘だとすぐわかった。 オレは急いで喫茶店から出てハクセイ館に入った。入場料300円とられた。
オレはパンフレットを手に取り、なにか探すふうなふりしてあの娘を探した。 すぐ見つけた。彼女はシロクマの剥製の前に居た、オレはそそっとシロクマと彼女の方に近づいた。オレはシロクマの隣のアザラシの剥製を見てるふりしながら彼女をチラ見した。
しばらくすると彼女はすたすたと別のコーナーに行ってしまった。オレも少し時間をおいて追いかけたが見失ってしまった。
うろちょろしてると長い腸の剥製?が飾られてる部屋にきた。何メートルもある腸が横向きにずっと飾られていて、あまりの長さにオレは見とれながら横に歩いてると誰かが反対から同じように歩いて来てぶつかってしまった。
あの娘だった、あまりにもベタな流れにオレは運命を感じちゃったりしてしまった。
とっさにオレは「あの本屋のぉっ」と声に出してしまった。彼女はニッコリしてオレの顔を見た。オレは自分がたまにあの書店に行くんだなんてことをベラベラしゃべっていた。その様子をヤマネコの剥製が見ていた。キツネの剥製はそっぽを向いていた。
そうしている所にハクセイ館の従業員が近づいて来た。38ぐらいのブルーグレーのアイシャドーを塗った女だった。「よかったらこちらで記念撮影がとれますよ」と言ってある場所につれていかれた。そこにはユニコーンの剥製がフワフワの敷物の上に立っていた。従業員の女は「写真を撮るんでお二人、ユニコーンの側に寄ってください。」と言った。もちろん恋人でも友達でもないのに一緒に写真なんて撮るなんて彼女はことわると思っていたら、意外にノリが良くて面白がってオレとユニコーンと一緒に写ってくれた。 ポラロイドカメラから出てきたユニコーンと写ってる二人の写真がすこしマヌケでお互いに顔を見合わせて笑ってしまった。
この事がきっかけでオレと彼女は久しくなった。オレは彼女の居る本屋に行ったり、休憩時間に屋上遊園地で一緒にベンチに座って話したりした。彼女の名前は アオイ 26歳と見ためより大人だったことに驚いたが、話してみるととても落ち着いていてしっかりした女性だった。
おれも自分のことを話した、そのころはクスリもやっていなかったし彼女に秘密にしておくことんなて無職だという事ぐらいしか無かった。
実際その頃ろくに働いていなくて家賃も払えていない状況だった。たまに友人から内職を紹してもらったりして小銭を稼いで凌いでいた。ほとんどは闇の内職で盗難品の製造番号のすり替えや違法植物やペットなどを預かったりしていた。
それでも家賃が払えなかったオレは、おんぼろアパートから追い出される寸前になっていた。 そのことは恥ずかしくて彼女には言えなかった。
ただ、助かったのは彼女は金のかからない娘だった。どこに行きたいとか何が欲しいなんて一回も言わなかった。映画だって彼女の部屋で借りてきたビデオを見たり、飯も彼女が作って部屋でいっしょに食べたりしたからほんとに金なんて使わなかった。
12月はじめのある日。そらを見上げるといつものように空中デパートがぽっかり浮かんでいた。あの娘は今日もあそこで働いているんだなぁと思いながら、オレはなにもせず公園でタバコをふかせてぼーっとしてた。
前の日、彼女がキーマカレーを作ってくれた。二人でビールを飲みながら食べた。酔って気持ち良くなったオレは横になってまま彼女が食べ終わった食器をシンクの方に持っていったりしているのを見ていた。彼女はこまかい洗濯物をたたんだりしはじめたので、それもじっと見ていた。彼女のセーターから白い背中が出ていてオレは「背中出てるよ」と言うとジロッと睨まれてしまった。
12月半ばのある日のこと、二人でレコード屋に来ていた。
ある雑居ビルの4階にある床がコンクリートで壁のタイルもはがれたり割れたりしている所で、レコードやカセット、CDやDVDがダンボールにぎっしり詰まっていた。レコード屋に来る前に3階の店で彼女がイイ匂いのするろうそくを買っていて、そいつをレコード屋で開けて見たからレコード屋がイイ匂いにつつまれて他の客がクンクン鼻を鳴らした。
オレは欲しいレコードがあったけど金がなかったのでその場は我慢した。
ある日。 おれの部屋は鳥の羽が散乱し、鳥カゴが部屋のほとんどのスペースを占めるという状態になっていた。なぜそんな事になっていたのかというと。友人に頼まれたある内職のためだった。どんな事をするのかというと、毎日数回メスの鶏の尻(性器)にスポイトで、ナゾの青い液体を垂らすって仕事だ。そうするとこの鶏が特別な卵を産むようになるってことらしいが、どうもかなりヤバい臭いがする。しかし俺にはこんな事して金を作ることしかできなかった。実際前にも何回かこの内職を請け負ったことがあり、それで家賃やなんやらを工面できたんだからありがたいってもんだ。ただ、この仕事をすると体の調子がおかしくなる事があって、頭痛や寒気、脱力感みたいなものが襲ってきた。手に付いた青い液体は洗っても中々落とすことができなくて、オレの手は真っ青に汚れていた。
