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潜入 その2

 階段。

 ビルの四階なのだろう。

 コンクリートで覆われた階段。目の前には扉。由樹は困惑していた。

 「行ってきてと言われても……」

 魔王を助けたいという気持ちはある。しかし由樹はなんの能力も持たない一般人だ。ぐっちゃんのように超然的な能力を持っているわけでもなく、桜井のように超人的な加速ができるわけでもない。裏打ちされた卓越した武術センスがあるわけでもなく、かといって武装した相手に非武装を貫くことができるほどの交渉能力や会話術なども持ち合わせていない。凡人だ。

 結構な八方ふさがりなのだ。

 銃は……あった。護身用のものがスーツケースの中にそもそもこれにしたって使ったことは一度もない。

 大体抜くときは魔王の土地。朝方に遭遇した自殺者のように魔王や自分の身に危機があった場合には使う気ではいた。お守りのようなものだ。だが無意識にいや意識的にこれは使わないことはいつも由樹は知っていた。

 魔王があまりにも強すぎるのだ。こんな銃なんておもちゃに見えるくらい。だから撃たなかった。撃てなかった。撃つ必要がなかった。

 だが今は違う。予測できない事態に直面した。現状魔王の力は借りることもできない。

 不意に立たされた窮地に由樹は体の芯から冷たいものがあがっていくのを感じた。

 そして魔王にどれだけ守られていたのかを心から実感した。

 汗まみれの手でドアノブを回す。

 簡単に開いた。鍵はかかっていない。

 「す、すみませーん」

 手には銃をもっていたがかちこみにいく感じではなく挨拶をして恐る恐る部屋に入る由樹。

 底冷えする塊を心に抱いて中へと入る。

 狭い玄関に敷き詰められた靴。靴は脱がずに入る。

 せまいフローリングの廊下を抜けると部屋が二つ。ビルではなく閑静なアパートの一室といった様子だった。キッチンに畳が敷かれた部屋がある。

 誰もいない。

 捉えられた魔王どころか犯人らしき人影もいない。

 あとはトイレと風呂場ぐらいだ。

 恐る恐る風呂場の扉を開ける。誰もいない。風呂場は浴室とトイレが一緒になっていた。

 試しにトイレの蓋も開けてみる。いない。わかっている。開ける前からわかっている。

 「……落ち着け」

 由樹はそう自分に言い聞かせて銃を構えながら風呂場を出る。だが誰もいない。

 「……場所間違えたかな」

 目の前の扉を開いてきたが後ろなどにも扉はあったのかもしれない。

 記憶違いかぐっちゃんが間違えたかわからずいったん外に出ることにした。

 玄関まで戻る。

 反対側には何もない。扉はない。もう一度入りなおす。

 「どうなってるんだ……」

 そこで由樹はハッと気がついた。この出来事になにやら見覚えがある。

 似たようなことが起こっている感覚。既視感を感じた。デジャブというやつだ。

 誰かいるはずなのに誰もいない部屋。

 不意に由樹の脳裏に面接会場での悪夢が蘇る。まさかそんなことが起きているのか。可能性が高い。高すぎて違う汗が噴出してくる。

 押し寄せてくる焦燥感。玄関で考える。

 要するに由樹には犯人の姿が見えていないのだ。

 トランシーバーから聞こえてきたのは人間の声だった。いまいち覚えていないがおそらく男性。しかも数名のもの。なのでここにもその人たちが大挙していると考えていた。

 魔王を誘拐するとすれば他国への売却だ。魔王自体も金になるがもちろんその所有者も研究価値がある。

 そうして売り飛ばす算段でもしていると思っていた。

 しかし、しかしだ。なんらかの理由で皆が全員魔王を拘束した状態でいなくなったとする。

 ありえないと思われるかもしれない。

 せっかく誘拐した魔王に逃げられる危険性があるのに、どうして監視もつけずに人間全員が別の用事で席を外すことが果たしてあるだろうか。

 ありえる。単純に考えればいい。

 誘拐したのは人間たちだろう、そして今なんらかの理由で人間は全員どっかに行っている、誘拐した魔王に監視をつけるのは当然だ、だが人はみんな出て行かなくてはならない。

 じゃあどうする、人ではないものに監視させればいい。たぶんこの一室にはガガイモだけがいる。

 由樹が視覚で捉えれないのはそのためだろう。

 しかし魔王の姿も見えないというのはどういうことだろうか。本当に誰もいないという可能性もぬぐいきれない。

