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開戦、終結 その3

 誰も答えてくれない白い世界で嘆く由樹。

 「いや切り替えていこう」

 呼吸を整えながら片膝をついて、安定してきたところで立ち上がる。

 まずはこの現象への情報がほしい。研究実験などで調べるには比較対象が必要だ。アパートはこの不可解な現象にあっていなかった。仮にこの現象の名前を白アクリルと呼称してさきほど記憶を思い返すと飛び出してきたアパートはいつもどおり木造建築で白アクリルにはなっていなかった。

 そこに鍵があるのかもしれない。きびすを返し来た道を戻っていく。

 かなりな距離を走ってきてしまったのだろうか。前方にアパートが見えてこない。

 これだけ遮蔽物がないのだからいくら離れていてもアパートの姿ぐらいは見えるはず、しかし姿すら見えないというのはどういうことだろうか。

 アパートが残っていたのは偶然でこの白アクリルにもう飲み込まれてしまったのだろうか。

 だとしたらもう戻っても意味がなくなる。

 そう思いつつも、アパートへ帰る道だと信じたルートを走る由樹。

 そもそもこの方向で合っているのだろうか。一心不乱に懸命に足を前におくって闇雲に走ってきたが、……いやある程度迷子だとしても視界のどこにもアパートが見えないのもおかしい。

 仮に真っ直ぐだと思ってアパートを背にして右斜め方向に走ったとしてそこから来た道を戻らずに左方向に移動していたとしても俺から見て左側、地平線のかなたに対象物であるアパートが見え続けているはず。

 建物でさえぎられることのない空間の中にいる中、いくら走ってきたとはいえ何十時間も走っていたわけではない。

 方向がさほど見当違いでも360度見渡せばどこかに見えているはずなのだ。

 だからおかしい。

 360度見渡してもアパートが見えていないこの状況がおかしい。

 「アクリルに飲まれたか」

 白アクリルというこの不可解な現象に飲まれてしまったのか。

 そうなれば戻っても仕方がない。

 まずは実験だ。

 由樹は立ち止まって息を整える。

 スーツを脱ぐ、上着はワイシャツだけになり脱いだスーツを地面に無造作に置く。

 要はこいつに飲み込まれるのか飲み込まれないのか実験してみたいのだ。

 不意に物体がなくなり白アクリルになるのであればまた実験して打開策を見つける。一歩一歩そうして着実に理解を深めていく。その第一歩だ。

 スーツケースからマジックを取り出してスーツの周りに点線を引いていく。そうして点線一定方向に伸ばして進んでいく。こうして目印をつければ来た道を間違えたということはなくなる。スーツが目では捉えられなくなるまで進んで戻ったときに点線で囲んだ中にスーツがなければ消失したということになる。そして今現在でまた新たな発見をしたことに由樹は気づいた。

 「地面にマジックで印をつけられる」

 これは大きな一歩だ。この発見によってどんな道が切り開かれたのか由樹には皆目検討もつかないが、これは重大な事実だと確信する。

 そして点線の間に時折『SOS』や『HELP』などと単語を入れていく。

 これで他の生存者にもわかるだろう。

 中腰のまま、マジックで地面に点線やらSOSを書いていく。

 ひたすらひたすら続ける。黙々とやっていく。どれほどの時間やっていたのだろうかと携帯を見るが時間がエラー表示になっていたので時間はわからなかった。

 線を描き続けた。

 きゅーきゅーと地面アクリルに線を引くたびになる音が規則的に響く。

 一本一本、長さは一定ではないがほぼ直線を維持するように書いていく。

 前を見る。

 果てしなく続いてるマジックの線。

 スーツも見えなくなった。そろそろかと思いマジックにキャップを取り付けて今度はマジックで書いた跡をなぞっていく。

 地面を見ながら歩いていく。視界をながれていく黒い線。

 時折『たすけてー』『ここにいるよ』などとホラー映画のようなワードも視界から流れていく。

 そろそろだろうと前を向くと視界に見たことのあるものが見えた。走って近づく。

 すると先ほど脱ぎ捨てたスーツが鎮座していた。スーツの周りにはこれまた見覚えのあるマジックで囲まれた線。

 スーツは消えてはいなかった。時間の問題だろうか。待ってみる。

 時間を計ろうとは思うが時計は機能していない。

 「しかし、時を知るには時計だけとは限らない」

 携帯からストップウォッチ機能を開いて試しに3時間でセットしてみる。スタート。3時間からカウントを減らし始める。時計はエラー表示だったがこれはちゃんと機能するようでほっと息をつく。

 スーツを見ながら寝転がる由樹。食材がつまったリュックが中で雪崩を起こしても気にせずに。さてどうなるか。

 じわーっとゆっくりと緩慢なスピードで地面と一体化するのだろうか。それともスーツが分解されて空へと還っていくのだろうか。

 見物だ。超常現象をこの目で見られるチャンス。

 由樹は少しワクワクしながらスーツが消滅する瞬間を楽しみにしていた。

 数分、もしかしたら数秒、少しもたたないうちに由樹は不安に襲われた。

 もしどちらにしても動かない物体に作用するということなのだろうか。だとしたら自分も例外ではない。恐怖が由樹を襲う。

 寝転がった状態のままでゴロゴロと横に転がる。しかしリュックが邪魔になる。仕方ないのでリュックを両手でもってゴロゴロ。

 これなら止まることはない。

 じわりじわりとこの白アクリルと一体化することはないはずだ。そう思いゴロゴロとある程度スーツから転がり遠のいてはゴロゴロと転がって戻ってくる。

 障害物もないためすんごい滑りやすく転がりやすい。

 徐々に楽しくなってきて自然と声が出る。

 「うひゃうひゃひゃひゃひゃひゃ」

 叫び声を上げていることに気がついて我に返り、今度は無言でゆっくりと転がり始める。

 タイマーの残り時間を見る。まだ10分も経っていなかった。

 ゴロゴロと転がっているのにも飽きてきた。

 パタンパタンと体を倒しては過ぎ去る時間を待ち望む。

 いつまでこうしていたらいいのだろうか。誰も生存者はいないのだろうか。自分はこのまま死んでしまうのだろうか。白いアクリルの一部になるのだろうか。

 「だあああああああめぇえだ」

 叫んで不安感のスパイラルに陥っていたところを立て直す。

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