幕引き
シュンは意識を失っており口には猿ぐつわがされている。痛々しいので猿ぐつわをとってやり、拘束された男の子をそのまま抱きかかえる由樹。
「回収おねがいしま――」
言い終わる前にさきほどの空へと移動していた由樹。
「す。あ。あざーす」
「お疲れ。シュンも大丈夫そうだね」
出迎えるぐっちゃん。その隣で褐色も起きていたなぜだか正座をしている。
シュンを寝かせて拘束を外す。腕や足などでロープに拘束されていたおかげで跡が残っている。痛々しい。だが他に外傷はなく極力無傷で運び込まれたようだ。
空に拘束を解いてやってシュンを寝かせる。
「こいつはどうするのユキちゃん。もう聞くこともないけど」
褐色に指をさすぐっちゃん。褐色は動じることなくまたいつものようにまばたきもせずに真っ直ぐ真正面を見ている。
「警察に届けよう。誘拐に不法侵入だ。罪はちゃんと償ってもらおう」
「誰が届けるの?」
「俺が届ける」
無言でこちらを見るぐっちゃん。
「そう、頑張って」
なにやら急に無関心になる。
それは褐色が主犯格と証拠が出揃ったところで逮捕も起訴もされない事実を知っているからだろう。
魔王には魔王になってからの人権が存在していない。現在生き残っている生徒たちに人権などはなく隔離されている。
文字通りの無法地帯。適応される法律もなく守られる法律もない。
国はそうではないという検討しているだけだともいう。
だが、そうでなければ支援物資も国も対応策も講じずにいる今の状況を説明できない。
国は人権を破棄するとは言っていない。
国は魔王を始末するとは言っていない。
国は高天原を無法地帯とは言っていない。
ただ、あそこに入ると処罰するといって対策を講じているので今しばらくお待ちいただきたいという国の言葉があっただけだ。
彼、彼女たちに命の危機が迫ったとして何も起きない。何もしない。政府がすることは杭で隔離して警報を鳴らすぐらいのものだろう。
そういったずる賢い逃げ道しか聞いていない。
由樹と魔王たちは『返答がない』という返答を理解し解釈して自分たちの立場を理解したのだ。
「俺は必ずこいつを警察に連れて行く」
「ユキちゃんも捕まらないように気をつけてね」
「……ん?」
「だって魔王の地域に出入りしている時点で刑事罰が適応されるとしたらそういうことになるでしょう。ユキちゃんも犯罪者」
「…………上手いこと警察に説明する」
そんな由樹を見てぐっちゃんは軽く微笑んだ。
「そう、頑張って」
「うん。まぁ帰ろうか」
『そうだね』っとぐっちゃんは指を鳴らして浮遊都市と共に移動し始めた。太陽の位置が徐々にずれていき雲が真横を通り過ぎていく。
浮遊都市を見ると平行移動してこちらについてきているようだ。
今現在も倒壊していく建物。それを見てあることを思い出した。
「あ、サクラさん忘れてた」
「あ、呼ぶわ」
電話をして今なお魔王と戦っているであろう桜井を呼び出す。由樹は浮遊都市を見てみるがやはり見えづらく桜井を捉えることはできなかった。
「今最高に楽しい桜井だ。誰だ、殺すぞ。女子供なら容赦なく殺す。男なら殺す。人じゃないから安心というわけではない。例外はない。俺の目の前に立つものは全てだ!!」
妙にテンションが高い。
「石橋です」
「死にたいなら人目のつかない場所にいろ」
電話の最中も走っているのか風切り音と息切れが時折聞こえてくる。今なおものすごい速さで疾走しているのだろう。
「もう魔王と帰るだけなんで回収します」
「…………一時間延長で」
「カラオケじゃないんですから無理です」
「30分」
「回収しまーす」
「嫌だ、嫌だ。魔王たおーす魔王たおーす。あと20分あれば殺せるのにーあと20分20分ちょうだーい。ちょうだーい!」
露骨に駄々をこねる。
「ぐっちゃん」
由樹は横にいたぐっちゃんに呼びかけると指を鳴らすぐっちゃん。
「やーだー。もっとやりたーい。やりたーい」
不機嫌な顔をより不機嫌にして不機嫌な声を放ち、直立不動で電話をする桜井が現れた。
顔は笑っていない。声は駄々をこねる子供のようだが、顔が恐ろしく不機嫌で怖い。
電話を切る桜井。
そのまま無言で体育座りをしてこちらを睨む。感情がわからずただただ怖い。
うなり声まで聞こえる。
幻聴かと思ったら本当に桜井はうなっていた。怖い。
「うん、とりあえず帰ろう」