 「……待てよ」

 わざわざ頭の中で整理するためにわざとらしく『待てよ』などという不自然な言葉を使う由樹。

 「こうは考えられないだろうか」

 またもやわざとらしい台詞でぐちゃぐちゃな思考からゴールにたどりつこうとする。

 由樹がそうして考えた可能性はこうだ。

 拘束した魔王を中心に置きその周りを取り囲むように背の高いガガイモが守っている構図。

 こういう状態であれば、魔王が由樹の視覚から捉えられず声も発せず動くなと命令を忠実にこなすガガイモたちの鉄壁の要塞が誕生しているのかもしれない。

 自発的にリアクションなどをとらないガガイモたちがそうして由樹が入り込んできても微動だにせず声すらも発しないのも納得がいく。

 そういう可能性が浮上した今、由樹がとるべき行動はただひとつだった。

 部屋中を全力で飛びまくる由樹。

 背が高いといっても魔王サイズや2、3メートル越えるものは稀だ。大体が人型であり人としての水準を凌駕しているものは少ないのだ。

 だからこそ、由樹は飛び跳ねれば魔王が見えると確信した。

 部屋を飛び跳ねつづけて下を見る由樹。ガガイモが四方八方を塞いでいるのであればこの方法でわかるはず。

 魔王が見えて飛んでいる最中に見えない障害物に阻まれれば確実にいることがわかる。

 ジャンプジャンプジャンプジャンプ。

 部屋中をそれこそくまなく飛び続ける由樹。

 だいたい調べたが見えない障害物に接触することも拘束された魔王の姿も見つけられない。

 「ひぃ、どこだ。ふぅ、どこにいる」

 飛ぶのにも疲れてきた。今度は徹底的に調べるために玄関から小刻みに飛び跳ね続ける。

 一歩進んでは前のめりに飛び跳ねてまた一歩進んでは前のめりに飛び跳ねる。

 息が切れる。

 しかしそんなことも言ってられない。事は一刻を争う。

 恥ずかしいとか恥ずかしいとか恥ずかしいとか恥ずかしいとかいう不要な感情を捨て去る。

 「俺はジャンピングヒューマンだ」

 頭がおかしくなって飛び跳ね続ける。いない。ぶつからない。

 風呂場の扉をあける。浴槽に飛び込み跳ね回る。跳ね続けてトイレまで行きトイレの蓋をしめてその上で跳ね回る。

 いない。

 そしてトイレは危険だ。落ちそうになる。

 いない。ぶつからない。トイレから足をすべらせて落ちる。由樹の尻は床にぶつかった。

 「どこだ」

 部屋をくまなく探す。それこそ台所からたたみの部屋の隅、部屋の中は全て探した。

 「部屋の中……そうか!」

 由樹に天恵が降ってくる。畳の部屋を抜けてベランダの扉をあける。

 ベランダはまだ試していなかった。盲点だった。

 植木鉢などなく室外機が一台。まっさらなベランダだった。

 飛び跳ねる飛び跳ねる。勢いをつける必要性はないのだが渾身の力で跳ね続ける。

 だがぶつからない。見当たらない。念のため室外機の上でも飛び跳ね始める。

 「ふぉおおおおおおおおおおおお」

 なんの意味もないが叫ぶ由樹。

 「ふぉお! ふぉおおおおおおおおおおお!!!!」

 室外機の上で跳ね続ける由樹。耐える室外機。跳ね回るが室外機に変化はない。なかなか頑丈な室外機だ。

 「なるほどな。さすがは野ざらしを基本とした設計構想だ。耐久性が違う!」

 室外機は意外に頑丈ということを由樹は知った。

 そして室外機の上で頭をかかえた。八方ふさがりになった由樹。こみ上げてくる恥ずかしさ。人生で一番死にたいと思った瞬間だった。

 「なーにしてんのユキちゃん」

 突然聞こえてくるぐっちゃんの声。

 スーツケースのトランシーバーからぐっちゃんのこもった声が聞こえてくる。

 「え、お、あ」

 慌てて取り出す。

 「……いるところ指示するから」

 「え? わかるの?」

 「いやわかるでしょ。鍵開ければすぐ見つけてくると思ったから待ってたんだけど」

 「過大評価してくださりまことにありがとうございます」

 魔王の力を使って場所を特定しているぐっちゃんから『部屋に入って』と指示を受ける由樹。

 部屋に入る。

 「目の前の押入れ開けて」

 押入れのふすまを開けると縄で中学生ぐらいの男の子が拘束されていた。彼は魔王の一人、松永旬(まつながしゅん)。トランシーバーで応答がなかった唯一の人物だった。

 「あ」

 こうして魔王救出劇は幕を下ろした。

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