魔王襲来 その9
「ユキちゃん!」
ぐっちゃんが握っていたトランシーバーから焦る平泉の声。
先ほどまでの冷静で人を馬鹿にした態度ではなかった。
「魔王が」
「魔王が! 移動している!」
平泉の話を聞かずに、ぐっちゃんは外に駆け出す。
今なお不気味に笑い声を出す褐色はソファーに拘束して由樹も外へと出る。
何も変化はなく小鳥が森からひよひよと陽気を伝えるようなさえずりをしている。
由樹には何も見えない。だが、ぐっちゃんの見つめる先、遠くのビルで変化があった。
「叫んでる……」
ぐっちゃんのその言葉と共にビルが崩れていった。そして大きな粉塵が辺りを包み込んだ。
「くっそ……何も見えない……」
吹き上がる粉塵に耐え切れずビルの中へ入る。ぐっちゃんと由樹は粉塵を浴びて粉まみれになりやむをえず食堂でその粉をはたく。
その姿を褐色は見て目を見開いた。
「魔王が動き出したようだな!」
ハハハハと独特の乾いた笑いが部屋に響いた。
トランシーバーに手をかけて叫ぶぐっちゃん。
「魔王が機能しなくなる前に移動する、全員! 魔王が見える位置から離れないように移動しろ! ゆきちゃん!」
「は、はい!」
「そいつ背負って外出るよ!」
スーツケースを腕にさげて、褐色を背負い由樹とぐっちゃんはまた外へ出る。
まだ外は粉塵だらけで視界が不明瞭だ。息を吸うと気管に粉が入ってきてむせる。
「まだいるよな……」
薄目を開けて口と鼻をふさぎながらぐっちゃんは手を空にかざす。
すると強風が吹いた。
目の前の粉塵が勢いよく吹き飛ばされて視界が明瞭になる。息も出来る。突然の風はきっと偶然ではない。
「いくぞ!」
「さすが魔王……」
たぶん魔王の超然的な力をつかって風をふかして粉塵を消し飛ばしたのだろう。
晴れやかな陽気が広がる。
「練習の成果は着実に出ているね!」
嬉しそうに叫ぶ由樹にぐっちゃんは答えず走り出す。慌てて後を追う由樹。
目で見えない魔王を追っていく。瓦礫を飛び越えて楔まで来る。楔と楔の間をぐっちゃんが抜ける。甲高い電子音が鳴り響く。杭が赤く輝き警告音が響き渡る。
「全員出てる?」
飛び出したぐっちゃんがトランシーバー片手に問いかける。
「みんな、杭の前で止まってるけど」
「いいから外に出て!」
トランシーバーから出る不安げに声に語気を荒げる。
その怒声が飛んだ後、そこかしこで鳴り響く甲高い警告音。ビビビーと自己主張の激しい音が廃墟のビル郡に響き渡る。
他の魔王たちがいっせいに楔の外へと出たのだろう。ものすごくうるさい。
森の木々のざわめきや鳥のさえずりなど、かき消されるほどにうるさい。
今まで杭から外へ出たことはなかったので何が起こるかわからない。それこそこれによって外に通報されたりするのだろうか。警察がどっと押し寄せる絵が頭の中に浮かぶ。
「外に出るの、ま、まずいんじゃないのか、ぐっちゃん」
「私たちが外に出るよりもアイツが街で大暴れするほうがマズイ。大事の前の小事!」
『かー、興奮するわ!』『外に出るの一年ぶりだからな!』『コンビニまわっていい?』などとのんきな声がトランシーバーから聞こえてくる。
魔王はこの楔の外から出るのは一年ぶりなのだ。それに関して興奮している魔王たち。
「いいから魔王を目で追え! といいつつ私も服買いたい」
ぐっちゃんはトランシーバーに呼びかける。
「ぐっちゃん! 魔王追わないと!」
「追ってる。あーーショッピングしてぇー!!」
叫び声が辺りに響き渡る。魔王がどのへんにいるのかわからないが、瓦礫のビル郡が徐々に遠ざかっていく。
「隣町に行った! ユキちゃん、今あそこ人いんの?」
「いない! 今は避難区域に指定されて住んでいる人は誰もいない!」
「わかった。あそこで迎え撃つ」
トランシーバーに叫びぐっちゃん。
山道に入り坂道を上がっていく由樹。褐色を背負って全力疾走しているのですぐに息が切れる。数分もすると後ろにぐっちゃんがいないことに気づく。
「え……はぐれた?」
息も絶え絶えで辺りを見るがぐっちゃんはいない。他の魔王たちも姿が見えない。
由樹ははぐれた事実で血の気が引いていく。
