白い世界
それから数時間が経っただろうか。
先ほどかけていたタイマーが鳴り、それを止めるころには由樹も落ち着きを取り戻した。
散々泣きはらして落ち着いた由樹の隣に褐色が座り、日も昇らず落ちない世界の真っ白な地平線を見てつぶやいた。
「セッ●スしてもいいよな……」
唐突な由樹のカミングアウトに褐色は黙っている。
「セ、セック●してもいいよな、いいと思うんだが、もちろん俺とお前でな」
褐色は黙っている。
「性交渉というか肉体言語というかそういうことを――」
もじもじとなにやら話し出す由樹。あからさまに気持ち悪い。
「聞きたくもありませんが理由だけは聞かないと黙らないようですね。話してください」
面倒くさそうに頬杖をついて褐色がやっと答えた。
「ほら、俺とお前で男と女、この元地球に住まう唯一の生き残りであり人間としての生存者であるわけだから。アダムとイブも同然だ。ここから新たな生命、人間を誕生させていく手っ取り早い方法はそれこそ規制がかかるようなくんずほぐれつの関係を幾夜も幾夜も重ねて、終いには親息子娘その兄弟姉妹に至るまで上になり下になりしながらこれからを生きていくしかないと思うんだ」
由樹の長ったらしい早口の説明の後で深いため息をつく褐色。
頭がピンク色の由樹の目からはそんな彼女の動作一つ一つがなまめかしく見えてしまう。
興奮気味の由樹。
無意識なのか意識的なのか虚空を両手でわきわきとつかんで揉んでいる。
褐色は心底どうでもよさそうに話す。
「訂正させていただきますが、世界は滅んではいません」
「いやいやご冗談を」
見渡す限り真っ白に包まれた世界。上も下も分け隔てなく白に支配されており、昔はアスファルトがあったであろう道路は光沢感の放つ摩擦係数の少ないアクリルの床へと変貌している。
この状況かでまだ地球が滅んでいないとは言えない。
明らかに違っているのだから。
「いえ補足を入れるのであれば、人どころか動物も死滅していないし建造物もなくなっていません。大気も汚染されてはいませんし、今アナタが座っているのもアパートから少し離れた駐車場です。地球です日本です道路です」
「いーやいやいやいや」
露骨に否定する。
「それはありえないでしょう」
「セッ●スから始まる女性との会話などありえません」
痛いところを突かれて黙り込む由樹。
「じゃあ何なんだよこの世界は」
真っ白な世界。雪景色でもなく白い新規作成のような世界。
「世界に原因がないとしたら見ているアナタに原因があると考えることが自然でしょう。これはアナタのガガイモが作り出しているんです」
『そこにいますよ』と由樹の目の前を指す褐色。
由樹には何も見えない。
虚空をさしているわけではなく、より前方をさしているのかと思い目を凝らして立ち上がり少し駆け足で遠くまで言ってみるがなにもない。
そこにいると言われて存在しないとはまさにホラー。
「何も見えないぞ」
「見えないのにいる。この状況をアナタは何度も味わったはずですよ」
「は?」
何度も?何度も?。褐色に言われて考え込む由樹。いないから見えないではなく、いるのに見えない。いるのに見えない。由樹の中で一つの可能性が浮上してきた。
「俺は生まれてからガガイモを見たことがないんだがそれが関係あるのか?」
「ですからガガイモのせいです」
「…………ん?」
よくわからない。褐色の言う意味を頭の中で反芻してみるがよくわからない。
「単刀直入に申し上げますと、アナタに存在するガガイモの超然的な能力で他のガガイモが見えなくなり、そして自らもその能力によって捉えられなくなっているんです」
「は? じゃあなにか、俺のガガイモがなぜだか俺に目隠しをしている状態だからいるけど見えないってことなのか?」
「認識的にはそうです。目隠ししているということを拡大解釈している状態が今の状況ですね。アナタの目に映る世界だけをアナタに見せないようにしている。それが今の状況です。そもそもこの世界自体ちゃんと考えればおかしなことだらけでしょう。光源はないのに先の先まで見通せる光量。建造物遮蔽物あらゆるものを綺麗さっぱり排除したのに粉塵ひとつホコリ一つ落ちていない。地面を覆う光沢感のある物質に星や惑星が見えない白い空」
「だからこそだろう、だからこそ魔王がしたんだと疑ったんだ」
超然的で物理法則一切合財を捻じ曲げることが出来うる唯一の存在。
魔王。
魔王しか出来ないことだろう。
「それこそ魔王を見てガガイモを見ていない。魔王の根源はガガイモです。魔王は特別ですが魔王だけが特別なわけではありません。魔王のような能力を持ったガガイモも存在する。アナタのガガイモのように」
指をさす褐色。
戸惑う由樹。