出会い その6
押しても引いても動かない。完全に鍵がかかっている。ちなみに由樹のアパートはオートロックではないので勝手に鍵が閉まることはない。
「締め出された」
気づかなかったが、中にいるであろう美女が由樹が月を見ている間に鍵をかけられたらしい。
「端からそれが狙いか!」
アパートを離れ入り口から回り込み茂みをぬけて窓をあける。と思ったが鍵がかかっている。
当たり前ではある。
家に帰ってから窓などあけていないから、鍵がかかりぱなしだろう。
「あー。くそっくそっ。世知辛い世の中窓にまで鍵をかけてしまう現代人の強固な防衛意志に怒りを覚える!」
相当戸惑っているのか由樹はそんなことを叫んで、藪の石を握り締める。
ガラスを派手に割って、鍵をあける。
「くそがぁ、くそがぁあ」
あっさりと開く窓。
群青色のカーテンを乱暴にあけて部屋に飛び込む。
「だぁぁあああなめてんじゃねぇぞ、このアマ!!」
それは高校時代に舎弟になっていた斉藤さんから伝授していただいた口上だった。
そういって単身レディースの海に飛び込んでいって斉藤さんは二日後、レディースの舎弟になっていた。
斉藤さん。あの時はなめきっていてすみません。この口上を使うことになろうとは思いませんでした。感謝します。その後レディースの総長とゴールインした斉藤さんを誇りに思います。お幸せに。
だが美女はいなかった。
どこにもいない。
「逃げたか?」
だが逃げるのもおかしい。わざわざ鍵をかけて追い出した意味がない。
なにかおかしい。
不信感が由樹の中でつのる。
割れたガラス片が刺さらないようにゆっくりと室内を歩く。自分の家なのに短時間で魔境のような異質さを感じる。
玄関まで行き鍵をあける。
「夜中にうるせぇぞ馬鹿やろう!」
「ごめんなさい」
隣に住んでいる人から玄関先で罵声を浴びせられても冷静に対処する由樹。
怒りの形相で隣人は帰っていった。
由樹の探索は終わっていない。部屋の中に入る。
もう一度奥を探索しようとトイレに違和感。トイレに張り紙がしてある。
かわいいフォントで字が書かれている。よく見ると先ほどちゃぶ台に置いたルーズリーフだった。
『大です』『見られると困るので』
「どういうことだ!」
だがその瞬間、由樹は天恵のように状況を理解した。
部屋にいないさきほどの美女、窓には鍵がかけられていて玄関にも鍵がかかっている。つまり美女はこの部屋にいる。
そしてトイレにある張り紙には『大です』という文字。
「つまりは今彼女はこのトイレの中にいる」
次に『見られると困るので』。
これは彼女のガガイモを表現する執念を考えればわかる。ガガイモは食事をしない、つまりは排泄物もないということだ。
それはトイレをしないということなので、その姿を見られると自分がガガイモでないことが明らかになるので姿を見ないで下さい。そして姿が見えないようにわざわざ玄関の鍵を閉めたというわけだ。
「……どういうことだ!」
全てを理解した上で余計に混乱してしまう由樹。
「決定だからな。この張り紙読んだ時点で決定だからな、お前ニンゲン決定」
張り紙のルーズリーフを握りしめてトイレの扉を叩く由樹。
「出て来い。そして出て行け!」
トイレ前で叫ぶ由樹。
数分後、罵声を浴びせられながら用を足した美女が出てきた。
見るなと張り紙をして出てこないかとも思ったが観念したのかあっさりと出てきたようだ。
「もう臭いでわかる! 完璧やってるな、これ。でけぇのやっちゃってるな! 臭ぇ、臭ぇ!」
鉄面皮の美女におちゃらけてそういうと、彼女は顔を真っ赤にしてその場にしゃがみこんでしまった。顔を手のひらで隠してうずくまっている。
「あ」
やってしまった。女性の踏み込んではいけないデリケートゾーンに土足で踏み入ってしまった。
「あ、ごめんなさい――」
由樹が謝罪を言う前に彼女は無言でトイレに閉じこもってしまった。
なんとも言えない空気感が漂う。
由樹は淑女に辱めをした罪悪感を感じながら、部屋に散乱した窓ガラスを片付けて私服に着替え、布団を引いて寝た。
窓ガラスは応急処置でダンボールにガムテープで塞ぐ。吹き込む隙間風が時折顔をくすぐりよく眠れなかった。