絶叫
またいつもの日常が戻ってくる。不自由な日常だが慣れ親しんだ日々だ。全てが終わってほっと一息つく由樹。
そう思って浮遊都市と共にいまだ見えぬ家に思いをはせていると下で音がした。
浮遊都市のほうだった。
確かに音がすると気になってみてみる。魔王も取り戻して解決したはずだが。
見てみるとまだ都市のビルが倒壊している。
魔王の暴れた余波が大きいのだろうか。
「おい、今も魔王暴れてんだから帰るまで戦わせろよ」
ふと、不機嫌な桜井がそうつぶやいた。
「え?」
「どういうこと?」
ぐっちゃんと由樹は顔を見合わせる。
おかしい。
魔王が暴れていたのだってシュンこと松永旬が誘拐されて、魔王の効果範囲から抜け出したからだ。一年前と同じことが起きているだけだ。
しかし今はこうしてシュンを取り戻している。
正常になるべきというか暴走しないのが普通だと思っていたが別の要因があるのだろうか。
今なおを活動を続けているのは不自然だ。
「ぐっちゃん今動かしてるの?」
「浮遊都市移動させたりみんなを運んだりはしてるけど、魔王そのものに命令は出してないよ。他のみんなにも連絡とってみて」
「わかった」
トランシーバーで魔王たちに呼びかける。どこにいるかのはわからないが応答している。
そして皆一様に『命令も出していなければ動かしてもいない』と口々に言った。
「どうして、魔王は今なお動いているの?」
その由樹の言葉にぐっちゃんの顔から血の気が引いていた。
「ユキちゃん。シュン、本当に大丈夫なの?」
「え?」
慌ててシュンの元まで駆け寄るぐっちゃん。手首をつかみじっと待つ。
「脈……ないよ……」
「え……」
ぐっちゃんから腕を受け取り脈を取る由樹。しかし慌ててたせいか自分の脈が上がりすぎてその爆音が耳に残るだけでシュンの脈拍を測れない。
しかたなく口に耳を近づけて呼吸音を聞く。
無音。
聞こえてこない。
空の中で雲などをつきぬけて移動して入ってくる雑音がそのときだけははっきりと消えていた。
「シュン! シュン!」
呼びかけて抱きかかえて頬をたたくがシュンはぐったりと反応していない。
「ユキちゃん――」
ぐっちゃんが何か問いかける前に由樹は旬の胸を強く押し込む。心臓マッサージだ。あごを上げて気道を確保して空気を口に吹き入れる。
無言でそれを繰り返す。
何度何度も何度も繰り返す。
だがシュンに変化はなかった。
いや変化はあった。さきほどまで血色がよかった顔がどんどん青ざめていく。酸素を取り入れられなくなり唇なども青紫のチアノーゼになる。
だがそんなことはお構いなしで心肺蘇生を繰り返す由樹。
必死で胸を押し込み口で空気を送り込む。
「……ユキちゃんもうシュンは――」
「ぐっちゃんも手伝って! 魔王の力使ってよ!」
「…………ごめん」
「いいから! 早く!」
由樹はうなだれるぐっちゃんの腕を乱暴につかみ青ざめているシュンの胸元に押し当てた。
「AEDでも電気ショックでも何でもいい。それこそ治癒できるように魔王の力を使ってくれ!」
「死んだ人間を蘇生させることは魔王でも無理なんだよ」
「死んでない!」
「もう無理だよ」
「無理じゃない! 死んでない!」
ぐっちゃんの言葉をさえぎって心肺蘇生を繰り返す由樹。
「どうしてだ。いつだ、あのときからかあのときから。もっと早く気づいていればもっと早く……ああああああ!!!」
由樹は気づいた。部屋で拘束されている時点で死んでいたのだろう。だからこそ逃げる可能性もないと考えて、あの部屋から犯人たちはいなかった。
ガガイモすらもいなかったのだからそう考えてもなんらおかしくなかった。死体を売り飛ばす算段でもつけて奔走していたということなのかもしれない。
当然だ。魔王を生きたまま誘拐するなんて普通に考えてありえない。あの歓喜の叫びは魔王を殺した声だったんだ。
シュンを見つけられただけでほっとしてしまった。
由樹は自分を責めた、そして叫びをあげてシュンの胸を打つ。
涙があふれてきて呼吸もおぼつかなくなってきてそれでも由樹は続ける。シュンの服に由樹の大粒の涙がしみこんでいく。
桜井は不機嫌な顔をしながら由樹を羽交い絞めにした。
「な、離せ!」
無言で押さえつける桜井。
暴れまわる由樹をシュンから徐々に引き離す。
「まだ間に合う、まだ間に合うんだ!」
叫び猛り狂う由樹。
そんな由樹に桜井は一言つぶやいた。
「胸見てみろ」
「うるせぇ、喋ってんじゃねぇよ! 止めんな! 止めんなああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
由樹の悲痛な絶叫があたりにこだまする。
「落ち着け、落ち着け石橋」
「ああああああああああああ!!!!! ごのやろおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」
「うるせぇな、ちゃんとその寝転がってる魔王見てみろ。もう死んでるぞ」
桜井の拘束を解くこともできずにもがき苦しむだけの由樹は叫ぶ機械に成り果てた。
響き渡る絶叫。
その中で桜井は静かにつぶやいた。
「お前のせいで魔王の胸くぼんでるぞ。あれだけの圧かけてやったらそりゃあ肋骨もいくわな。死んだ人ボロボロにしてどうすんだお前」
だがその言葉も由樹は絶叫で聞こえていなかった。