魔王襲来 その5
ぐっちゃんが男からの会話を聞いてまた黙々もゲームを始めた。
場所はさきほど飛び出していったビルの奥の奥の一室。
ソファーに座って聞いていたぐっちゃんはばかばかしいといわんばかりの顔で話を切り上げる。
「家庭に尽くして借金地獄。いつまでたっても返せない借金額に人生真っ暗になって自殺するしかなかった男の気持ちなどお前たちにはわからんよ」
「馬鹿馬鹿しい。借金で首が回らないのならば法律相談事務所にいけばいい」
「そう簡単なもんじゃないんだよ、お嬢ちゃん」
男は馬鹿にしたようにぐっちゃんに語る。
「ギャンブルで出来た借金さ、俺だって反省している。だからこそ返そうとがんばって仕事してた。それなのに営業利益の低下に伴い首切りにあった。そのストレスでまたギャンブル癖が再燃してな。そのままずるずると膨らむ借金と戦う日々さ。仕事も見つけられず金もなくさまよいさまよってここに来たわけだ」
「自業自得だろうが」
「はは。そうだな」
軽く笑ってぐっちゃんの言葉をいなす男。
由樹は何もいわずに男にかけた麻縄をきつく締めていた。
「あのな、お前程度の人間なんて世界にごまんといるんだよ。不幸に酔いしれてここにくるやつなんていっぱいいる。昨日だけで30人近く自殺志願者やら研究者やら来たよ。うんざりする。そのたびにこんなこと聞かされて満足して帰っていくんだ。お前たちは馬鹿馬鹿しい。ただの横暴だ。」
「ははは、そうだな」
ぐっちゃんの言葉に、薄ら笑いを浮かべる男。その男の態度にぐっちゃんは腹が立ったのだろう。
今までの冷静な対応などはなく男の頭をつかんで自らの服をつかみはだけさせる。
「え、ちょっとぐっちゃん――」
「ユキちゃんは黙って! こいつに言いたいことが終わるまで黙ってて!!」
戸惑う由樹と男を気にせず喋り始めるぐっちゃん。
男は目をつぶっている。由樹もそれにならい目をつぶる。
「いいか、よく見ろ!」
「あ、いやさすがに少女の裸を見るのは……」
「見ろ!」
「……はい」
「どこが乳首か言ってみろ」
少女のその声に困惑していた由樹はおそるおそる薄目をあけてその様子を見た。
男は少女のはだけた胸を見ている。
そこには日焼けしていない純白の綺麗な透明感の肌が広がってはいなかった。
無数のぶつぶつ。赤いイボだらけの肌。傷や怪我などではない大きなにきびだった。それが無数にある。それこそ乳首なのかどうかわからないくらいに無数に。
「魔王になってから原因不明のにきびに悩まされている。昼も夜もこれによって体がかゆいのにここに来てから一年近く軟禁されているせいで皮膚科にもいけない! 痛みはない、かゆくてかゆくてかゆくて夜も眠れずに昼も眠れずユキちゃんが持ってきたゲームを消化するぐらいしか紛らわせることができない。このつらさがお前に理解できるか?」
「……できません」
男がそう答えると服を戻すぐっちゃん。
「目で見たって! 耳で聞いたって! 脳でわかって理解したって! 相手の不幸なんてわからない、理解できない。延々と不幸自慢を他人に披露する暇があったら幸福をのぞんで努力しろ! ギャンブル中毒が!!」
ぐっちゃんはそういって奥の部屋へ入ってしまった。
「境界線まで送ります」
男を拘束したまま連れ立ってビルの外へ。
瓦礫をぬけて先ほどまで走ってきた杭のところまできた。
等間隔に綺麗に並んでいる杭の間と間に男を通して歩かせる。
通り抜けると男は振り向かずにつぶやいた。
「借金とたかだかにきびの問題を一緒にされてもな……」
「たかだか借金の問題と年端もいかない少女が人前で肌を見せることを一緒にされても困りますね」
男は由樹の言葉に何も言わない。
「もう二度と来ないで下さい」
男は言葉なく麻縄で縛られたまま朝焼けの中を帰っていった。縛られた男を見送り、またビルまで戻る。瓦礫をこえて五月蝿い音を耳にしながら。
「この往復は地味にきつい」
日ごろの運動不足をたたりながら由樹がたどりつくとまたもやおもわぬ来客がいた。
「まじで勘弁してほしい」
見覚えのある顔だった。
「……帰ったんじゃないのかよ、お前」
見覚えのある褐色の自称ガガイモの美女が食堂に立っていた。
手には懐中電灯。いつもどおり瞬きもせずに由樹を見ていた。