サクライサン その3
明らかに空気が変わる。
魔王の姿は一部の人たちぐらいしか把握していない。彼が魔王なのかそうでないのかは実際のところわからない。
元々彼らの中でも確信はなかったのだろう。
だから演説をするような形で遠まわしに桜井に野次を言っていたのだ。
「皆様は市民ということでしょうか、間違いはありませんか?」
問いかける桜井。
その言葉に冷静に言い放つ拡声器の男。
「そのとおりだ。ここにいるのはお前によって住む場所を奪われた人たちだ――」
桜井は男の言葉をさえぎる。
「嘘はよくありませんよ。建設業の傍ら子供をほって置いてこんな遠くまではるばる来て嫌がらせとは頭がおかしい人たちだ」
拡声器の男が顔色を変えた。
「なんだ、俺の何を知っている?」
明らかに動揺を隠そうとしてるが心情がもれてきている男。
「堂々と顔まで出してるんだ。匿名性が保たれていると思う方が馬鹿馬鹿しいでしょう。家族構成、会社、銀行、電話番号、情報なんていくらでも転がってる」
不機嫌な顔で楽しそうに口角をあげる桜井の顔は不自然で異質なものだった。その気持ち悪さがデモ隊にも伝わったのか、どよめきがもれ始める。
「魔王が……そうやって人を踏みにじるつもりか!」
拡声器の男はなおを声を荒げる。
薄ら笑いを浮かべながら桜井はその男に近づいていく。
「意外と冷静ですね」
桜井は何か含むような言い回しでデモ隊に話した。
「何もかも把握しているのに家族を八つ裂きにされていないと? ここにいまだ留まっているアナタたちは冷静そのものだ」
邪悪な笑みで桜井はデモ隊に微笑みかけた。
明らかに動揺している彼ら。
冷静ではない。
しかし一人の男がそれを振り払うように声を発する。
「脅しか……そんなものには屈しないぞ!! どうせハッタリだ!」
一人の男が声をかける。それに賛同するデモたち。
そんな声の中、声をあげた男にゆっくりと近づいていく。
「そうですか。ではこれをどうぞ」
拡声器をもってポケットに手を突っ込み、その人の手を握る。
ねっちょりとした感触が男に伝わる。
「心臓です」
青ざめていく握手された男。
「こ、これは……」
「ええそうです。あなたたちの子供さんのものです。持って帰って中にいれてあげてください。元気になるかもしれませんよ?」
周りのデモ隊の人たちも青ざめていく。
そして沈黙の後、誰かが絶叫してその場から走り出した。
それが合図になり次々と一目散に逃げ出す人々。
手を握られた男も硬直していたが、桜井が手を離すと子供の名前を叫び逃げ帰っていった。
「…………」
桜井の目からは見えない位置まで彼らがいなくなると不機嫌そうな顔で嬉しそうに口角を上げた。
「意外とうまくいくもんだな」
そう嬉しそうにつぶやいた。すると、突然桜井の携帯が鳴り出した。
ディスプレイ表示には『非通知』の文字。
「人殺し」
「初対面の相手に人殺しとは失礼なやつだな」
「……サクラさん、私です。魔王です」
携帯越しの相手はぐっちゃんだった。
「なんだ、初めてかけてきたな。どうした」
「いや初めてかけたのは事実なんですけど、これユキちゃんの携帯ですよ。登録してないんですか?」
「さっきも言ったがしてない。する気もない。で、なんだ喧嘩を吹っかけにでもきたのか」
桜井の耳元からぐっちゃんの声が聞こえる。今なお上空にいて一部始終を見ていたのだろう。そして由樹の携帯で桜井に話しかけている。
ぐっちゃんは『人を殺したのか』とまた話を戻した。
さきほど桜井が言っていた言葉の真偽を問いただしたかったようだ。
桜井は鼻で笑ってぐっちゃんに答える。
「人は殺していない。それ以前にあれで騙されたら魔王も駄目だな」
「は?」
駄目といわれて若干怒りを表すぐっちゃん。