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出会い その3

 「……さっさと帰れ」

 小声で警官たちにそう吐き捨てる由樹。

 その声は彼らには届かず、アパートには由樹とトイレでいまだ体育座りをしている彼女だけになった。

 警官が相手にしてくれないとなると取れる手段が限られる。

 「おい」

 トイレに座る彼女に初めて話す。

 声をかけてみてもこちらを見るというわけではない。

 ずっと真正面を向いている。

 そんな様子を薄気味悪く感じてくる。

 「お前が俺のガガイモだっていうのなら別にそれでもかまわない。なので主人命令でここから出て行ってくれ」

 聞くわけはないと言っている由樹自身思っていたが、その予想はあっさりと覆る。

 由樹の言葉を聞いた瞬間、すっと彼女は立ち上がった。

 そしてそのまま前進してくる。

 慌てて由樹は道をあけると、彼女は玄関に一直線、するわけではなく奥の部屋に座り込んでしまった。

 彼女の手前には、ちゃぶ台におかれた冷え切った焼き鳥と結露でテーブルをぬらすウィスキーのソーダ割り。

 さきほど食べようとして座っていた由樹の特等席に陣取る彼女。白く長い髪がさらさらと揺れる。

 今度は体育すわりではない。正座だった。

 「いや帰ってくれよ……」

 由樹は座った彼女の細い褐色の腕をとり、むりやり持ち上げようとした。

 だがつかんだ腕を返され関節技を決められてしまう。

 逃げようと手を離すと彼女の細い腕が首に来た。首に綺麗に入るチョークスリーパー。

 息苦しくなる。視界がぼやけはじめる。

 コレはやばい。

 危険性を全身に感じて腕にタップをすると、簡単にホールドを解いてくれる彼女。

 そして定位置のようにちゃぶ台の前に座る。正座。ふんわりと白い髪がゆれる。

 「がはっ……げほっえっほ」

 気道が悲鳴をあげる。

 少しすると咳き込みも収まり、呼吸も安定してきた。

 「も、もう違うからな……。もう違う。ガガイモが主人に手を出したことは無い」

 ガガイモは所有者主人には決して暴力は振舞わない。

 人間がガガイモを襲ったことはあっても、ガガイモに襲われた事件は一件もないのだ。完全にその定義から彼女は外れた。

 由樹は確信した。

 こいつはただの人間でしかも危ないやつだと。

 目には目を危ないやつには危ない方法だ。

 台所から包丁を二本取り出す。

 どちらとも出刃包丁だ。

 その一本を彼女に見えるように切っ先をむける。

 「いいか。今からこいつを全力で投げる。その顔面にだ。それが嫌ならいますぐここからいなくなれ」

 『投げる』と言った由樹の手のひらにじんわりと汗が浮かぶ。

 依然として彼女のほうは表情に感情など浮かんでおらずこちらをじっと見つめている。

 駄目だ。

 心の中で由樹は思った。

 脅しとして取った手段。やつはこちらが投げないことを完全にわかっている。

 この常識という壁を取り壊さなければこの脅しは通用しない。

 そう瞬時に理解して由樹はスーツを脱ぎ始めた。

 常識を壊す。そしてこいつに帰ってもらう。その一心でとった行動だった。

 スーツを投げ捨てネクタイを外しベルトを投げ捨てる。

 ワイシャツとパンツだけになり、ここで天恵のようなひらめきが由樹を襲った。

 常識をぶち壊すということならここは全裸ではなく下だけ脱ぐのがベターではないのか。

 確かに全裸も非常識だがそれは常識的観点からみて察することができる非常識だ。

 もっと意味不明な理屈が通っている非常識でなければ非常識とはいえない。

 そう確信してからの由樹の行動は早かった。

 パンツを脱ぎすてて台所にあったビールジョッキを自分の股間にあてがう。

 すっぽりと収まりビールジョッキの冷たさに腰が少し引ける。

 だがそんなのはおかまいなしだ。

 腰がひけたままで、片手で包丁を二本持って腰を横に振ってみせた。

 そしてそのまま、一定のリズムをとりじわりじわりと彼女へと近づく。

 だが彼女に変化はなかった。

 真顔だ。

 真顔で正座している。動いてもいないのか髪の毛一本も揺れない。

 ワイシャツだけを着て下半身すっぽんぽんの変態が近づいてくるというのに彼女は依然として真顔だ。まだ足りない。まだ負けている。

 そう思った由樹は――――

 「きえぇえええええひぇええええぼぇええええええん!」

 奇声を上げはじめた。

 もはや包丁などは投げ捨ててビールジョッキを両手で持って奇声をあげる。腰を振る。

 時折彼女の顔を見るがやはり変化はない。真顔だ。

 強い、こいつは強い。

 心の中で彼女に対する畏敬の念が由樹に芽生え始めた。

 「シュッ! シュッ! シュッシュッシュ!」

 今度は効果音に合わせて腰を横に振る。効果はない。彼女は鉄壁だ。

 だが変化はあった。

 「あの……」

 目の前の彼女ではない。口を開きもしていない。

 背後から男性の声。

 振り返って玄関を見ると50代前後のスーツ姿の男性がいた。

 「明かりが見えたので勝手にはいってしまったのですが、どうやらお楽しみ中でしたので……」

 「楽しんでません楽しんでません」

 突然の訪問客に慌ててビールジョッキをちゃぶ台に置き、台所で脱ぎ散らかした衣服の中からズボンを探し出し履く。

 由樹は自分の先ほどの奇行が頭の中でフラッシュバックされて、恥ずかしくなる。

 鏡を見ていないが赤が真っ赤に火照っているのが由樹にはわかった。

 「違うんです。川口さん」

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