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田所さんのシャイニングストリップ事件

  1999年。ノストラダムスの世界終末予言や2000年問題などで話題になった年。

 カンボジアが東南アジア諸国連合に入ったりと話題になった年。

 12月29日。一つの世紀が終わるのももうすぐと騒がれていた午後。

 雪が降り積もり辺り一面真っ白に染め上げていた地元山形ではある奇妙な現象が起きた。

 降り積もる雪。風に舞って新雪が顔にまとわり付く。

 午後から雪かきをしていた田所順平さんは除雪が一段落したので沸かしておいた風呂に入ろうと家に戻ったそうだ。

 玄関で体についた雪を落として、脱衣所へと向かう。

 脱衣所で着替え終えていざ風呂に入ろうとしたところで田所さんは一つ気づいた。

 タオルを忘れていた。

 着替えは風呂を沸かすときに準備していたのだが、バスタオルを準備するのを忘れていた。

 一人身の田所さんにはタオルを持ってきてくれる人などはおらず、仕方なしに全裸のままタオルを取りにいく。

 バスタオルは床の間を横切った奥の部屋にしまってある。

 一人身なので気兼ねすることなく全裸のまま床の間を横切ったとき、ふと違和感を感じた。

 なんだかわからなかったが、その違和感に気になり床の間に戻ってみると全裸のおっさんが床の間に立っていた。

 目が合った。見つめあう裸のおっさん同士。

 つまりは床の間に裸のおっさん同士が向かい合っている構図になっている。

 全裸ダブルおっさんだ。

 田所さんは戸惑った。田所さんは一人身だ。

 家には田所さんしか住んでいないし、目の前にいるおっさんに見覚えがないので知り合いでもない。

 それ以前に全裸でこちらを見ているその正体不明のおっさんを見る。

 長年の栄養が存分に蓄えられた脂肪を全身にまとったゴム鞠のような体。

 髪の毛とひげは伸び放題で口元が若干見える程度。顔は毛で覆われている。

 そしてなぜだか下は真逆で毛など一本も生えておらず股間には自然に生成される銃身がはっきりと見え、銃口は地面をつらぬこうとしている。

 容姿も見ても何もわからない。

 なぜこいつは服を着ていないのだろうか。

 考えても何もわからない。

 なぜこの状況になったのか、そこで田所さんはわからない中で唯一わかったことが一つあった。

 こいつは変質者だ。

 そう思ってからの田所さんはスピーディー。

 玄関先で先ほどまで使っていた雪がところどころついている鉄製のスコップを持ち、脱衣所で携帯電話を持ってきて110番。

 オペレーターに繋がる間、携帯を耳と肩で挟み込み床の間に行き、正体不明珍奇な裸のおっさんにスコップを構えた。

 その正体不明のおっさんはその様子を見ても微動だにしていなかった。

 そもそもあの顔面樹海から田所さんが見えているのかすらわからないが。

 すぐさまオペレーターに繋がる。

 「どうしました?」

 「全裸のおっさんが床の間に立っているんです!」

 田所さんはかなり的確に端的に状況を説明したが、オペレーターのほうにはあまり伝わっていなかった。

 「詳しくお願いします。落ち着いて現場の状況を教えてください」

 「えーと、変質者です。裸の中年男性が家の床の間にいるんです、知り合いではありません」

 「男は何か凶器をもっていますか、金品を要求しているとか」

 「いいえ。なにも持っていませんし何も身に着けていません。何も喋らずに立っています」

 「わかりました。いますぐ警官を送ります。住所を教えてください」

 オペレーターの指示に従い、住所を伝え『危険性があるかもしれないので鍵のある部屋でじっとしていてください』と言われスコップを持ったまま田所さんは部屋に閉じこもった。

