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もう一度

 由樹は松永旬(まつながしゅん)を連れてとある家まで来ていた。中々豪勢な面構えである。庭も広く、しかしよく手入れされているようで芝生も鮮やかだ。

 チャイムを鳴らすとエプロンをつけた中年の女性が出てきた。

 顔は若干やつれている。細い腕をしている。

 「誰ですか」

 ぶっきらぼうの言い方だったが、由樹と旬を見てすぐにその女性の顔色が変わった。

 華やかに明るく血色の悪かった顔が生まれ変わったようににこやかになる。

 「シュン……」

 「お母さん……」

 シュンを抱き上げる母親。シュンは死体ではない。生き生きとして死ぬ前の姿でそこに立っていたわが子を抱き上げて感激する。魔王になって以来ずっと会えなかったのだから当然だろう。

 シュンの髪をくしゃくしゃにして抱き寄せる。

 母親は泣きながら『ありがとう』と感謝の言葉を述べていた。由樹は会釈だけしてそのまま立ち去る。

 道路に止めてあるスクールバスには満載の子供たち。みな亡くなった人たちだ。もちろん死体ではない。みな生きている。

 簡単な話だ。

 死んだもののせいで怨嗟の念が生まれて戦いが止まらないのであればその元を断てば全ては丸く収まる。

 魔王に人を創造させたのだ。

 さすがは魔王。この程度のこと造作もなかった。話を聞いてくれるとは思ってもいなかったが由樹の言葉を聞いた後は川口は一言も喋らずに魔王の巣で死んだ人間を蘇らせている。今もだ。

 日本の軍隊を全て壊滅して他国からの武力介入が来る前に魔王が取った処置だ。

 魔王は全世界に謝罪をした。川口は終始感情は外に出してはいなかったが謝罪はした。誠意は伝わった。

 「せんせーい。早く帰りたい」

 飛ばすスクールバス。

 「おう、待ってろ。すぐに帰してやるぞ!」

 飛び交う歓声の中、アクセルを踏み込んだ。そうして一人二人と届けていく。魔王は生産に力を裂いているから人をテレポートすることもできない。だがそれもすぐにできるだろう。予定よりもすごい速さで人を作り終えているようだし、作り終えたらこんなバスなんて使わずに一気に各地へ飛ばせる。

 バスの中を空っぽにして、一通り今日のノルマを終えて家路につく。

 いつもどおりのアパートだ。やはりここが落ち着く。由樹は魔王の力で豪勢な家にでも住まわせてもらおうかと思ったがそれもやめた。まだ自分がした行いへの始末がついていない。それを終えてからだと誓ったからだ。

 バスを堂々とアパート前に止めて部屋に入る。

 すると褐色がちゃぶ台を挟んで奥に正座していた。

 「あ、お前……今までどこいたんだよ」

 初めてあったときのように真正面を向いている。なんだか数日しか経っていないはずなのにその行動が懐かしく見える。

 褐色はその問いには答えずに由樹を見る。

 「それは贖罪か?」

 「ん? どういう意味だ。……もしかして人々を蘇らせていることを言っているのか?」

 「ああ、そうだ」

 褐色は由樹を見る。最初会ったときのような機械的な行動ではないが受け答えは淡白だ。

 「死んだ人たちも帰ってきて時間はかかるけど全ての人がハッピーになる。魔王は畏怖の存在ではなく幸福をもたらす象徴として位置づけられる。川口も人を作るのを終えたらすぐに開放されるよ。魔王もあんな化物みたいな姿じゃなくてもっと親しみあるたとえば小動物とかにして、川口さんに悪いけどもう少し待ってもらうしかないだろう。このペースでいくなら数ヶ月ちょっとで終わるから、それまでの辛抱だ。我慢してもらおう」

 「それは誰の贖罪だ」

 「誰って俺かな。贖罪、善行を積んで自分の犯した罪や過失を償うっていう意味だと俺の贖罪だな」

 褐色は突然立ち上がった。そして由樹にむかってこう言い放った。

 「教えてやる。それは贖罪じゃない身勝手で自己満足しかないただの嫌がらせだ」

 冷静に言う褐色。

 「お前は魔王に何も立ち向かっていない。魔王の力を借りているだけで自分の犯した罪を償おうとはしていない」

 「なにふざけたことを言っている」

 怒気を含んだ声で由樹がこたえる。

 「俺はいつだってみんなを、魔王も助けるために行動してきた。魔王を制御して外へ出て食べものを作ったり寝床を確保したり魔王が戦争するなんて言い出したときだって止めようとしたけど聞く耳を持たなかったじゃないか」

 「お前は何もかもが間違っている。皆が望んでいるのはそんなことじゃない」

 「なんだと、じゃあどうしろって言うんだ!! 人が死んだ贖罪なんて誰が出来るんだ!! あいつらは馬鹿だからそうやって自分勝手に行動して人の言うことなんて一つも聞かない。そんな中で俺が見つけた最上の策じゃないか! 死んだ息子や娘が元気な姿で帰ってきて喜ばない親はいないだろうが!!」

 「……お前の安易さで生んだ子供たちが今後どうなるか知っているのか」

 「知らん」

 「彼らはガガイモから生み出されたただの動く肉の塊だ。自ら思考することもできず歳も取れない。親は全く成長しないわが子を見てどう思う?」

 褐色の声が遠くなる。

 褐色の姿が見えなくなりアパートも透明になり全てが白になっていく。

 まただ、この白い世界。

 褐色の姿はいつの間にか消えうせて白い世界に取り込まれた。

 地面をたたいても空間を殴っても褐色のように変化することもなく地面は動かず空間に振りかぶった拳は空を切る。

 「知ったことじゃない……」

 吐き捨てるように由樹は続ける。

 「その不幸は俺が償うべきものなのか? 勝手に世界の破滅まで生き続ければいい。子供としては親の死に必ず立ち会える。親は幼い子供をずっと愛でられる。……なんだ、メリットだらけじゃないか! はは。それに歳をとらないならそれこそ歳とった人間を生み出していけばいい。そうして古い人間を殺しつづけていけばいい! 名案だ」

 「そうやって逃げてきたんだな。自分の罪から目を背けつづけてきた。人が目の前で死んでも助けずにその罪を償うこともせずに」

 どこからか響き渡る褐色の声。姿は見えない。

 「うるせぇえええ!! 罪を償え償えとお前らはいつもそうだ。俺にどうしろって言うんだ! 百何十人も死んだ事件の元凶と呼ばれて後ろ指を差されて教員としての資格もなくして三流の土建に入ろうとしてもガガイモが見えないって言う些細な問題で入れない。その上死ぬまで死ぬまで罪を償えといわれ続ける。俺はいつまで加害者でいなくちゃいけない。一生加害者でいなきゃいけないのか、更生もできずに何も出来ずにただ死んでいけとそう言っているのかお前は!!!」

 白い空間の中で響き渡る由樹の声。真っ白な世界で一人きり。前にあったアパートすら消えている。

 抜け出せなくなった。抜け出せなくなった。 

 逃げ道を失った。

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