回顧 その5
「いや実はそうなんです」
冗談で対応する由樹。
また笑っているかと思ったが桜井から笑顔は消えていた。憎憎しげに顔を歪ませてこちらを睨む。冗談ではなかった。そう、冗談ではない。
最初からなのか由樹が気づかなかっただけなのか、いつの間にか桜井は昨日もっていた長い柄の斧を肩に担いでいた。
斧を力いっぱいに振り下ろす桜井。由樹は間一髪のところで避けて公園の地面がえぐれる。
冗談ではない。悪夢の続きか。
「すみませんね、イラっとしたんで。当てるつもりはないのでご心配なく」
不機嫌な顔でそんなことをいう桜井の声音は全く謝っておらずむしろ怒りに震えているように捉えられた。
理解ができない。狂人だ。
「まぁこんなものはほっておいて建設的に話し合いましょう」
地面に突き刺さった斧を空中に投げ捨てる。簡単に放り投げたように見えたが距離がぐんぐんと伸びてあっという間に見えなくなる。
何事もなかったようにベンチに座る桜井。アゴで座れとこちらに命令している。態度が変わりすぎる。
逃げても捕まえられそうな気がしてしぶしぶ由樹もベンチに座る。
「なんで会いに来たんですか」
「あ、いえそれは冗談というか」
「なんで会いに来たんですか」
「いえですから言葉のあやといいますか、冗談といいますか」
「なんで会いに来たんですか」
頑なな桜井。
由樹としても冗談なので流してほしいのだが、話が進みそうにない。かといって理由をでっちあげて話し終えたあとにあの斧で一刀両断されそうで怖い。八方塞がりだ。
「みんな来るんですよ。アナタだけじゃなくて魔王から逃げ出した人はみんな来るんです。それこそ誘蛾灯に集まる虫けらみたいにわらわらと」
「え?」
「こっちも慈善事業を生業としているんでね。アフターサービスのつもりでここで待ち構えて帰れって威嚇してんだけど、何も解決にならない。ほら」
指差す方向に見知った顔がいた。川口昇だ。山道を降りてきたようで今ここに来たようでうつろな表情をしている。
「川口さん!!」
声を張り駆け寄る由樹。川口はこちらに気づいたようだが由樹の姿を見て少々びっくりしていた。だがすぐにうつろな表情に戻る。
「ああ、石橋さん……」
「何やってるんですか!」
「なにって魔王に会いに行っていたんです」
ボーとした表情を浮かべていたが次第に目に光が入り始める。
「あはは、どうもこんにちわ。石橋さん、退院したんですか? ははは」
汗まみれの服でボロボロの川口は由樹に笑いかける。魔王を見ると言っていた。魔王が見える頂上まで行ったとしてもここから歩いていっても四、五十分はかかる。相当な重労働だ。
「みんなこうだ」
いつの間にやら桜井は由樹の後ろにいて話し出す。
「あれに誘引フェロモンでもあるのか。毎晩毎晩ここにくる。昨日川口がこんな場所に偶然居合わせたのもそのせいだ」
「はは、もはや食事よりもここに来ることのほうが堪えられなくていつも来てしまうんですよね」
「原因はわかっていない。……わかってはいるが原理が解明できない。人間の力では無理だ。だからこうしてここに来ては魔王を見て、いや魔王に見られるのを確認して朝をむかえないと一日で頭がおかしくなる」
川口はすっきりした顔をしていた。諦めたようなそんな顔をしている。
「アナタもこうして魔王に縛られる仲間です」
外に出れても魔王に拘束されつづけるのか。
こうして不安感をあおられて頭がおかしくなっているがわかるのにここに来ないと生活できないほどに縛られる。
魔王はこうして今もなお内と外で地獄を生み続けているのか。
もし仮に中にいる人間が全て死んだらどうなる?。
魔王はいなくなるだろうか。地獄は終わるのだろうか。
これほどまで所有者をひきつけて離さない魔王が、そんな簡単に開放してくれるだろうか。
なにもわからない。
だからこその恐怖がある。
誰かが打開しなければこのあの山を隔ててできている地獄を止めなくてはならないのではないか。
それが元凶である俺が唯一罪滅ぼしを出来ることではないかと思った。