秘密
A博士はバーで酒を飲みながら考えていた。
「そんなはずはない。ありえないのだ」
A博士は、今大学で教授として宇宙工学を教えているけれど、昔は国の宇宙航空開発研究所で惑星探査についての研究をしていた。
彼がそこを辞めた理由は、ある計画失敗の責任を取らされたからだ。
とある小惑星に、探査用の衛星を発射して、表面の観測、サンプル採取を試みた。
ロケットは発射され、衛星も無事に周回軌道に投入された。
しかし、通信が途絶え、計画は失敗に終わった。
代表責任者であった彼は、すべての責任をかぶって辞職。
数年後、彼のその知識と経験をかわれ、大学に招かれることになる。
それが表側の事実。
裏で何があったのか?
実は、小惑星探査衛星を搭載していたロケットの正体が、国が研究していた新型ミサイルだった。
周辺情勢や、同盟国に配慮して実験はカモフラージュして行われることになった。
白羽の矢が立ったのが、A博士だ。
現場での仕事に疲れ、大学での研究に戻りたがっていた。
宇宙開発、平和利用の名のもとに予算が執行された。
そもそも、ロケットとミサイルにたいした違いはない。違いは使用意図ぐらいだろう。
探査衛星開発にかける予算の一部は、A博士への口止め料として使われた。予算全体からすれば微々たる量だが、個人の金として考えれば大金だった。
そして、探査衛星が搭載されていないのだから、サンプルを持ち帰れるはずもなく、計画通りに失敗した。
裏表がそろい、これが全てのはずだった。
ある日のネットのトップニュースで、天体望遠鏡で謎の発行物体発見との情報が流れた。
B国の航空宇宙局の公式見解として、その物体の正体はA博士が打ち上げ、見失った探査衛星であると発表されてしまった。
「そんなはずはない。ありえないのだ」
A博士はそもそも探査衛星を作っていない。
だから、ありえないのだ。
誰にも相談することもできず、バーで一人酒を飲むしかなかった。
バーに男女の客が入ってきた。それまで無言で相手をしてくれていたバーテンダーが出迎える。
A博士が一人になった時、彼の情報端末が振動して着信を告げる。
酔った博士は、誰からの連絡なのか確認しなかった。
「もしもし?」
「実に役に立ってくれたよ。ありがとう」
「何のことを言っている?」
「そうだな……。例え話をしよう。
もしこの広い宇宙に、我々に類似した存在、宇宙人っていうやつがいるとしよう」
「なにを言っているんだ?」
「政府は、宇宙人とは密かに交流していたのだけれど、ある日、事故が起きて彼らの存在が明るみに出そうになった。
そんな時、ちょうどその近辺の小惑星で人工衛星との通信が途絶えたという事故の存在を知った」
「まさか!」
「宇宙人が乗っていた空飛ぶ円盤の救助信号を、人工衛星だったと発表したら、隠蔽できると思わないか?」
A博士の酔いが醒めてきた。その頭で冷静に考える。
「ありえない。もし君の話が真実だったとして、なぜ私に話す?
それとも、これから私の口封じのために殺し屋でも差し向けようというのか?」
「私たちはすべてを知っているのだ。ロケットの正体もあなたの役割も。だから、あなたは誰にも打ち明けることはできない」
A博士は驚いた。この声の主はいったい何者なのか?聞いたところで答えてはくれないだろう。むしろ、知りたくない。身の危険を感じた。
「だとしても、なぜ教えてくれたんだ?私が真実を話せないと確信しているのならなおさら真実を話す必要はないではないか?」
情報端末の向こう側の声は、しばらく黙ってから答えた。
「あなたならわかるでしょう?誰も知らない秘密を知っているのに、それを黙っていなければならない苦しみを!
誰かに話してしまいたい欲求を!
ああ、すっきりした!」
そういうと、通信は一方的に切られた。
A博士はあたりを見回した。
今知った秘密を誰にも打ち明けることはできない。
真実を知り、納得したはずなのに、彼の心は晴れなかった。