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スタート

 「これがゴールだなんて絶対に認めねぇえええ!!!!」

 叫び声を上げて怒りのままに由樹は走り出した。またもがくように抗うように闇雲に走り出す。

 理屈なんてない。理論なんてない。

 ここから出たくてただただ走った。

 走って走って走って走りぬいた。

 何十分、何時間、何日走っただろうか。何も変わらない。叫んでも走っても叩いても景色は変わらない。変わってくれない。

 もう誰も答えてくれない。褐色の声すら聞こえない。

 誰も由樹を咎めるものはいない。責めるものもいない。ただ一人は、世界に一人は怖くて苦しくて泣きたくて切なくて感情があふれ出てくる。

 叫んだ。

 嫌だと叫んで許してくれと叫んで、それでも世界は日が沈むことはなく昇ることもない。

 また走った。

 由樹は泣け叫んで泣き喚いて地面を叩き体で空間を切り裂いて走る。

 「…………助けてくれよ、教えてくれよ」

 誰も答えない。誰も答えてくれない。

 「俺がすべきことは何なんだ。何をすればよかったんだ。どうしたらいい。どうしたらいい」

 走る走る。

 いつまでも動かない地平線。ここには何もない。誰もいない。

 「……嫌だよ、もう許してくれよ。頼むよ」

 泣きながら空を見てつぶやく由樹。

 「もう許してほしい、ごめん。みんなみんなもう嫌なんだ。限界なんだ。こんな重圧を背負って生きていくのは嫌なんだ。逃げ出したくて逃げ出したくてもう嫌だったんだ」

 「ごめん。ごめんなさい。何も出来なくて責任も負えずに自分が生きるので精一杯で何も見えなくてでも必死に走ってきたつもりだ」

 「ああ、もう嫌だ。言葉から出るのはいい訳ばかりで俺は謝罪がしたいだけなんだ。ただみんなに謝りたいだけなんだ」

 『ごめんなさい』と何度も白い世界でつぶやき続け、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら床に顔をこすりつける。

 だが何も変わらない。白い世界は依然としてそこにあり続ける。心が砕けそうに痛い。

 死ぬほうが楽だろうか。いやでも死にたくない自分もいる。

 首に手を当てて絞め殺そうと思っても苦しくなるとすぐにためらってしまう。そうして暴れて泣いて叫んで疲れ果てた由樹。もう内も外も満身創痍で由樹は意識を失うようにしてそのまま眠りについてしまう。

