魔王襲来 その3
「魔王はどっちだって聞いてるんだ!」
鼻水まみれの顔をぬぐって男はぐっちゃんにぐりぐりと銃口を当てる。
銃口をつけつけられたぐっちゃんは気にした様子はなくずっとゲームに夢中だ。
どこに隠し持っていたのだろうか。小型の銃で恫喝する男。
由樹は男を無視してスーツケースから銃を取り出して男にむける。
男はとっさのことで驚いたが銃を構えなおす。銃口はいまだ少女にむけられている。
「銃をおろせ」
「わざわざ高天原まで来て魔王に会えたんだ。計画変更だ。売り飛ばして一攫千金してやる」
ぶつぶつと喋りだす男。由樹の言葉は届いていないようだ。
「言え、お前が魔王かそれもこいつか、どっちだ。あとお前ゲームをやめろ、状況わかっているのか? 死ぬぞ、死ぬぞコラー」
危機的状況であるにも関わらず、ぐっちゃんは携帯ゲームに必死だ。
「万が一私が魔王であった場合」
ゲームをやりながらぐっちゃんが喋りだした。
「ここでそこにいる優男に致命傷を与え『お前もこうなるぞ』と私を脅しながら一緒に外に出る」
ピコピコとイヤホンからゲーム音が漏れている。
「黙れ」
「そこの優男が魔王だった場合、『お前もついてこい』とか言って私を人質にして外に出ればいい」
制止する男にかまわずにつづける。
「つまり私は助かるので、ゲームはやめない」
喋るだけ喋ったらその後は黙々とゲームをやっている。
「なんだこいつは」
「……とりあえずゲームはやめよう、ぐっちゃん」
「無理。手が離せない」
喋るだけ喋ってこちらの意見をまるで聞いてくれないぐっちゃん。
「と、とりあえずこいつを殺されたくなかったらお前もこい!」
男は無理やりぐっちゃんを抱きかかえると銃をこちらにむけて威嚇しながら外へと出た。
「待て!」
男を追って外に出る由樹。
男が激昂し叫ぶ。意味はわからないが自分を奮い立たせるための叫びに聞こえた。
ぐっちゃんを抱えながら銃口を彼女の頭部に当てて瓦礫を乗り越えていく男。それを追う由樹。
発砲するわけにもいかず杭のところまできて立ち止まる。
杭の間から出ようとする男、すると男の体が空中に浮かび上がる。突如として起こった出来事に男は困惑しながら怒声をあげる。
「てめぇ止めろこの野郎!!」
「無理。手が離せない」
ぐっちゃんがそう答え虚空に発砲する男。
「魔王が! 人間なめやがってこのやろうおおおおお!!」
魔王。男がそう連呼する虚空。
由樹の目から何も見えない。超常現象でも幻覚でもない。だけどきっとそこに確かに存在するのだろう。
つまりは魔王とはガガイモなのだ。
巨大なガガイモがその腕を伸ばして男をつかんで離さない。
そういう状況が起こっている。由樹の目から見るとそう判断するしかない。
男は虚空に何度も何度も発砲するが、その虚空には何も有効ではなくがっちゃんを抱えた男はそのまま上空へと急浮上していく。
空中ではじける発砲音。一発、二発、三発と聞こえてくる。
不意にそれは由樹の目からは小さくなりものすごい勢いで男は落ちてきた。
男の声が聞こえる。さきほど聞いた断末魔など比較にならない絶叫だった。
「うあああああああああああああああああああああ!!!!!」
そして重力を一切無視して地面すれすれで急停止する。
さきほどのようにゆるやかな速度低下などはない。
人がおそろしい高さから地面に落下してきて寸前のところで止まるとどうなるか。
内容物が全て外へと飛び出す。
中に入っていたものだけではない、臓器という臓器が口や鼻から飛び出し目玉が眼球をつなぐ神経で宙づりになり、一瞬で体が空っぽになる。
そう思って由樹は目を背けた。
「そんなことしないわよ」
ぐっちゃんの冷静な声。空中で座りながらゲームをしている。傍らにはぐったりとしている先ほどの男。
目や内臓などは飛び出していないがゲロは吐いている。また気を失っているようだった。
「一度助けてあげたのに恩を仇でかえすなんてね」
「ぐっちゃん。大丈夫なのか?」
「大丈夫? 大丈夫に決まってんでしょう。自然現象物理方程式一切合切規格外だからこそ魔王なんて呼ばれてんのよ。こいつと私たちはね」
そういって空中でゲームを始めた魔王ぐっちゃん。
その堂々たる姿はさすが魔王といった風格があった。
耳からイヤホンを外してぐっちゃんは舌打ちする。
「六面から先にいけねぇ……」
日の出が少女の後ろからゆっくりと上がり彼女はオレンジ色の陽光の中に溶け込んでいった。