佳境
整理するとこういうことが話し合われていたらしい。
国の要求は単純明快。
国の総力をもって武力制圧をすると人々には伝えているが、交渉に応じてくれれば、南極に大規模な療養施設があるからそこで一生暮らしてほしいとのこと。
この療養施設もつい最近できたもので元々魔王を収容するつもりで作ったのだそうだ。
そして、この要求が飲めないのであれば『魔王は我々の譲歩案に耳を貸さなかった』と全世界に報道するそうだ。
その報道で日本が魔王を敵対視して安全保障などでアメリカが動き出し、最終的に世界と全面戦争することになると言われたそうだ。
「安全保障でアメリカが動くわけがないだろうが、馬鹿か。子供にも通用しない脅し文句だな」
ぐっちゃんの説明を聞いていた桜井が憎憎しくつぶやく。
一度開放された三人は自衛隊が取り囲む中、食堂で作戦会議をしていた。
銃をもったいい大人が無言で丸腰の子供と高校生と三十路に銃口をむけている光景は異様だった。
そんなことはあまり気にせずに話し合う三人。
ぐっちゃんと由樹はソファーに座り、桜井は立ったまま話を聞いている。
いまだにぐっちゃんは血だらけなのだが時間がたってかぴかぴに乾いている、そのせいで時折動くたびに固まった血がふけのようにソファーに落ちる。
「ぐっちゃん体洗ってきたら」
「後でね」
こんな調子で由樹の意見は通らない。
「とりあえずだ、魔王。全面戦争するつもりなのか?」
「ええ」
端的に答えるぐっちゃん。
「そんなあっさり……」
頭をかかえる由樹。
「文字通り魔王になるんだろう。それこそ面白いじゃないか、石橋俺は彼女の意見に賛成だぞ」
「桜井さんは単純に大義名分で魔王討伐ができるようになるから嬉しがってるだけでしょ」
「ははは、そのとおりだ。それこそここで出来なかったことがいろいろと試せるからな。核でも反物質砲でもなんでもな」
不気味に笑う桜井。この人はこういうときに冗談を言わないからタチが悪い。
「とりあえず俺はそうなったら魔王と敵対するわ」
「ぐっちゃんは本当にそれでいいの?」
「うん。もう取り返しなんてつかないし」
自ら体を抱きしめて血で乾いた服をぐしゃぐしゃにつぶすぐっちゃん。ぽろぽろとはがれ落ちる乾いた血。
「そんなことはないと思うが……」
「ぐっちゃん、ツインテールで金髪の女の子が魔王に金をもらってくれって言ってたじゃない?」
唐突に話をかえるぐっちゃん。
「それ重要か? 確かに気にはなっているがどうせアイツの嘘とかじゃないのか。金欲しさでついた嘘――」
「そうじゃないんだ。あれ実は本当なの。魔王を誘拐するように、魔王の一人が依頼して頼んでおいたんだ。頼んだ相手は違うのだけれどきっとめぐりめぐって褐色のあの人とツインテールの女の子が誘拐犯として現れたというわけ。魔王の誘拐なんて自発的でもなければしたがらないだろうしね。あのおかしな子が最後の最後でその依頼を受けたんでしょうね。頭悪そうだったから誘拐に失敗したときのリスクも成功したときのリスクも計算してなかったんでしょう」
神妙な面持ちのぐっちゃん。
「ああ、アイツは馬鹿だからそれはうなづける――」
誰もやりたがらなくても最終的に頭のおかしなあの二人が選ばれたというわけか。
しかし二人で行うなら連携でもすればいいと思うが、由樹は食卓での褐色とツインテールのいざこざを思い出す。
あれは単に仕事をとられたくなくての暴行だったのだろう。特に理由はなくただのライバルつぶし。
無茶苦茶なやつらだ。
由樹の頭の中で嫌な予感がよぎった。
「もしかして裏切り者を見つけてつるし上げたりとかそんな前時代的なことやってないよな……」
いまだまとわりついているぐっちゃんの返り血を見てそう思う。
魔王を裁けるのは魔王だけだからだ。
自らを誘拐しようとしたものを反逆者として殺してきたのだろうかとそう思った。
そう怪訝な面持ちでたずねる由樹に笑うぐっちゃん。桜井は話しに入れないのかいつもどおりの不機嫌面だ。
「そんなことしてないって」
軽く微笑むぐっちゃん、それを見て由樹は安心はできなかった。しかしそれが気取られないように振舞う。ここで疑っても何にもならないからだ。
「よかった。でも不可解なのがなんで魔王を誘拐するんだ? 自分が誘拐されてここから抜け出せたとしても魔王はごらんのありさまだし、外に出ようにも出られないだろう」
「ここから出たかったんだ」
「出られないわけではないだろう」
桜井が口を開く。
「あのでっかいのを野放しにしてここから出て行けばいい。他の人間が蹂躙されていくのを横目で見て平然と生活すればいい」
「それができないから誘拐を頼んだの」
「……どういうことだよ」
桜井はわけがわからずぐっちゃんにたずねる。
「単純に誰かが誘拐されるとして、あのデカイ魔王が街を蹂躙するのは目に見えているし、一年で若干落ち着いてきた魔王への矛先が全部こちらにむくでしょう。魔王を殺せって国から追放しろって」
「ああ」
「そうなったらもう配慮なんてできない。石を投げつけられる相手に握手を求めにいくほどの聖人なんていないから、殴られたらやりかえせる。それこそ他の人が蹂躙されていくのを横目で平然と見ながら暮らせる」
「ほう、それが目的だとしたら相当だな」
楽しそうに笑う桜井。
「そうだね、相当だね」
それをみてなぜだか愉快に笑うぐっちゃんに由樹は気持ち悪さを感じた。
「魔王って意外と制御が難しくて私一人であんなことできないんだ。テレポートとかユキちゃんだって知ってるでしょう?」
由樹を見るぐっちゃん。
確かにそうだ。
魔王の制御は意外に難しく、力の行使は所有者の意思を統一しなければ発現できるものではない。
家事も出来る経理だってこなせる物理法則を無視して特大ビームだって放てる。しかしそれも皆が祈りイメージを統一しないと上手くはいかない。
だからそうしなくても出来るように由樹と魔王たちは練習をしてきたのだ。
由樹は誤解していた。それが可能になったのだと思っていた。