開戦、終結 その5
「ゆきりんはよわよわんひ弱んな人だから心配だったにぇん」
「……なっんだそれは!」
褐色の放つ言葉に驚愕する由樹。とりあえず褐色の前に座る。
「うーんとねぇー、わたしはゆっきりんが心配で心配でどうしようもなかったんだ。怪我もしてないみたいだし無事でよかよかよかばってんだったにぇん」
褐色が放つ言葉確実に日本語なのに意味が理解できない由樹。
驚愕している。だがすぐに由樹は思い当たった。
こんな恐ろしい空間の中で過ごしていたのだ。きっと不思議っ子とかそんな安易な設定を貫いているわけではなくきっと精神が壊れてしまったのだ。
誰もいなくて何もない世界に一人ぼっち。
そんな恐怖を味わった彼女の精神はボロボロになってしまった。
ましてや魔王が宣戦布告したときも彼女は現地にいたはずだ。
目の前で繰り広げられる現実とは思えない惨状。
生き延びはしたが、体は無事だったが、それで精神がボロボロになってしまったのだ。
頭がおかしくなって言葉がおかしくなって精神がおかしくなって。
それを由樹は一年前にも見てきた。
制御できない魔王と共に逃げ出す人々、次々とやられていく仲間たち。
友達が死ぬ光景を間近に見ては、いつ自分がああなるのかと思い起こしては仲間に見逃される自分を毎日夢に見る日々。
由樹も魔王や隣の人に殺される夢を何度何度も見た。
睡眠などは充分にとれず精神がやられて肉体がやられて、魔王に殺される。殺されなかったとしても地獄が待っている。
そして恐怖で自殺して楽になろうとする人たち。
一日、一日生きるたびに死にたいと願っては必死に魔王から逃げ続ける日々。
狂気、地獄。
そんな文字通りの地獄を目の前にしている。
それを由樹は記憶の中から思い出していた。
それと同じだ。
こいつもそうして体を傷つけなかった代わりに目に見えないところをボロボロにされた。
魔王たちと同じように。
由樹の目からは自然と涙がこぼれる。
「にぇーん、どこか痛い痛いしたのかのん。怪我してるなら私に見せてみるといいにぇーん。よかよかばってんよかばってん、魔法の呪文でヒーリングしてあげるんるん」
おかしな言動の褐色の前で由樹は体を震わして静かに泣いていた。
「ごめんごめん。なんでもないんだ。少しだけ泣かしてくれ」
唇をかんで座ったまま大粒の涙を流す由樹。
褐色は由樹の言葉を聞いてくれたようで何も言わずにそこに座っていた。
ずっとずっと静かに泣く由樹を見ながら何もいわずに。
由樹自身も誰のために泣いているのかわからなかったがただ泣くことしかできなくなってあふれてくる涙を抑えることができなかった。
「いやすまん。そこまで泣いてくれるとは思っていなかったのだが、少しはムードがなごんだだろうか。上手くできたと個人的には思う」
その声に顔をあげる由樹。
褐色が由樹を見て『すまん』と一言。
涙を流したままあっけにとられて喋れなくなる由樹。
「いやこんな状況だから少しは笑いをと思ってな。突然私が不思議系少女になったら面白いのではないかと思って不意にやってみたんだ。いや泣くほど面白くなっただろうか、それとも泣くほど面白くなかっただろうか。君の総評を聞きたい」
冷静な語り口で事実を伝える褐色。
先ほどの狂ったような明るさは消えうせていた。
「よかった、よかった……」
泣きながら繰り返す由樹。
精神がおかしくなったのではなくて本当によかった。
地獄から抜け出せていてよかった。
そんな由樹の心の底から出た『よかった』だった。
褐色は由樹のトラウマに触れたことにも気づかずに『そうか、それはやった甲斐があった』と満足そうに微笑んだ。