 まどろみの中で自分を叱責する声。そんな罵倒や悪口を泣きながら喜ぶ自分を夢に見た。

 何時間だろうか。寝ていた由樹は目をこすって辺りを見る。

 周りの状況に驚いた。

 気がつくといつもの食堂。白い世界から抜け出していた。しかし部屋には先客が一人。

 川口結は黙々とソファーに座ってゲームをしている。いつぞやの携帯ゲームだった。

 魔王の姿に恐怖して部屋の隅まで逃げて震える。声も上げられずにただ泣いて泣いて震える。

 ゲームから集中していた川口結は物音に気づき、震える由樹に気づいた。

 「どうしたの? ユキちゃん」

 不審そうに顔を覗き込む川口結。

 もう怖かったんだ。これから先みんなの未来があんな風に奪われるのではないかと思って苦しくてつらくてでも解決策なんてなくて自分を責めることしかできなかったんだ。

 「あれ? なになに? どこか痛いの?」

 部屋には続々と他の魔王たちが入ってくる。


 お前たちを投げ出したくて逃げ出したくてでも逃げられなくて、逃げようとしている自分が嫌いで逃げれない自分が嫌いで。

 「え? 結どうしたん、ユキちゃん泣いてるじゃん。また変なことしたの?」

 「してないしてない」

 だからこうやって自分を痛めつけることしかできなかった。痛めつけて痛めつけて責任を取りたくてでもそんな些細なこともできずに怖くて。

 「大丈夫?」

 「痛いところある?」

 身勝手で何も出来ない俺を許してほしい。もう許してなんても言わない。何もいえない。

 「うぃー、ぬ?」

 「何、修羅場?」

 閉じこもっていたくてあんな世界を作った。でもそこに居ても後悔しかできなくて怖くてそこからも逃げ出して。

 ここに戻ってきても何も出来なくて、またあの白い世界に戻りたくて、でも戻るのも怖くて。

 どうしたらいいかわからない混乱の中で何も出来なかった。

 俺は責任も果たせない。贖罪もできない。

 口を開く由樹。

 「ごめんごめん……もう俺は何もできないし何もしてやれない。今だってただの恐怖心で謝ってるだけなんだ。自分勝手なんだ。強くないんだ。助けてほしいといえる立場じゃないのはわかってるでも助けてほしい。身勝手でわがままな俺しか存在していないしみんなに迷惑ばかりかける俺を俺を――」

 沈黙する魔王たち。

 突然何を言い出すのかと思われているのだろう、言葉をなくしている。

 「そんなことないよ? ねぇ?」

 すぐにあっけらかんとした返事が来た。

 「うん、ユキちゃんみんなを助けてくれたしいつだって全力だったよ、それを知っているのは私たちだし」

 「そうそう。他の誰がなんて言ったってユキちゃんがいなかったら俺たち何もできなかった」

 「だからそうそんな自分を責めなくていいんだよ」

 「もっとみんなに頼っていいよ。誰もユキちゃんを責めない」

 「だからそんなに抱え込まずにみんなを頼りにしてよ。アタシ洗濯もするし」

 「うちは料理!」

 「勉強は……俺には無理だから先生にお願いするけど、なんかするよ!」

 『なんかってなんだよ』『あいまいなんだよなー』と笑い声が生まれる。

 由樹を責めるものは誰もいなかった。 

 一人また一人と食堂に集まってくる魔王の所有者、元生徒たち。

 心配そうに皆、由樹を見つめては声をかけてくれる。

 一言と一言が暖かかった。

 また一人入ってきた。天然でお調子ものの彼女は人を一人連れて食堂に入ってきた。

 由樹が泣いていることなども気にせずに笑顔を振りまいて由樹に話しかける。

 「あ、いたいた。ユキちゃん、紹介するねこちら魔王」

 「魔王です」

 「やっと人型にまで収縮して制御できたからこれからはこの魔王を連れて行けば自由に外へ出て行けるよ!」

 彼女の言う話では桜井が裏で手を回して国と直接掛け合って魔王たちの外出許可を取り付けたらしい。そのことを喜々として語る生徒たち。

 「あ、ユキちゃんは見えないんだっけか、でもいるから。ちゃんといるから。自己紹介して魔王」

 腕を大きくつかってその魔王の輪郭をなぞる。

 「初めまして石橋由樹さん。魔王です」

 手を差し伸べる魔王の手を握る由樹。

 その彼女の顔を見る。

 褐色は見せたことのない明るい笑顔を浮かべていた。

 「現実はこれからです。だけどあれ以上の悲劇はもうありません。大丈夫、もう何だってアナタは立ち向かっていけますよ」

 「俺はもうお前には立ち向かうことができない」

 由樹はこれがひどい現実なのだろうと確信した。


『混沌に満ちた悪夢はやっと終焉を迎えた』などと褐色はそのあと魔王っぽい台詞をはいて由樹に簡単に告げた。あれは現実ではないが可能性なのだと。幾多のそれももっとも現実に近い最悪を見たのだと。そしてこれから先の未来。そうならないように努力しなければいけないと言った。

 まだここかららしい。

 ゴールではなくスタートであり今まさに最高のスタートを切ったと笑顔でいう褐色の顔を由樹は取り敢えず渾身の力を込めて殴った。

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