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開戦、終結 その2

 わからないと人間は負のスパイラルに落ちてくる。

 人なんてほんとにいるのだろうか、そもそもこれはどういうことなのだろうか、ここは地球なのかと由樹は自分に問うても何もわからない。

 絶望的な状況で由樹は一年前のことを思い出していた。

 石橋由樹は一年前は教師だった。中学校の新人教員。

 研修上がりで副担任をしていた石橋由樹だが人望も厚く生徒からも親しまれる優秀な教員だと噂されていた。

 そんなときに特別進学クラスの担任の一人として由樹が抜擢された。

 特別進学クラスという案は、あまり名門校ではない私立中学校の地方の少子化の影響をうけて作られた打開案だった。

 入学内容も厳しいが普通化の生徒よりもグレートアップした教育内容と狭き門を勝ち抜いてきた生徒は少数であるために、そこを潜り抜けた生徒に教師が付きっ切りで教えるという塾の利点も兼ね備えたものだった。

 始めは名もない私立中学。

 受講料が高いばかりであまり人気はなかったのだが、進学クラスがある指標を打ち出すと反応は変わった。

 ガガイモ育成に重点を置いたのだ。

 だいたいガガイモは誕生に生まれる先天性のものではなく、ある程度自我が芽生え始めてから生まれることが多かったため、中学生から高校生になるぐらいの時期にそれが現れ始めるのが多いと言われる。

 そこに目をつけてまだガガイモが芽生えていない子供たちに将来役に立つ優秀なガガイモを誕生させることによって今後の生活に役立ててもらおうという試みだった。

 『ガガイモ教育特別クラス』の誕生である。

 独自のカリキュラムでガガイモを調整していく教師たち。

 これをやることによって優秀なガガイモが生まれるはずだと教師は奮闘していた。

 その中に石橋も加わることになった。

 しかし、ガガイモを調べれば調べるほどにわからなくなっていく。

 そもそも教育とガガイモの強制にもなんら科学的な根拠はなく、生まれてくるも定かではないのだ。

 ましてや石橋にはまた別の問題もあった。

 自らがガガイモを持ち合わせていないのだ。

 ガガイモの持っていない自分がガガイモを持たせるように教育する。

 日々襲い掛かる他の教員と親御さんたちの圧力。

 目に見えぬ重圧でつぶされそうになっていたが、疲労感などはおくびにもださずに石橋は業務に取り組んでいた。

 だが次第に石橋は気づかない中で不満や行き場のない怒りがたまっているのに気づいてなかった。

 あの出来事が起きた。

 魔王が誕生する出来事である。

 「あのアホみたいなガガイモを生み出した馬鹿は誰だ!!」

 あれを言ったのはまぎれもなく由樹だった。

 教卓に出席簿を置き、ふと窓を見ると全裸のおっさんが校庭を歩いていたのだ。

 最初はわけがわからずにそれを眺めていた。

 今思うと本当に馬鹿馬鹿しいのだが『シャイニングストリップ事件』という単語を不意に思い出してしまったのだ。

 基本のガガイモ。始まりのガガイモ。

 いつまでも成果を得られずに自分に対する反骨心か戒めのつもりか。

 そんなありもしない解釈をして生徒たちを見た。

 誰もそれに反応することはなく、黙ったままの由樹を見ている。

 心の中でほくそ笑んでいるのだろう。

 そうして人の反応を見て楽しもうとしている。そんな化物に見えていた。

 そうはさせない。

 子供に馬鹿にされて大人が黙っているわけにはいかない。

 正体不明の怒りと憤りを感じて教卓をたたく。

 静まり返る教室。怒りで自然と鳴る歯軋り。

 単純なそんなノイローゼの思考だ。

 理屈も理論も常識も通っていないもので、なんら意味のわからない怒りだ。

 それほどまでにこの業務にプレッシャーを感じていた。

 押しつぶされそうになっていた。

 ここまで由樹が追い詰められていることに誰も気づいてはいなかった。

 『あのアホみたいなガガイモを生み出した馬鹿は誰だ!!』

 あの日、その言葉を言った自分を思い出してかぶりを振るう。

 「ダメだダメだ」

 思考を戻す。そうして嫌なことを思い出して負の連鎖に入るのはダメだ。

 白の上を歩いていく。

 「だれかーーー!! いますかーーー!!」

 叫んで周囲を見渡しながら歩いていく。

 もう少ししたら桜井とも行ったファミレスが見えてくるはずだが、前を見ても後ろを見ても何も存在しない。

 「だれかーー!!」

 その問いを返してくれる人はいない。

 せめて動物とかが居てくれればいいのだが、それもいない。

 「頼む誰でもいい、誰か!! いないのか!!」

 答えはない。

 走り出す由樹。

 ずり落ちそうになる大荷物をかかえてひたすらに前へ前へ。

 「走りやすい、すんごい走りやすい」

 摩擦係数も少なそうなアクリルのような地面は中々に蹴り応えがあり、足を前へ前へと進めていける。進めてくれる。

 走る。

 走る。

 腕を前に足を前に。

 そして周りを見る。

 白。

 白。

 白。

 白。

 何もない。

 何も存在しない。

 なんでもいい。

 もはやなんでもいい。

 小石でも雑草でもいい。

 なんでもいいから。

 なんでもいいから。

 目を血眼にして辺りを見回す。

 恐ろしく何もない。

 もはや恐怖すら感じてきた。

 こんな世界で俺は何日生きていけるのだろうか。

 それとも俺だけひたすらこんな世界で生きていかなければならないのだろうか。

 体の芯から底冷えする冷たさを感じる。

 悪寒が走り、それがなくなれと思いながら走る。

 息が上がる。肺が悲鳴を上げ始める。

 いい。こんなのはいい。

 どんどん足を前におくって何かが見えてくれと願い、見る。

 何もない。

 「嫌だ、嫌だ」

 走る走る。

 足が痛い。足がじわりじわりと痛くなる。

 「でも止まったら、止まったら」

 止まったら本当に止まってしまいそうで怖くて怖くてとても立ち止まれない。

 でも体が無理だと警鐘を鳴らして徐々にスピードは落ちていく。

 スピードがおちて徐々に走りが緩やかになり、早足から歩き始める。

 徐々に動作も緩慢になっていく。

 そのうち走ることなく歩き始める。

 歩いて歩いて、腕を前に足を前に必死でおくる。

 果てしなく続いてる地平線を見てどっちが地面でどっちが空かわからなくなる。

 足がもつれて地面に突っ伏す由樹。

 倒れこんで荒い呼吸で空を見る。

 空にも何もない。

 「どうしたらいいんだ……」

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