開戦、終結
魔王が宣戦布告してから二日経った。
国は対策に追われているという発表をしたままでいまだに具体例などは出されていない。
帰ってきた直後に見たテレビからは魔王のせいで避難を余儀なくされた人々を映し出していた。
アナウンサーは魔王がいる辺りの救出活動の目処は立っていないと発表。個人の判断で逃げ出してくださいと無茶苦茶な説明をしていた。
高天原を含む周囲には非常警戒警報が発令されて県境を越えてどんどんと避難地域が大きくなっていた。
すぐに日本に人が住むことはできなくなるだろう。
自衛隊の抑止が効いているなどの一部希望的観測を鵜呑みしている人も確かにいるが、出撃しては撃墜されていくだけの航空部隊を時折カメラがとらえる映像を見るに現状は絶望的だ。
『やっぱりな、なんにもできねぇじゃねぇか』などという桜井の嘲笑が由樹の頭の中で再生される。
由樹は桜井とはあれから会っていない。
桜井は別れる最後に魔王と戦う準備をしてくるといって別れていった。
あの桜井のことだから冗談のような兵器や戦略などをもってくるのだろうか。
もし仮にそれが有効だったとしてもそれが効かなかったとしても絶望的な状況には変わりない。ぐっちゃんは川口結は本当に魔王になってしまったのだから。
いつものアパートの一室。
非難区域に指定されているここに由樹は一人で残った。
二日前には褐色とツインテールの自称ガガイモもいたが今はその面影もない。
記憶の最後のほうではどちらも魔王の巣にいたのだから、どちらも死んでしまったのかもしれない。
昨日、川口結の父親が来た。以前手紙を持ってきた例の中年男性だ。
彼は自ら率先して魔王となっていまだ生きている息子、娘たちの親から手紙を預かり由樹が橋渡しになり手紙のやり取りをしていた。
ほとんどが返信のないものだったが、それでも彼らは満足していたようで由樹も少しでも自分の過ちの代償になるならとやっていたが、昨日それはもうやめてくれとの報告を受けた。失意にうなだれる川口は由樹を責めることもなく、何を言うわけでもなくただ一言。
「ありがとうございました」と感謝の言葉を告げて由樹の元から去って行った。
彼は娘にもう二度と会えずどこかの国で暮らすことになるのだろうか。
いつもどおりにスーツを着て身支度を整える。水道もガスも電気も昨日までは点いていたのにもう点かなくなってしまった。
仕方がないので寝癖の頭をかきむしって指で目やにを取り除いて鏡を見る。
いつもとは違い若干ファンキーな髪型だが仕方がない。妥協して鏡の前で気持ちを切り替える。
「こうならないように頑張ってきたのにな」
つぶやく由樹。ひとまず外へ出ることにする。
何ができるかわからないがまだ何か抗えるはずだ。
生きているなら死ぬまで抗い続けたい。
そう思ってなんのプランもないが、外へ出た。
扉の向こうに見える景色に思考が停止する。
わけがわからず扉を開けては閉めて開けてはしめてため息をつく。
目の前の出来事から現実逃避。なにもかもがどうでもよくなって今起きている奇妙な現象から目を背けたくなる。
白。
アパートから扉を開けると真っ白な世界が広がっていた。
雪が降っていたとかそんなロマンチックなものではなく、建物もなくアパート以外なにもない。白。真っ白。
白だ。
なんの情報もないのでなにが起きたかはわからないが、一歩外に出たら全てが白に覆われていた。
建物、道路の騒ぎではない空も太陽も完全になくなっておりずっと白い空。雲も星も太陽もないので、もはや空とは呼べなくなった白い上を見続けていると上下の感覚が次第になくなってくる。
クラクラする。
もう気持ち悪くて考えることもやめたくなる。ぼーと上の白と下の白を見て頭がおかしくなりそうになる。
なんなのだろう。
「なんなのだろうかーーーー!!!」
不意に叫んでみる。建物もないのか反響もせずに音が消えていく。よくよく聞いてみれば環境音も全くしない。
植物も動物も闇もない。光と白だけが見える。
原因を考えるなら魔王だろう。一日にして世界を滅ぼしたのだろう。
それこそ桜井はなんらかの対策を講じて全面戦争でもしたのかもしれない。
たった一日で世界規模の戦争が起こって何もかも失った世界。
そんな現実的でない答えが一番現実的に感じられる。
二日で世界が滅びた後にできることとはなんだろうか。何かあるだろうか。もはやこれで魔王がいたとして何ができるだろうか。
たった二日で何も止められずに由樹の戦いは終わりを告げた。
「……まだだ」
絶望で思考が瞬く間に停止していくがそれを振り払うように自らを奮い立たせる。
生存者を探そう。まずは準備だ。
部屋に戻って一番大きなトレッキング用のリュックを押入れから取り出して冷蔵庫に残っていた食材を詰める。
野菜を中心に凍っているものと層にして新聞紙で包み保冷性を極力高めて詰めていく。こんなことをしたとしても二日、三日ぐらいしか食べ物としては機能しないだろう。途中でスーパーでも見つけて缶詰でも購入しよう。
「スーパー自体あればいいが」
とりあえず一通り詰め終わり、それを担いでまた扉の前へ。
ドアノブをゆっくりまわす。
どうしても人間なのだから希望的観測をしてしまう。
また開けたら白ではなく建物が立ち並んだいつもの景色が広がっていてはくれまいかと。
そんなことは当然なかった。
アパートから出て行く。
真っ白だった。
砂に覆われているとか白い粉塵というわけではない。アクリルのように光沢感のある道を埋め尽くす白。たたいても傷つかず反響もしない。タイルのように一枚一枚地面に貼られているわけでもない。つなぎ目などもなくただひたすら地平線のかなたまで白が続いてる。
上を見る。
こちらも同じだ。
境目がないと錯覚してしまうほどに真っ白だ。手を伸ばせば触れそうだがいつまでも触れることはない。届かない。白く見えているということはどこかに光源があるはずなのだが光の元すら見えない。つまりは太陽もないのだ。上を見た状態で反り返り後ろを見ても真っ白。太陽も星も月もない。
核の冬という言葉を由樹は思い出す。
核兵器がもたらした大規模爆発が巻き上げた粉塵によって大気層が覆われて空が灰色になる破滅的現象のことだが、それとも明らかに違う。
もうわからない。見れば見るほどわからない。
ひとまずその白い道を歩き続けていく。
方角などもわからないがただ闇雲に真っ直ぐと歩いていく。