しばらくしてから、この仕事を紹介した友人Dがオレのもとへ様子を見にやって来た。D「よう、どんな感じ?」 オレ「仕事はなんも問題ないけど、体の調子がね・・」 D「どうした? そういや顔色悪いな。前にも言ったが液体の付いた手で粘膜に触れるなよ、食べ物にも触れるな、頭も掻かかいほうがいいぞ。わかったか?」 オレ「あぁ、わかってるよ。」
とは言ったものオレは液体の付いたままの手で平気で何にでも触れていた。
D「じゃあ、10日後に鶏を回収しに来るからそれまでたのんだぞ。もう一回言っとくが液体の付いた手で粘膜には絶対触れるな、チンコもいじんなよ。」オレ「ははは、わかったよ。」
もちろんチンコも触ってた。だが幸いというかしばらく彼女には会っていなかったので、青い手で彼女に触れることはなかった。
それから2日ぐらい経ったころ。オレは近所をブラブラしてると、犬を散歩している男とすれ違った。オレはゾッとした。5年前死んだ親父にそっくりだった、もっと驚いたのは連れていた犬もオレが小さい頃飼っていた雑種犬にそっくりだったからだ。オレは怖くてどうしても振返って見ることができず、いそいで自分のアパートに帰った。オレは寒気が治まらなく、酒を飲んで毛布にくるまって床の上に寝た。
二時間ぐらいして、小便したくなりオレは起きた。じょぼじょぼ小便をしてると、ふくらはぎにサワっとやわらかいフサフサした物が触れた気がした。オレはびっくりして便器の外に小便をまき散らした。フサフサした物がドアの隙から出て行くのを見て、またオレはゾッとした。それは昔飼ってた猫だとすぐわかったからだ。
オレは何が原因かは直ぐ察しがついた。そして慌てて友人Dに電話した。
D「はい、もしもし。」 オレ「なぁ、今日さ、死んだ親父と犬を見たんだよ。」 D「はあ?」 オレ「それに今、便所に昔飼ってた猫が居たんだよ・・足に触れた感触がまだ残ってるよ・・。」 D「あぁ・・そういう事か・・今直ぐお前のとこに向かうよ」
Dは一時間ぐらいしてからオレのアパートにやってきた。 オレは寒気が治まらず、笹の葉に巻かれたちまきのように毛布に頭から包まって震えていた。
D「まったく、困ったもんだ・・。 俺もちゃんと説明しとけば良かったんだが・・。」 オレ「この青い液体が原因なんだろ?・・いったい何なんだこの液体は?」 D「正式名称はデックス-1000。俺らは色からコバルトって呼んでる。こいつが粘膜に触れたり体内に入ったりしたらそいつは幻覚を見る事になる。しかもかなりリアルな幻覚だ。リアルすぎて感触や温度、匂いまで感じる。」オレ「なるほど・・」D「コバルトの危険性は政府も警察もわかっていて、これを製造や販売、所持していただけでも重い罪に問われる。」 オレ「チッ・・」D「そこである奴が面白いことを考えついた。鶏の尻にコバルトを塗り込んでみたらその鶏が産んだ卵に軽い幻覚効果が残ってるのが解ったんだ。この卵を食っただけで数時間幻覚が見れるってもんで、バーチャルセックス用に使う者や、自分の中の神に逢うためなんて奴らにものすごく売れるんだ。しかもただ卵を売買すれば良いんだから捕まる心配もない。」 オレ「ああ、大体わかったけど、オレはどうしたら治るんだ?」
D「それなんだけど・・。卵を食っただけなら数時間幻覚を見ただけで元に戻るんだ。ただお前は直接コバルトに侵されてしまった。そうなると今の所、完治する方法は無い。」 オレ「じゃあオレはずっと幻覚を見続けるってことか?」 D「いや、そうじゃない。実は幻覚を一時的に消すことのできるクスリがある。これを飲めば目の前の幻覚はキレイに消え去る、ただし数時間だけだ。今、手元にそのクスリが8錠ほどある、それをお前にやるよ。また後で用意しとくけどタダじゃないぞ。」 オレ「なるほど、そうか・・まぁしかたねえか・・」 D「所で幻覚を見たのは今回が初めてか? 前にもこの内職した時にはまだ幻覚は見てなかったのか?」
この内職は前にも何回かしたことがったが今回のような事は無かったと思った・・いや、もしかしたら前から侵されているのに幻覚を幻覚と認知していなかったのかもしれないと思えなくもなかった。 そうなるとここ数ヶ月の出来事で本当だと思ってた事がただの幻覚だった可能性が有るってことだ。
Dが帰ってしばらくした後、オレはクスリを飲んでみた。どうしても確かめたい事があったからだ。オレはいつも空に浮かんでいるはずの空中デパートを見てみた。
空には何も無かった。そうなるとアオイの存在もオレが見ていた幻覚ということになってしまう・・。
オレは少し考えてから残りのクスリをすべてトイレに流した。これで彼女が消えることはなくなった。
・・・・・・終わり。




