回顧 その4
川口は由樹の立会人ということ少しの間病室にいたがいつの間にいなくなっていた。
点滴が打たれてそのまま入院ということになり、病室のベッドで寝ている由樹。
夢うつつ。意識がいつの間にかまどろんでそのまま眠りにつく。
悪夢を見た。
頭をゆっくりと小突かれるのだ。額を人差し指で小突かれる。
コツーンコツーンと。
ゆっくりとゆっくりと小突かれる。
今まで死んでいった生徒たち、今まで死んでいった保護者たち、今まで死んでいった教師たち。彼らが一人一人由樹の額を小突く。
何も言わず何も言わずに繰り返される行動。
ひたすらひたすら小突かれる。
何も言わない。何も喋らない。
ただひたすら額を小突かれる。
暗い闇から何百何千という人指し指が伸びてきて由樹のほうに伸びてくる。幾重にも幾重にも積み重なって指が一つの化物のようになり由樹に襲い掛かる。
そうした悪夢を何度も見た。
寝ては頭を小突かれる。
死んでいったものたちの顔をした何かが額を小突きに来る。
朝。
ほぼ一睡も出来ずにむかえた朝。
といっても日は上がりきっておらず人々の声は聞こえないが鳥はもうさえずっている。カーテンから差し込む光。それを見ていた。
気づいたときには点滴を外して、病室の窓から飛び降りていた。
死のうと思ったわけではない。幸いにも病室は二階で下に芝生もあった。
落ちて着地して転げる。
足に重い痛みがはしるが、そんなことを気にせずに病院を飛び出す。魔王との命がけの追いかけっこでこの程度の鈍痛ならさほどリアクションもとらずに行動が出来る。
ここから逃げたかったのだ。ただ怖かった。
平穏無事な暮らしが怖かった。
誰も責めないのであればそれだけでその世界が不自然に感じてその場から離れた。逃げた。走り出した。襲い掛かる魔王はいない。だけどだけど見えないナニカが、立ち止まったらそのナニカに捕まって自分が終わってしまうような気がして叫んで走った。
いくら走って走ってその不安感はぬぐえない。不信感はなくならない。汗と鼓動が高くなり服をつかんで叫び走る。
走る。走る。走る。
街をぬけて人がいなくなっても肺がつぶれそうで苦しくて声も出なくなっても走る。
走る。走る。
原因がわからず行きたくもないのに魔王の元までむかってしまう。
ここにきても恐怖が消えない。
目の前の山道の奥にはより恐ろしい恐怖が存在するというのに、かすかにだが魔王の暴れる音も聞こえる。
怖い。怖い。怖い。
あそこに帰る。帰りたくない。かえる。かえりたくない。しにたい。いきたい。しにたくない。逃げ出したい。
自分でも収拾のつかない感情があふれてくる。狂いそうになる。
狂乱の中でたどりついたのは川口たちに拾われたあの公園だった。
朝方で人は誰も……。と思っていたが示し合わせたように桜井がブランコに乗っていた。こちらに気づく桜井。手を振りながらこちらに向かってくる。にこやかな笑顔だ。
「どうもどうもお早いご出勤で」
桜井なりのギャグなのだろうか。
笑顔を振りまいている。なかなかの満面の笑みだ。
「こんなところで何してるんですか」
「お互い様で」
全くだ。自分が人に尋ねられる立場ではない。
納得しかける由樹。
「……その服装から察するに病院を抜け出してきたようですが、何が目的で?」
「あ、いや……」
不安感に襲われていても立ってもいられずその原因不明の感情を拭い去るべくここまで必死に走ってきたなどといっても信じてもらえないだろう。
「魔王に会いにでも来ましたか?」
ハハっと笑う桜井。またもや冗談だ。