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回顧 その3

 「ちょ、ちょっとちょっと待ってください!」

 黙々と腕まくりをする桜井に止めにはいる川口昇。

 「殺さなくていいんですか?」

 「あ、いえそういうわけではなく……」

 「殺していいんですね?」

 「あ、はい。復讐はしてほしいという気持ちはありますが、殺すのはちょっと……」

 「なんですかちょっとって。じゃああれですか、ピンポンダッシュとかいたずら電話とかそういうことわざわざ代行させるために依頼したんですか?」

 「いや、そうではないんですが……」

 ためらう川口と苛立つ桜井。なにやら双方の意見がかみ合っていないようだ。

 「せっかくバイエルンとか新調したのに……」

 つぶやく桜井。バイエルンとはなんだろうか。

 ソーセージで殺されるのだろうか。口いっぱいに詰め込まれるのだろうか。最後に味わうのは芳醇な肉のうまみなのだろうか。恐怖で由樹は言葉と唾をのんだ。

 ゆでられたソーセージのうまみを想像したら口からよだれがあふれ出てきた。すする由樹。

 「石橋先生。アナタを責めるつもりはもうありません。ボロボロのあなたを見ていたらさすがに責めることはできないと思いましたから」

 『桜井さん申し訳ありませんが……』桜井に謝罪している川口昇。柄の長い斧を肩にかけて不満顔の桜井。

 このまま帰れるのだろうか。このまま帰っていいのだろうか。

 川口は許してくれたが、このまま彼の気持ちに甘えていいのだろうか。

 いやいい。帰る。帰って風呂に入って飯が食いたい。

 電話でどこかに連絡を入れる川口。

 「なんだかおかしな結果に終わったので、私は帰りますね。あ、そだそだ。これ俺の連絡先なんで殺したいやつがいたり自殺したくなったら連絡ください。近場に事務所を構えているんでそこに来ていただいても結構ですよ」

 拘束が解かれた後、名刺を膝の上においていく桜井。『川口さんそれでは』といって桜井はそのまま宵闇へと消えていった。音もなくまるで消えるかのように姿がいなくなった。

 由樹は川口の車でとぼとぼと家路についた。

 帰っている間も川口昇から罵声を浴びせられたり責められることはなく、ただただ監禁した謝罪と体調を気にしていた。

 由樹のほうも監禁されたことは当然の報いであるし、なにもされていないから大丈夫、警察にも言わないと謝る川口を許した。

 「あ、あのそんなことよりも疑問があるんですが、魔王は襲ってはこないのでしょうか。ここはそれほど離れてはいませんし襲われる危険性も高いのでは」

 そう不安がる由樹に川口昇は笑った。

 「いえ大丈夫です。私もあの地獄から出られたときはそう思いました。ですが魔王は一度もあれ以上は出てきません」

 「どうしてですか」

 「どうしてでしょうね。詳しいことはわからないそうです。ただ――」

 川口昇は寂しそうにつぶやく。

 「外に出たら中に入ることはできず出られる人間も限られているのは事実です。私は結、娘なんですが娘と一緒に外へ出ようとしたんです。しかし出られたのは私だけ。最初は出てきて迷子になっているのかと思ったんですがそうでもないみたいでして」

 「娘さんはいまだ中におられると?」

 「ええ、そうだと思います。確証はありませんが抱いていたはずの娘がたかだか数メートル落ちてきただけで腕からいなくなるはずはありませんから」

 車を操作する彼の横顔。頬には一滴のしずくが流れた。

 「きっと魔王を本当の所持者だけが閉じ込められるんでしょう。まぁ、ここに来られたということはアナタは魔王の所持者ではない。被害者だ」

 にこやかに話す川口はすこし寂しそうだった。

 車で40分程度。いつの間にか魔王の巣近くの隣町をぬけてどこかの病院についた。そんなお互いに謝る車内、川口は『人を呼んできます』と言って車を降りた。

 病院の救急入り口に入っていく川口昇。数分もしないうちに看護師数名が車に乗り込んできて衰弱した由樹を担架に乗せる。付き添う川口は由樹に一言告げた。

 「先生もあのことは忘れてゆっくりと養生してください」

 そういう川口の表情は夜の闇に覆われていて由樹には見えなかった。

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