白い世界 その2
「それならどうしたらいい。言うことを聞いてくれないガガイモに目隠しされている俺はどうすれば現実に戻れる」
「確証はありませんが、ガガイモはアナタの命令もしくは潜在的な何かを感じとって実行しているはずです。鍵はガガイモが見えなくなったある時期、昔からといっていましたがいつからですか?」
「いやほとんど生まれたときからだ。人類がガガイモに接触以前はもちろんのこと、接触した後も見えない。一度も」
「いいえ。見えていないはずはないんですよ」
見えていないと言っているのに見えてないはずはないという褐色。
「そもそもアナタは元は魔王でしょう」
「……」
沈黙する由樹に褐色は告げる。
「教師6名生徒108名保護者15名を巻き込んだあの事件の日、対象になった彼らが生み出したガガイモ。それが魔王。そしてその所持者、対象者のことをさす。厳密には他の大人などは後々除外されましたが、アナタはあの地獄の中で魔王になろうとしていたではありませんか。それこそ事の発端であるアナタは元凶としてそこに存在しようとして地獄に留まった」
「……教師は皆魔王が暴れて出来た瓦礫に埋もれて即死。残っているのは元凶の俺だけだったからな。逃げ出すわけにはいかなかった」
魔王が産み落とされて人は散り散りになり生徒たち保護者などもあのいつぞや命を奪われるかもわからない選択を迫られていた。
そうして生き残った数名。
その中で教師であり大人であるのは石橋由樹ただ一人だったのだ。
途中で死んでいく仲間を横目に明日を生きる打開策を考え、絶望を忘れ希望を抱くように指し示す大人が必要だった。
だからこそ由樹はそれこそ罪滅ぼしのつもりで、あの地獄が終焉を迎えたあとも魔王たちとコンタクトを取り魔王たちと暮らしていた。
近隣住民の人たちに理解してもらい、食料などを援助してもらい、桜井さんのような奇特な万が一の防衛をしてくれる人まで集まってくれた。
そうやって魔王に生きてもらおうと、魔王に人になってもらおうと奔走していたのだ。
「しかしアナタが魔王に手助けしようと思ったのは自らが魔王でないと気づいたからだ」
「……お前どこまで知ってんだよ」
「私の正体は後ほどわかります。今はあなたの話です。ある日を境にアナタは魔王ではないことを知った、そうでしょう?」
褐色の言うとおりだった。
元々由樹も魔王の一人だと思っていた。
こんな混沌の中で一生暮らしていくのだと思って、逃げ場はどこにもないと思って。
夜、魔王の咆哮が聞こえる中をあてもなくさまよい歩いていたら、そんな恐怖心で頭がおかしくなりそうになった。
走った、走った。
魔王が居る方向とは逆に走った。懸命に懸命に。
皆がそうしていると自分と他の人たちの違いに気がついた。
魔王特有の許容範囲である。
魔王を所持しているものはまるで目の前に壁があるかのように、または無意識になのか魔王と距離を置くことができない。
そのためにあの高天原と化した住宅地の外へと出ることが出来なかった。
魔王がそこで暴れ続けるために。
しかし、由樹は懸命に走っていくうちに山を越えて隣町まできていた。
ただの偶然だった。
死に物狂いで逃げ出したら逃げ出せた。
たったそれだけのことなのだ。
そうして由樹は魔王ではないということがわかった。
「その日そしてその日ではありませんか?」
褐色は由樹に問うた。
「本当にガガイモが見えなくなったのは」
沈黙。
なにもかもを見透かしているような目で見つめる褐色、由樹はそんな目を見ながら吸い込まれるようにあの脱出に成功した日のことを思い出していた。