 その間、田所さんは興奮して服を着るのも忘れてスコップを握り締めていた。

 数十分後、玄関からインターフォンを鳴らす音。

 助かったと息をつき、その間オペレーターとやりとりしながら玄関へとむかう。

 玄関を開けると警官が二人。

 「お前か!」

 「そうです!」

 妙な恐怖感から開放されると思い、勢いで返事をしてしまった田所さん。

 「こっちへこい!!」

 端的な挨拶で警察に捕らえられる田所さん。

 ふと自分の姿を確認した。

 全裸で左手には鉄製のスコップを握り締めている。

 興奮していたせいなのか、体が発熱し外気との温度差で立ち上る湯気。

 明らかに変質者だった。

 「ち、違います。私ではありません!」

 「全裸の中年が家にいると報告を受けた。お前のことだろう!」

 状況を把握してもらうために、オペレーターと繋がっていた携帯電話を渡して納得してもらう。

 呆れた顔で警官に『パンツぐらいはいてきて下さい』と田所さんは注意を受けて部屋に戻って適当な服を着て床の間に向かう。

 すると奇妙な現象が起こっていた。

 先ほどの全裸おっさんは先ほどと同じように立っているのだが。

 美女と少女が横に立っていたのだ。

 白く透明な肌をした女性はロングヘアーで日本特有の丸顔で抜群のプロポーションでふくよかな胸とくびれた腰。すらっと伸びた足。

 そして服を一切身にまとっていない。

 少女は美しい黒髪だが他の二人のようにロングヘアーではなくショートボブ。小さなふくらみと少しぽっちゃりとしたお腹、か細い腕と足。

 そして服を一切身にまとっていない。

 二人も全裸である。

 おっさんも含めると三人とも全裸だった。異様な光景。

 室内とはふきすさぶ雪で窓は鳴り、寒さを感じる午後。室内もほんのりと肌寒い。

 なぜ服を着ない。なぜ不法侵入する。なぜ何も言わない。なぜ恥ずかしがらない。なぜ居間に立っている。

 様々な観点から見ても異質な光景だった。

 警官もその様子を見て戸惑っていた。

 「ひ、ひとりではなかったのですか?」

 「一人でした。先ほどまでは……」

 田所さんも戸惑いを隠しきれない。

 「と、とりあえず! 不法侵入と公然わいせつの現行犯だ。署まで来てもらうぞ」

 警官の一人が冷静になったのか警察手帳を見せて、そう言うが彼らは聞こえているのかいないのか反応はない。

 リアクションは待つわけではなく、警察官は無線機で連絡を取り、彼らを連行しはじめた。

 が。

 「歩け」

 歩かない。

 「動けぇ!」

 動かない。

 彼らの意思で動くことは無いようだ。

 仕方なしに警官の一人がおっさんの手を引こうとする。

 動かない。

 「上等だ」

 その行為が警官に火をつけた。袖をまくりあげおっさんの後ろにまわる。

 右手でおっさんの首をつかみ左手でおっさんの左腕をつかんで動かそうとする。

 しかし微動だにしない。

 「ちょ……かたい……」

 「……なにしてんだ」

 もう一人の警官も加勢する。

 後ろから押す。まったく微動にしない。不動のおっさんである。

 「え、えええ……な、なんで……」

 「ちょ、かたいかたい」

 大の大人二人に全力で背中を押されているのに、倒れるどころかよろけることもない。

 おっさんの足元、床の間にしかれた畳がおっさんの指で食い込んでいる。

 大人二人の力を足の指の力だけで押さえつけているというのか。

 なんだこいつ。

 「せーの!」

 「ぬぅううううううう」

 全裸のおっさんの背中を押す競技が始まる、と思いきや競技は途端に終了を告げた。

 おっさんが発光しはじめたのだ。

 「……は!?」

 文字通りの意味である。全裸のおっさんの肌から光が放たれる。

 人体から放たれるとは思えないほどの光量。薄暗かった居間は裸のおっさんによって照らされ隅々まで明るくなる。

 まるで意味のわからない状況に田所さんと警官二人は呆然とその光景を見ていた。

 すると、光り輝いているのはおっさんだけではないことに気が付いた。

 美女と少女も光量をあげていく。

 まばゆく光り輝く三人を直視できない。

 警官はとっさに肩についていた無線機で連絡を取った。

 「おっさんが、人間が光り輝いている! 応援を求む!」

 警官もかなりあせった様子で、そう告げると返答がきた。

 「こちらもだ……。光り輝く人間に囲まれている……」

 無線から聞こえてくる声に三人に戦慄が走った。

 その日、彼らは知らなかったがおっさんが輝く同時刻に人類のほとんどの傍に光り輝く人間が立っていたという。

 輝くおっさんと美女と少女は三人はまばたきもせずに突然喋りだした。

 「私たちは宇宙人でも妖怪でもUMAでもありません。貴方達が恐れることはありません。私たちの要求はただ一つです」

 言葉を話すスピード、単語すべてが一致している。

 そしてもう一つ特徴的なことがあった。

 彼らは口を開いて喋っていない。

 まるで腹話術でもするように話している。

 しかしよく見ると喉元すら動いてはいないことに気がついた。

 彼らは声帯を一切使わずに声を発している。

 そこで田所さんの脳裏には、テレパシーという言葉が浮かんできた。

 口を動かさずに頭の中に直接言葉が聞こえてくる。

 まさしくSFなどで宇宙人や超能力者が使っているようなテレパシーそのものだった。

 「アナタたちのお役に立たせてください」

 おっさんと美女と少女はそう言った。

 「何でも結構です。あなた方の血となり汗となり賃金を得ることも願いを叶えることもそれこそなんだってします。それに伴う報酬や代償もいりません。ただアナタたちのお役に立ちたい」

 淡々と告げていく彼らの声を聞くことしかできない。

 「お願いします。よろしくお願いします」

 まったく微動だにしないまま直立不動のままでそう言い放つと彼らは光るのをやめた。

 突然光が無くなったせいで目の奥がぐらぐらとする。

 目がだんだん慣れ始めてくるころに田所さんが一言。

 「で、どうしたらいいんでしょうか……」

 警官二人と一緒に顔を見合わせた。

 それが後に『ガガイモ』と呼ばれるものと人間の初対面だった。

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