回顧
石橋由樹が脱出したのに経緯があった。
幾度となく繰り返される惨劇。はじけ飛ぶ仲間の体を目にしながらも止まるわけでもなく、走り続ける。魔王を見る。後ろにいくら捉えられていてもあの巨体での歩幅は一歩は目の前の建物を壊してくる。
その一歩は運がよければ人々の頭上を越えて、運がなければ目の前に飛んできて四肢をバラバラにしてくる。より運がなければそれとは関係ないビルの倒壊で瓦礫に埋もれて死ぬ。
選択はいつだってせまられる。
その中から生き残るであろう選択肢を選んで悔いなく生きる。誰の言葉も聞かない、自分が信じた行動信じた選択しかしない。
それを学ばされた。
生徒たちにも言った。
「先生についてきてもいい。だがそれで命を落とすということもありえる。確実に生き残る方法はない。ついてきてくれても守れる保証はない。だからお前たちはお前たちで選択してくれ」
教員として理不尽なものだと思う。聖職者として責任放棄な台詞だと思う。そうして由樹に残った生徒は数名だった。
しかし彼らも一日目であっという間に亡くなった。
守れなかった。守ることなんてできなかった。そのときは守る気もなくなっていた。
時折逃げ惑う最中で生徒や保護者などに会ったとしても会話なんてすることはなく、ただお互いがお互いにあいつの方向に魔王が行けと念じながらビルの瓦礫を走った。
不意に光明がさしたのはそんな日々を続けて3ヶ月ほど経ったときだった。
ビルとビルを梯子して食料や水などを勝手に拝借してなんとか命をつないでいたが、それもしばらくできていなくて走ることもできなくなっていた。
よれよれと歩きながら、森に入る。
もう楽になりたい。
その一心で歩く歩く。
地鳴りが起きた。魔王が建物を瓦礫に変え人々を踏み潰す音だ。その衝撃で崖になっていたことにも気づかずに由樹は森だと進んでいたところから足を踏み外した。
転げ落ちていく最中で必死に何かに捕まろうとしたが、草木はつかんでは手から離れていくばかり、目に付く大木などはなく土くれの斜面を転げ落ちていく。
このまま死んでもいいと思った。服などもやぶれてズボンもボロボロになり地面についたときにはそのまま意識を失った。
道路で寝転ぶ由樹。目覚めると生きている自分に驚愕した。
魔王は追っては来ない。
魔王から離れることができた。
脱出に成功した由樹は歓喜に震えていた。
「ああああああああああああああああ!!」
水もろくに飲めずにがらがらの乾ききった喉で雄たけびをあげる。
興奮した状態で人里へと降りていく。
閉鎖されている商店街。由樹が歩く左右はシャッターが閉まりきっており店が軒を連ねていたようだった。だが魔王の影響か立ち入りを禁止しているのか自主避難なのか閉まっている店だらけだ。
ここから何か食べ物でももらおうかと思い、シャッターというシャッターを叩いた。しかし人の気配はなく人が出てくることも警察に呼び止められることもなかった。
そんなシャッター通りを抜けて近場の公園へ。
あるものを探した。
見つけたときには心が打ち震えた。
水道だ。
公園にある水のみ場に飛びついて蛇口を開く。
水は出てこなかった。
水道も止められているのだろう。それでも蛇口にほんの少し残っていた水滴を舌で集めて飲んだ。
生き返る思いだった。そのまま由樹は水に力尽きるようにして倒れこむようにして眠った。
何もしたくない。
もう逃げるのすら嫌だ。
このまま朽ちていったらいいと願う。
そうして死んでいく自分をここから望む。
夢うつつの中で自殺しては魔王に蘇生させられる悪夢を見た。何度も何度も自殺しては心臓に血をいれたり電気ショックをしたり重症な箇所を麻酔、縫合したりと健気に術後の経過まで見守って退院時には花束までプレゼントして地獄へと送り込む献身的な魔王の夢。
そんな夢から覚めて辺りを見ると、一人の男性が立っていた。
「大丈夫ですか」
川口結の父親、川口昇だった。
由樹は彼の顔を覚えているだけに恐ろしく驚いた。驚愕し叫び声をあげて彼の元から逃げた。逃げ出した。
驚いたのは当然のことともいえる。
彼は事件当日に今目の前にもいる川口昇も魔王誕生時に学校にいた犠牲者だからだ。魔王が出現して暴走する魔王に巻き込まれて最中に由樹は彼の顔を見た。
絶望の中で彼の顔を見た。
由樹はなので川口昇の顔を見たときに理解した。
魔王が連れ戻しにきたのだと。
逃げ出す由樹の腕を取る川口昇。
「お、落ち着いて。先生」
「いやだぁ! 俺は帰りたくない。あそこに帰りたくない!!」
錯乱状態の中で川口昇を引きずりながら公園を歩き回る。ずるずると渾身の力で大人一人を引きずり公園の地面をえぐっていく由樹。叫び声を上げてジャングルジムまでたどりつく。
「帰りたくない!!」
ジャングルジムをつかんでそう叫び声を上げる由樹。
もはや何がしたいか由樹自身もわけがわからなかった。