対決?
見慣れた住宅地の一角。気づいたときには猫の額ほどの狭い駐車場に座っていた。ここが現実の世界だろうか。
確証はないが先ほどの真っ白な世界よりかは現実味がある。
褐色は……いない。車も一台も止まっていない。隠れる場所もない。完全にいなくなっていた。彼女の存在を頼りにして周りを見渡し探す。
駐車場を出る。出た先に隣の民家を見ると戦闘機が屋根をつきやぶって刺さっていた。
遠くから聞こえる爆撃音と閃光。由樹の上空を戦闘機が飛んでいく。
「……リアルだな」
後ろで轟音を上げて爆発が起こる。何事かと振り向いたら軍用ヘリが車に刺さって炎上している。
全身から血の気が引いていく由樹。
「これは……これは……」
言葉を飲み込んで一先ず走り出す由樹。
ふと思ったが褐色の力のおかげで白い空間から抜け出せたのだろうか。ここは現実のようだし魔王と戦うために外に出られたのだから魔王と対峙する必要性はないように思える。
「まだ白い世界の中にいてここは現実ではないとかそういうことなのか?」
様々な憶測が脳裏をよぎるが確証がないため、いまいちピンとこない。このまま逃げた方がいいのではないかと思い駅に向かって走る。
魔王に行くにも駅には一度行かなければならない。
こんな状況下で終電まで走らせているかわからないがひとまずむかう。
幸運にも家に爆撃機がつっこむのを何度も間近で見ただけで由樹自身には外傷はなくたどりつけた。
走った距離はそれほどでもないはずだが、この混沌とした状況を走ってきただけで不安や恐怖から動悸で道端でゲロを吐いてきた。
そしてたどりついた駅。
駅までついて逃げられないと確信した。さっきまでの空の色が変わっている。青でもなく赤でも白い空。地面も徐々に白くかすんでいる気がする。
きっとこれは境界線に立っているのだろう。由樹が逃げてもこの白にすぐに覆われる。たちむかって魔王に勝たなければまた気が狂いそうな世界に一人になる。
決心して駅を見る由樹。
駅の外装は無傷で戦闘機によって現代アートのような様相を呈しているわけではなく安心した。
中に入る。誰もいない。
当たり前だ。もうこんな状況になる前から避難命令は出ていた。ここを運営する従業員も避難済みなのだろう。
困った。
動こうにも交通機関はストップしている。
「車でいくか」
いやあれほど街が壊滅的な状態で魔王にたどり着けるまでのアスファルトが無事ともいえないし走らせることは困難だろう。
「歩いていくか」
電車や車で数十分とはいえ徒歩でむかうには平和な状態でも一時間半以上かかる。一時間半以上もあの戦場のような場所にいて生存できるのだろうか。生身で。
絶望的だ。
心労から疲労感が押し寄せて駅の中でへたり込む由樹。
「お客様お困りですか」
突然声をかけられた。
「魔王まで行くなら連れて行きますよ。お客さん」
桜井がまたいつもの不機嫌面で由樹の前に立っていた。見知った顔を見てほっとする由樹。
口角をあげて笑顔、いつもどおり不機嫌面に笑顔が浮かぶ。
「いやぁ、まさに戦時下だな。こうなって嬉しい限りだ。今から打って出るが一緒にくるだろう? 先生?」
「嬉しいって……」
桜井の言葉が冗談ではないことにすぐに気づき、常識を疑う由樹。戦争になって嬉しいなどとこんな状況でよく言えたものだ。
「小言言わなきゃ数秒で連れて行く、どうする?」
「……はい。何も言わないので連れて行ってください」
決心して桜井の手を取る。たったそれだけのことだった。
「ついたぞ」
感じる間もなかった。景色が一瞬線になったかと思ったら着いてた。まるで魔王のテレポート。
目の前に荒廃したいつもの風景。いやいつもの風景とはかけ離れている。瓦礫の上に寝転ぶ死体、首、手、頭。銃撃が遠くから聞こえて悲鳴が近くから上がる。火や血などで赤々と世界に変わっている。
「かわぐちぃい!!」
叫ぶ桜井。目の前から魔王こと川口結がこちらに向かってきている。歩いてきている。逃げてきたときと同じように全身血だらけだった。
彼女の中では弔いなのか呪いなのか血を浴びることによってなんらかの意味があるのかもしれない。
自らを魔王と分からせるための警戒色のようにも思える。そんな血だらけの川口結の後ろ。由樹の目からもそれははっきりと見えた。
数ヶ月ぶりに見る魔王。確かに見たことはないと認識していた今までは、だが見た瞬間に思い出した。血の気のひく眼光に巨大な四肢、大きく裂けた口の間には兵士が何人も挟まっている。
記憶は忘れていても体は覚えていた。対峙して思い返す恐怖と絶望。あのときほど暴れまわってはいない。だからこそ怖い。暴れまわらないということは懐いているということ。命令を聞き正確に行動できる獣ほど恐ろしいものはない。
瓦礫をまたいで川口結は答える。後ろには魔王、巨大で全体像が把握できない。顔だけで空間を覆う。
うなり声をあげる魔王の頬をそっとなでる川口結。
「サクラさんありがとう、もういいよ」
「……けっ、再戦までは許してくれないわけか」
すると桜井の体が見る見るうちに砂のように溶けていく。手が崩れ足が崩れていく。
「見ての通りだ。石橋。俺はアイツに勝てなかった。二対一なんて女々しいことを考えていたお前だろうが助っ人は無しだ」
不機嫌そうな面で足から崩れおちていく桜井。由樹はその光景を目にして何もいえずにただただ震えるしかなかった。
「まぁあんま期待するな、俺が全力で戦ってコレだ。お前じゃあそれこそ奇跡が起こって初めて対等に戦えるくらいだろうな、だから――」
最後は首だけになってこちらを見る。人間としての原型はとどめておらずもはや砂となった自らの体の中に埋もれていく桜井。
「全力で生きろ」
言葉が消えて顔がボロボロと崩壊して桜井は砂の塊になり風に乗って消えていった。
「先生、どうするの?」