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魔王襲来 その10

 『だいぶ落ち着いてきたね、ユキちゃん』とぐっちゃんが微笑み、『さてと』とわざわざ口に出して仕切りなおす。

 指をパチンと鳴らす。そうして由樹と褐色を放り投げるぐっちゃん。

 突然空に放り出されて呼吸が止まりそうになる由樹。

 死ぬと思って血の気が引いていく。冷や汗が出る。全身の毛穴から汗が吹き出る。

 浮遊感の訪れる体はみるみるうちに地面に真っ逆さま……しない。

 「あ、痛て」

 地面があった。

 それにたたきつけられて頬が少しひりひりする。見えない地面。

 ガラス張りとかそういうものとは別格の透明度だが確かに地面が床が存在する。ひたひたと触るとすいつく。

 「なんだこれ」

 「地面、床みたいなもの」

 ぐっちゃんもそういってそこに降り立つ。ぺたぺたと歩いてくる。

 「す、すんげぇびびった……」

 由樹は褐色を背中から下ろして横に寝かせる。あぐらをかいて額の汗をぬぐう。

 「魔王パワー。ちなみに気圧変化とか上空の気流の流れとかも魔王パワー」

 誇らしげにつげるぐっちゃん。

 「魔王パワーまじすげぇな……」

 どっしりと空気に座る。

 ぐっちゃんが指を一振りすると褐色の拘束がとけてゆっくりと座らされる。もはや魔法だ。なにもかも現実味がない真実で唖然としてしまう由樹。

 「よし、わざわざここまで連れてきたんだ。場所を聞こう。……隠した仲間はどこだ」

 空中、上空、驚異的な高度で始められる尋問。

 褐色は答えない。それどころかここまでいろんなことがあったがこいつは一度も声を出していないし反応もしていなかった。

 またいつものように目線をまっすぐにして何も見ていない。先ほどまでベラベラと喋っていたのが嘘のようだ。

 「状況がわかっていないみたいだな」

 ぐっちゃんは褐色を指差す。その差した指を徐々に下に落とす。するとそれに連動するかのように褐色の体が徐々に下がっていく。地面としていた空気層をつきぬけてゆっくりと着実に下がっていく褐色の体。見えない地面からはやはり風などが吹いているのか突き抜けた腰のスカートがめくりあがりたなびいている。

 「おいおいおい……」

 「死ぬほどわかりやすいだろう、さっさと喋れ」

 喋らない。

 元々陽動として動いていたのだ、もしかしたらそれこそそれ相応の覚悟は出来ているのかもしれない。汗ひとつかかずにまるで人事のような褐色。

 「時間がない」

 ぐっちゃんは苛立ちげにまた指を鳴らす。落とすかと思ったがそうではないようで見えない空気の地面からにゅっと排出される褐色。座らされる。

 由樹も殺人をしなくて安心したようでほっと息をつく。

 「チオペンタールナトリウム辺りで大丈夫なんだっけな。あとは――」

 褐色を殺すのはやめたが、なにやらよくわからない単語を唱え始める。科学の授業などで使う成分のようにも聞こえるし薬の名称なども上げている。

 言い終わると再度指を鳴らすぐっちゃん。

 すると褐色のほうにかすかだが変化があった。突然仰向けに倒れた。先ほどまでぱっちりと開いていた目が眠そうに半開きになっている。眠たそうというよりも催眠術にかけられた人のようにも見える。

 催眠術?。

 その可能性も高いと思って問いかけてみる。

 「ぐっちゃん、催眠術でもかけたのか?」

 「……そんな非科学的なことしてないよ」

 空であぐらをかいていたり空中都市を形成したりしているのに非科学的もくそもあるのだろうか。

 疑問が由樹の中で大きくなる。

 「でも眠そうにしてるけど」

 「自白剤」

 「……ん?」

 「空間で自白剤の成分を精製して投与した」

 不穏な言葉がぐっちゃんの口から飛び出す。

 「チオペンタールナトリウムをメインで配合して後はやばいトリップしそうな化学物質をマイルドブレンド」

 褐色の口元がだらけきりよだれが流れる。鼻水と涙も流れている。ひぃーひぃーと甲高い呼吸音も時折聞こえる。びくびくと痙攣までしている。

 「おかーあさーん、おかあーさん」

 母を呼ぶ褐色。顔色が悪い。黒くなっている。元々黒かったが病気を患ったときの黒さだ。

 「喋るようになったけどいや喋るようになったけどさ」

 これはマズイブレンド。明らかにマイルドではないブレンド。

 「隠した魔王はどこにいる」

 困惑する由樹はお構いなしにうつろなまなざしの褐色にぐっちゃんが問いかける。

 「隠した魔王は私の仲間が車で搬送している。隣町をぬけて山道をぬけて福島に行く」

 「その魔王の現在地は?」

 「わからない、し、しら、知らされていない」

 「どこだ」

 「わ、私にもわからない……わからな、わからな、いいいいいい」

 顔色が悪くなり続ける褐色、白目をむきはじめる。泡を吹いて明らかに意図的ではないからだの跳ね方をしている。

 小刻みに震えている。目はうつろで口からはよだれで出来た泡を蓄えて涙と鼻水が顔に線を作っている。

 「駄目か……居場所はわからずじまい……どうしようかユキちゃん」

 「お、おい、これ完全にやばいだろう」

 「大丈夫」

 ぐっちゃんはまた指を鳴らすと褐色の震えは収まり、涙も鼻水も止まっていた。そのまままぶたを閉じて寝息をたて始める。

 状態が正常に戻った、のだろうか。

 「ちゃんと精製した成分は除外したから、まぁ成分がないからといって悪影響まで消えたかというとわからないけど」

 「おいおいおいおい、これはさすがにやりすぎだ」

 「やりすぎとかないよ」

 「いや、お前どう考えたってこれは拷問以外の何物でもないぞ!」

 「こっちだって余裕がないんだ。敵相手に慈悲なんてかけられない」

 ぐっちゃんは冷静に言い放つ。

 「やり方が無茶苦茶だって言ってるんだ。いくら誘拐犯だからってここまでする必要性はない!」

 「誘拐犯じゃない、大量殺人犯だよ、こいつは。魔王が制御できないだけでどれだけの人が亡くなったか、ユキちゃんも知らないわけじゃないでしょう」

 「そ、それはそうだが――」

 由樹が反論しようが突風でかき消される。

 「問答はいい。サクラに電話して。こういうときのためのアイツでしょう。アイツに探させて見つけてもらう」

 ぐっちゃんは殺気に満ちた目をしていた。

 「ああ、わかった……わかったよ」

 殺気に気圧されて桜井に電話をかける。中々繋がらない中、ぐっちゃんはポツリとつぶやいた。

 「手加減はした。本気ならもっと確実で生死を問わない方法を選んでる」

 褐色を見るぐっちゃん。

 由樹はぐっちゃんのその声と背中しか見ることができなかった。

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