出会い その4
「違うんです。川口さん」
彼は由樹の知り合いだった。
ちょっとした事件がきっかけで知り合いになり、それから時折やりとりをしている。
時間は九時頃、謎の美女のせいでその時間になってしまったようだ。
「いやうちもセッ●スレスなので、参考になるかと思い拝見いたしましたが、なかなか……なかなか斬新ですね……」
「あー、本心で言っているならプレイではないので誤解しないで下さい。皮肉で言っているならそのまま本番まで見せます」
「結構です」
真顔できっぱりと言い放つ川口。
「ではいつもどおりにコレお願いしますね」
そうして由樹に手渡されたの手紙の束だった。一つ一つ便箋に入っており、便箋の色も多種多様。
それが積まれて綺麗なトリコロールカラーのミルフィーユのように見える。
由樹はそれを受けとると、『確かに』と枚数を確認してちゃぶ台の上に置いた。
「…………食べるなよ」
そんなわけはないのだが、いまだ無言無表情鉄面皮を貫く美女に忠告する。
駆け足で玄関まで戻る。
「それで今日はありますか」
川口が神妙な顔で聞いてきた。
「ごめんなさい。またサキちゃんだけですね……」
「あ。そうですか……」
一瞬悲しそうな顔を川口は見せたが、すぐに笑顔になる川口。
入ってくるときは真顔だったのにこんなときばかり笑顔を見せる。
由樹はそう思いながら、スーツケースから便箋に入った手紙を渡す。
「ありがとうございます。賀茂さんに渡しておきますね」
「……自分が言うのもおかしいかもしれませんが、気長に待っていただけると助かります」
「いえいえ、石橋さんには感謝していますからお互いがんばりましょう」
また笑顔で今度は手を握ってくる川口。
「で、あれはどういった性的快楽が得られるプレイなんですか。女性のほうは微動にしていませんでしたが――」
「あれには触れないで下さい」
握手を受け入れると『それでは』と言い残してそのまま川口は帰ってしまう。
扉をしめて足音が小さくなっていくのが聞こえる。
「さぁ第2ラウンドだぞ」
ちゃぶ台奥の鉄面皮美女に告げる。由樹の心は折れてはいなかった。
それどころか燃え上がる美女を排斥する感情。
名づけるなら排斥欲みたいなものが盛り上がっていく。
「キチガイ行動は止めだ。効果がないことがわかった」
畳に転がる包丁を拾い上げ、ビールジョッキと一緒にシンクへ。
ビールジョッキは汚いのでこいつは後で念入りに洗っておこう。後で。
ちゃぶ台の上の手紙も輪ゴムでとめてスーツケースの中へ。片付いた。
「さて」
由樹は美女の向かい側、ちゃぶ台越しに座り考える。
どうすればこいつは帰ってくれるだろうか。
「とりあえず会話をしないか、こちらもそちらの提案を聞けば譲歩できるかもしれない。……名前は?」
まずはコミュニケーションだろう。
もちろんこの場から今すぐ帰ってもらいたいが、まずは心を開かなければどうしようもない。
「…………」
無言だ。
しかもこちらを見るわけではないし顔を一切動かさない、まばたきもしていない。
「はぁ……」
ため息を一つついてゆっくりと美女の後ろにまわる。
背中に立つ。美女はこちらを見ることはなく、まっすぐ正面を見ている。
「バァアア!」
真上から突然美女の前に顔を出してみる。無反応。
まばたきぐらいするかと思ったが、由樹の動きで彼女の前髪が少し揺れただけだった。
彼女自身はまったく微動にしない。反応がない。まるで屍のようだ。
仕方なく元に位置に戻り腕を組んで考え直す。
どうしたものか。
美女に無言で家を占領されたときの対処法はどうすればいいのだろうか。
などと錯乱したことを思いながら由樹は考える。
小説、アニメ、ゲームなど彼女のように男、この場合は主人公のことだが、彼の家に勝手に居座るというのは珍しいことではない。
無論現実世界にそんな女はいない。皆無だ。いたとしてもほぼ犯罪目的だろう。
ともかくそういったキャラに共通しているのは、押しかける理由だ。
なにかしらやむにやまれぬ状況。
例えば押しかけたヒロインの家が不幸になって仕方なく幼馴染である主人公の家に同居するというパターン。
例えば親に決められた許婚で無理やり共同生活をせまられるパターン。
例えば世界が滅びの一途をたどり主人公の力をつかってかわいい系の使い魔が――などともしもの世界を想像するだけで何も成果は得られない。
それらの情報を今の状況を当てはめてみようか。彼女は何のつもりでこの部屋にいるのだろう。その理由を聞けば何かわかるかもしれない。
「君はここに何かを成すために来たのかい?」
優しげに問いかける由樹。そして訪れる静寂。
「…………俺は今凄く恥ずかしい」
なぜか『君』や口調が無意識に変わってしまって恥ずかしさのあまり、頭をかかえてゴロゴロと寝返りをうつ由樹。
さっきまでの奇行はまだいい。意識的にやっていたものだから。
「これは違う。これは違う」
無意識で行った奇行にそうして恥ずかしさを全身で表現を終えると、一端落ち着く。
呼吸を整えてまた由樹は考え始めた。こいつは決定的に何かが違う。
先ほど考えていたことは全て状況は似ているのだが、現状とは異なる点がある。
ヒロイン、目の前にいるこの鉄面皮のことだがこいつからの説明がまるで無い。
大概はこっちがいちいち言わなくても説明台詞をベラベラと喋ってくれるのだが、それがない。
「なんか喋ってくれよ。そうしないと話が始まらないだろう? せめてイエスかノーでもいい。それか紙に文字を書いてくれ」
戸棚からマジックとルーズリーフを取り出し、ちゃぶ台に広げる。すっかり冷え切った焼き鳥とウィスキーソーダ割をシンクへ。
「よし。えーと、名前は駄目なんだな。まぁいい。無言でコミュニケーションを取らないのは俺のガガイモになろうとしてるんだろうから特には追求しないが、じゃあ簡単なところで……今日はここに泊まるつもりなのか否かだけ教えてくれ」
美女の反応をうかがう。何も変化はない。
それどころかペンを持ってはいない。こちらをじっと見ている。
「あー」
絶望的だ。