佳境 その2
「もういないんだ、みんな」
「私一人で」
「他のみんなを」
「演じて」
「魔王の力は」
「私の意思で」
「使ってたんだ」
「気付こうよ」
「魔王なんだからトランシーバーなんて使うわけないじゃんか」
「気付こうよ……」
ぐっちゃんの口から聞こえてくる様々な声音。それはいつまでたっても現れない魔王たちのものだった。
「魔王に出来ないことなんてあるはずないじゃない」
シュンの声音でぐっちゃんはそう言う。涙を流すぐっちゃん。しかし表情は変えずただただ流す涙はまるで雨露にぬれた人形のようで美しくもあり不気味でもあった。
指を鳴らすぐっちゃん。
するとビルの室内である天井が突然ぼっかりと口を開く。
天井にまるでファンタジーやSFに出てくる暗黒空間が広がっている、漆黒の穴。
そこから何かが降ってきた。
重く鈍い音を出して床やテーブルにたたきつけられる。
ボト、ボトっと。
肉塊が天井から降ってくる。
ボト、ボトっと。
人の腕、人の足、人の頭、肋骨のついた人の胴体。
生物ではなくなった人が天井から落ちてくる。
落ちた衝撃でまわりに飛び散りまわる血痕。
肉はテーブル、ソファーなどにゆっくりともたれかかっては地面に落ちていく。
思考が止まる。突然のことで誰も声すら発することができずにその光景を見ている。
よく見ると一人分の死体ではない。
頭だけ数えても一人、二人、三人、四人。いっぱいいっぱい。
数はどんどん増えていく。
腕は細く短く頭は幼く男もいれば女もいた。
そして由樹には全て見覚えがあった。
どれもこれも犠牲になったのは魔王たちだった。
「うわああああああああああ!!!」
自衛隊の一人が悲鳴をあげて外へと出て行くころにはバラバラにされた肉でうめつくされて血生臭いが充満した。
「川口、てめぇ!! なにやってんだ!!」
激昂する石橋由樹は魔王と化したぐっちゃんに叫ぶ。
「ユキちゃん、もうわかったでしょう」
「なんだ! 土壌を作って仲間まで殺して本当の魔王になるつもりか、川口!」
天井からまた大きな穴が開き雨のようにしたたりおちる血。
「もう人間のフリは嫌だよ、先生。魔王になりたいよ」
大量に血を浴びる川口結はそういって優しく笑った。
「墓の前のあの涙も全部演技だったってのか!!!」
叫ぶ由樹。
川口は答えずただ寂しそうに優しく笑う。
石橋由樹はガガイモが見えない。
だから目の前で何が起こっているのか理解するのに常人よりも認識スピードが遅く、反応も遅れる。
突如として食堂に繰り出されたその衝撃が、魔王の振り放つ一撃が見えなかった。
天井のコンクリートがさけて地面にひびが入り、巨大な穴が開いて辺りを衝撃波が包む。
それが魔王の振り下ろしたこぶしと気づくのが遅かった。
弾き飛ばされる地面、コンクリート、そして何も出来ずに反応できずに自衛隊の人たち。
由樹自らもその混沌の中に巻き込まれた一人だったが、無事だった。
桜井のおかげだ。
棒立ちの由樹を桜井がかかえて例の持ち前の超加速によって脱出。
かかえられて逃げ出していく二人のその後ろにはあっという間にすぐ去っていく崩壊していくビル郡。はじけ飛ぶコンクリートが生み出す濁流のような粉塵。魔王の巣、高天原は悲鳴も慟哭も聞こえないままに崩壊したのを最後に見た。