魔王襲来 その8
「煙の位置にむかいます」
平泉の声がトランシーバーから。
「じゃあとりあえずこいつは私がやるか」
ぐっちゃんが褐色に近づき、手を空中にかざすすると褐色の服が締め付けられ、空中を移動する。
「ユキちゃん、トランシーバー」
手を空中にかざしたまま移動するぐっちゃん。表情は険しく声も底冷えするような声音だった。
「お、おう……」
その迫力に押されてトランシーバーを渡す由樹。
「泉、煙の位置で待機しておって連絡。あと起きているやつはいったん待機何が起きるかわからねぇからな、返事!」
トランシーバーに呼びかける。
「OK」
「わかったすぐ行く」
「あいさー」
「待機」
「待機了解」
先ほどまで平泉に占領されていたのか開かれた回線から男女複数の声が届く。
ぐっちゃんと泉以外の魔王たちだ。
「いくぞユキちゃん」
空中に浮かぶ褐色をつれてぐっちゃんが由樹を先導していく。三人は食堂へ戻っていく。
食堂に戻って麻縄で褐色を拘束する。腕と足を別々に縛りソファーに座らせている。別段、抵抗することはなかった。
叫び声をあげるわけでも無理に抵抗してもみ合いになるわけでもなかった。
縛られることをそのまま受け入れてくれたので拘束の手間はなかった。
由樹とぐっちゃんは褐色をはさんで座っている。
「泉、どうなってる?」
トランシーバーで偵察にいった平泉に連絡をとるぐっちゃん。
「爆発が起きているようだ。爆心地は先ほどの煙の位置で少しばかり、ビルの倒壊によるものではなく明らかに人為的なものであると確認。地面がすすけている」
「わかった、泉どっかで身を潜めていてくれ」
「了解」
「点呼を取る」
ぐっちゃんがトランシーバーから名前を呼び上げていく。
次々と応答していく魔王たち。
最後の一人になった、しかし呼びかけがない。
「シュン? 応答して」
返事はない。
「寝てるとかはないよな」
「シュンはまだみんなより早起きなほうなのはユキちゃんが一番知ってるでしょ?」
「……そうだな」
シュンこと松永旬は魔王の中でも結構早起きな方で朝飯を誰よりも待ち望んでいることが多い男の子だった。だが彼からの応答はない。
「我々の勝利だ」
口を開いたのはぐっちゃんでも由樹でもない。トランシーバーからもれた声でもない。この部屋のぐっちゃんでも由樹でもない三人目の声だった。
縛られた褐色が表情を変えずに話している。呆然としている由樹。それもそのはずだ。
あれほど頑なに感情を出すこともまばたきさえもしなかった褐色が喋りだしたのだ。
その衝撃はあまりにも大きかった。
何かそのことに対して発言をしたかったが、言葉が出てこない由樹。
そんな由樹を横目に由樹もぐっちゃんも見ることなく真正面を向きながら話を続けていく褐色。
「魔王を一人確保した。貴様たちは破滅へ向かう。フハハハハ」
感情のない顔で笑い声を出す褐色。
怖い、怖すぎる。
唐突に話し始めた褐色に恐怖すら感じる由樹。
戸惑いが隠し切れない由樹とは真逆でぐっちゃんはその声に怒気を放つ。
「てめぇ! なにしやがった」
「そのままの意味さ。さきほどの混乱に乗じて君を確保することができなかったがそれが上手く陽動として機能したというわけだ。ハハハハ、愉快愉快」
また真正面を向いたまま笑う褐色。笑い声は出すものの表情は微動だにしていない。
「そして知っているぞ!」
声を張り上げる褐色。
「魔王は他のガガイモとは違う、異質だ。お前たちが共同生活をしている原因もそこにあることを知っている。一人でも一人でもあの楔から外へ連れ出してしまうと予測できない状態になるのだろう?」
一年前、魔王発生時に魔王所有者を強引に引き離したことがあった。
それがこの瓦礫の山だ。制御の利かなくなった魔王がこの都市を暴れ周り多数の死者を出した。
そうして魔王の所有者同士の共同生活が始まった。
魔王を押さえ込むために。現状対策を取れずにこれ以上被害を出さないために。
「それこそ私の仲間が今、魔王の一人を連れて外へ外へと車を走らせている。どうなるかな……。魔王はご立腹でまた暴れだすだろうか、見ものだな。ハハハハハ」
「あ?」
威嚇するぐっちゃん。