魔王襲来
駅まで食材を担いでいく。生のものもあるが先ほど調理したおかずなどもタッパーに詰めてある。
駅はもうすぐ終電が発車する時刻だった。
いつもどおり定期で通ろうとすると褐色が料金を支払っていないことを注意された。
仕方なく、褐色分の切符を買ってやり、終電へ乗り込む。
数十分後、誰もいない終点の無人駅。
帰りの電車はなく先ほど乗っていた電車も車庫へ帰ろうとしている。
「歩くぞ」
後ろを連れ立って歩く褐色にそう一言。由樹は歩き始める。
誰もいない駅前をぬけてシャッターのおりた商店街。無人の市街地をぬけて、山道へ。
スーツ姿、革靴という格好で無言で歩き続ける。由樹は褐色の顔を一度も見ない。声もかけない。由樹の背中から荒い呼吸が聞こえてくる。険しい道のりだった。
駅から山の方向へずっと歩いていく。標高は徐々に高くなりアスファルトの峠道をずっと歩いていく。
携帯を開く。時間を見る。駅から一時間……もうすぐ二時間ぐらい経つ。
山ももう少し登れば下りになってくる。そこからまた一時間ほどかけて山を降りた。
隣町。
さきほどの寂れた家々ではなく、山奥に場違いなほどそびえたつ高層ビル群。
だがどの窓にも光はついておらず、奥へとつづくビルは暗闇に溶け込んでここからは見ることができない。
街灯も照明もなく、由樹はスーツケースから懐中電灯を取り出し点ける。
携帯を開いて時間を確認。
時間はもう深夜4時を回りあと一時間もしたら日の出を迎えるころあいだ。
冬場のこの時間帯だとまだ外は深夜の様相を呈している。
暗くて辺りが確認できない。
目的地に着くまで懐中電灯は手放せないだろう。
心細い明かりを頼りに真っ暗闇を歩き続ける。
そして非武装地帯から立ち入り禁止地域へと足を踏み入れる。
少ししたら見えてきた。
懐中電灯の光に照らされて反射する物体。それは杭だった。
横一列に並んだ杭。直径20センチほど長さ1メートルほどの杭が等間隔にアスファルト、畑、田んぼ、地面を問わずに突き刺さっている。
右を見ても左を見ても杭、杭、杭。漆黒の杭。
杭には発光塗料で『危険、立ち入り注意』と一本一本書かれている。杭で作られた境界線だ。ここから先は見ての通り立ち入り禁止区域だ。
それをポンポンと叩き、杭で仕切られた奥へ入る由樹。
数メートル歩く由樹は後ろからついてくる足音がないことに気がついた。
振り返る。
褐色がその杭で仕切られた中に入ろうとしない。そこで立ち止まっている。
「来ないのか」
褐色に光を当てる。
そのまま褐色の元へ行く由樹、褐色は杭の中に入ろうとせずにそこに立ち止まっている。
「予想はしてたがな。せめて銃の一丁でも持ってないと入るのすらためらわれるだろう」
そう言いながら手首にかけていたスーツケースから銃と予備の懐中電灯を取り出す由樹。
褐色に近づき、右手に銃左手に懐中電灯を持つ。
「来るならどっちも持て。来ないなら懐中電灯だけとって帰れ」
そういうが早いか褐色は懐中電灯だけをすかさず奪い去り、早歩きでそそくさと帰っていく。
「気をつけて帰れよー」
終電はないから歩いていくことになるがな。
銃をスーツケースにしまい、歩き始める由樹。暗闇から吹くビル風が体に当たり寒さを感じた。
暗闇の摩天楼を懐中電灯の光だけを頼りに歩いていく由樹。
ビルに光を当てるとところどころ倒壊していたり窓ガラスが割れていたり、地面にはビルから崩れたアスファルトと砂がまざりあってじゃりじゃりと独特の音をたてる。
薄暗い空。時々生き物の鳴き声のように聞こえる風。
ビルの瓦礫の先に人影を見つけた。
遠くて誰だか確認はできなかったが、彼は足早にビルの中へと入っていった。
食材の重さでよれたビニールを持ち直して懐中電灯の明かりを頼りにそのビルまで向かう。
ビルに入ると瓦礫が散乱していてかなり歩きづらい。
男もその瓦礫をよじ登り奥へ奥へと進んでいく。
背が高く時折身をかがませながら瓦礫の奥へと行く男。
あれかなぁ。
男の動きを見て由樹は奥に行くことを断念し外へと出る。
あれだろうな。
男の行動について一つだけ思い当たる節があり無視することにした。それを確かめるべくビルから出てきて、少し離れる。反対側のビルまで離れる。大体の目星をつけて上空を見る。
このへんかな。
真上はかすんで何も見えない。風とともにかすかに違う音が聞こえる。
人の声だ。
叫び声。
内容は定かではないが確かに聞こえる叫び声、断末魔。
その声が徐々に大きくなる。
そして肉眼でも見えるようになる落ちてくる男性。
きっとこのビルから飛び降りたのだろう。
自殺だ。
自殺を現在進行形で行っている男を由樹は見ている。
ここまで激突する。
加速させながら由樹と地面に近づいてくる男性。
だが数メートル先からゆるやかに男の体は減速していく。
自然落下ではありえない減速。
ゆっくりと真っ逆さまに落ちてくる男。
さきほどまで聞こえていた叫び声は聞こえない。
自然の摂理に反して男の体はゆっくりとそしてゆるかな速度で由樹の目の前まで落ちてくる。
地面にふんわりと横に寝かせられる男。
顔を見ると鼻水と汗とよだれをたらしながら白目をむいている。
「汚い……」
顔をぐしゃぐしゃにしながら男は気絶していた。
「しょうがないか……」
食材の袋をいったん地面において男を背負う。
そして袋を持ち直して、ビル郡の一角へと足を急いだ。自殺しようとした男と食材の重みを感じながら由樹は進んでいった。