腕にさげたスーツケースから予備のトランシーバーを取り出そうとする。
褐色を背負ったままなので中々取り出せず焦りだす。
やっとの思いでトランシーバーを取り出すとトランシーバーから声が聞こえてきた。
「えー石橋さん、石橋さん応答願います。今現在どの位置におられますでしょうか、応答願います」
平泉の声だった。慌てて通信ボタンを押す。
「すまん。迷った。今、山道を登っている。みんなどこだ」
「あー、なるほど。じゃあ地面にぴったりと張り付いてもらえます」
「は? どういうことだ。意味がわからない」
「いいから、早く」
なんのことかわからずに褐色を抱えたまま地面に伏せる。
伏せてから数秒後、地面が揺れだした。
困惑しながら地面に伏せていると目と鼻の先、山道をつないでいるアスファルトにひびが入る。
「山登って隣町行くの面倒だから、山を切り裂いて浮遊都市にして魔王を捕縛します、しばしお待ちを」
そんな身の毛もよだつことがトランシーバーから聞こえてくる。
「べぇええええええええええ」
山を削り切り裂く轟音。
木々は倒され鳥も危機を察したのか空中を飛び回っている。悲鳴にも似た鳴き声を放ちながら。
地鳴りが徐々に大きくなっていく。
「馬鹿か馬鹿か馬鹿か何考えてんだ!」
由樹の叫びを消えうせて山の地鳴りが轟く。
異質な音を放ちながら地面が裂けていく。
べりべりと強引に大地から引き離される山と隣街を巻き込んでいきゆっくりと着実に浮上していく。アスファルトがばらばらと砕けておちる。地面がどんどん離れていく。
「え、なんでなんでこんなことするの? 意味あるの?」
困惑する由樹。由樹の戸惑いと裏腹に大きくなる高低差。
そこに飛翔する影。大空を悠々と飛び回り道路にしがみつく由樹の目の前に降り立つ。
「ぐっちゃん!」
ぐっちゃんが仁王立ちで由樹の手を立ち上がらせる。おっかなびっくりへっぴり腰で立ち上がる由樹を笑うぐっちゃん。
「なんでこんなことするの? めっさ怖いんだけど」
「最初だけだよ」
「こんなこと何度も味わってたまるかよ、くそこえぇええわ、余裕ねぇわ、パニックだわ、下ろしてくれ!」
「落ち着いて僕が支えてあげるから優しくするよ」
そう言いながらぐっちゃんは由樹の体を優しく抱え込み飛翔した。大空に飛び立つ褐色を背中にかかえた由樹を小脇にかかえるぐっちゃん。
なぜだかぐっちゃんは優しげな微笑を浮かべている。
「イケメン、不意なイケメン、あああもうなんか楽しくなってきた! くそおもしれぇ!」
「飛ぶよ」
その一言に雲を突き抜けてあれほど大きかった隣町、元山と隣町、現浮遊都市が小さくなる。
由樹の目からは魔王は見えない。
見えないが確認は出来る。
隣町の家々が押しつぶされるように破壊されて粉塵が巻き上がっている。
魔王が暴れまわっている。
「ユキちゃんは見てもわからないと思うけど、サイズ的には隣町……いや浮遊都市サンクチュアリよりも魔王の体は小さいからあそこから出られない」
勝手に命名して話を続ける。
「と、飛べるんじゃないのか俺たちみたいに」
いくら空中に捕獲したとしてもあの暴れまわっている魔王はぐっちゃんたちと同じ力をもっているのだ。それくらい簡単にできるのではないか。
「いや飛べない」
断言するぐっちゃん。
「浮遊都市を浮かしているのはほかならぬあの暴れまわっている魔王本人の力をつかっている。そして魔王は自然現象物理方程式一切合切規格外だがキャパシティーは存在する。ここ一年でそれを把握している私たちが考えた作戦としてはそんなアイツが力を使わせないように動きを封じること。魔王の力をあえて使ってだけど力尽きないぎりぎりで活動させるために。そのためにわざわざ非効率な空中都市アトランティスを作ったというわけ」
さらっと都市の名前が変わっていることには触れず由樹はあることに気がついた。
「ん? それなら、単純に物理法則を無視して重力場だとか変化させてその場で確保すればよかったんじゃあ……それこそキャパシティ越えするぎりぎりまで使えば簡単に捕縛できるんじゃないのか?」
「わかってないな、ユキちゃん」
ぐっちゃんはにやりと不敵に笑った。
「このほうが派手で楽しいだろう」