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JSLの危機

 ひとしきり大笑いした後、彼は言った。


「噂なんてアテにならないもんだな」

「そーね。本当に」棒読みで答えると、おもしろくてたまらないという顔で、

「能面なんて全然だよな。表情豊かでカワイイのに」


 え? スラッと自然に、何をいいました? この人? にこにこしながらクシャっと私の髪をなでる。


「や、やめてよっ。人の髪に触るの」


 遊びプレイボーイはこれだから困る。私はそこら辺の女じゃない、簡単に恋に落ちたりしない。辞めろ近づくな(棒読み)。話題変えよう。



「あのさ、あん・・・ディビッド、バイオリンの君に会ったことある?」

「?」

「ディビッドの上の部屋に住んでいる、いつもバイオリン弾いている人よ」

「・・・・。」

「ものすごいステキなバイオリンじゃない? すごい情熱ですごい音色で。私、あの音をきくと、五感どころか第六感まで揺さぶられるわ~。あの音が聞きたくて、この中庭リゾートセット買ったのよ」


 通販で買った天蓋やテーブルセット、寝心地がいいスリーピングチェアーを指さす。


「は? この豪華なリゾートセット、リーの私物?」

「そうよ、あのバイオリンの音色を聞きながら、ここで数学解くとすごいのよ! 今までのひっかかりが嘘のようにスルスル解けるよ。もうやみつきよ」


 ちょっと興奮してたたみかける私に、ディビッドはあっけにとられている。私、口数は少ないけど、好きなことはいっぱい語れるんだから!


「JSLでプログラム作るのも好きだけど、本当は私は数字をずっと触っていたい人間なの。今はスマトラナムの定理に関するマッシャー理論に夢中なのよ。なんとかスーズ以来200年の謎を解けないかと思って。寝ても覚めてもそればっかりよ。部屋や大学の研究室にこもって解いているときは、暗い穴にしょっちゅう落ちている感じで、ひどい状態だったんだけど、この中庭は違うわ」


 ディビッドは黙って聞いていたから、私は次の言葉を続けた。


「あのバイオリンがあるもの」

「・・・・。」



「本当に素晴らしいわ。特にパガニーニの曲は最高だけど、この前なんか、クラシックじゃなくてロックを弾いてたのよ。しかもクイーンよっ! どんだけ最高なの! おかげで、ものすごく解明がすすんじゃったわ。もう一生、ここであの音を聞いていたいわ」



 ディビッドは黙ったまんまだ。


「ねぇ、で、知ってる? どんな人がバイオリン弾いているか? 私、このアパートメントには今まであまりいなかったから、あなた以外の人に会ったことないのよ。もし知ってたら、今度紹介して! あ、その前に男性? 女性? 音的には力強いから男性よね」


「あ、ああ、男みたいだ」

「ホント? どんな人? ステキな人? いや、ステキに決まってるわ」

「フツ―」


 下を向いて、ぶっきらぼうに答えるディビッドは興味なさそうだ。


「ふーん。そう。まぁいいわ。いつか会えるでしょうから。その時が楽しみだわ」








 それから1週間、めずらしく私はJSLじゃなくて、自分のアパートメントで過ごした。時々、スティーブやジョンから出動要請がきたけど、悪いけどその気にならない。この前のクラッシュの時の対応での疲れがとれないといい訳して、私は中庭で一日を過ごした。バイオリンの君は相変わらず、すごい集中力でどんどん曲を仕上げていく。私もすごく集中して数学の命題をかたづける。数字が語りかけてくれるようで、幸せすぎる。このまま一生こんなふうに過ごしたいと思うなんて、女枯れてるかしら?


 枯れてるな、やっぱり。自分でもわかる。


 でも、私が誰かを好きになることなんて、あるのかな?

 自分のやりたいことより、大事な存在ができる???  ありえないわ。多分。そんなことになったら南米のイグアスの滝が凍っちゃうわ。









 だけど、久しぶりの休みは、長く続かなかった。



 中庭のスリーピングチェアで寝そべってた私は腕をつかまれ、いきなり抱き起こされた。


「えっ? 何?」


 目の前には、思いっきり眉をしかめたスティーブがいた。


「・・・久しぶり」

「何が久しぶりだ。ケータイもPCも電源切ったままで。連絡つかないだろっ!」

「・・・・どうしたの? 何かあった?」

「大あり。緊急事態。すぐJSLに行くぞ」



 ほぼ拉致される格好で私はスティーブの派手な二人乗りのオープンカーに乗せられた。



 流れてたバイオリンのアリアが途切れた気がした。







 1週間ぶりのJSLのオフィスは殺伐としていた。

 数十台のモニターがひっきりなしに警告音を出している。


「何これ?」


 人もまばらだ。


「どうなってるの?」

「大量に攻撃されている」

 ジョンが青い顔で目を上げずに、PCで迎え撃っている。

「スーザンやフロッグはどこ? クラッカー対策のプロでしょ?」

「辞めた」

「辞めた?」

「二人はマイクロパッシュ社に正規入社した。ほかにもテリーとライナはパワーウインド社、サティとマイクはステルス社、他の5人はアメリカ企業」

「どこも世界的な大企業じゃない。なんでいきなりウチのスタッフが・・・・」



 つ、ま、り、誰かがつぶすつもりで、仕掛けてる。ウチらを。ってこと?


 そうだ、そういうこと。と、スティーブの目が言ってる。

 ジョンが、手を止めて、顔を上げる。そして、にやっと目が怖いまま口だけで笑う。


 ふーん。そう。ウチら3人に、誰かが戦争をしかけてるってことね。


 私は背筋を伸ばし、微笑んだ。誰かが見てたら、きっとこれを能面のような顔と言うんだろうな。

 ふふふ。


 それを見て、ジョンとスティーブも目を合わせてニヤリと笑った。



 そんな私たち三人の気配を誰かが見たら、恐ろしくて凍り付くこと間違いない。


 悪いわね、私たち、今から本領発揮するわよ。






















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