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極東からきた女子大生

 飛行機があと15分でヒースロー空港に着陸すると機内アナウンスが告げている。

 窓から見える童話のような景色に凜々子は心の中で感嘆の声をあげた。


 素敵!


 中世の頃から変わってないような、美しい小さい家が整然と並んでいる。素朴でアットホームな美しい風景。緑の中に溶け込んでまるで絵のよう。ココロ躍らせて凜々子は思った。ここから私の人生が始まる。


 19歳の時に世界的に有名なイギリスの大学に入学が決まった。留学じゃなくて入学。今は日本人の学生は内向き志向らしくて、海外の大学に一年だけの留学や短期の交換留学はあっても、入学というのは少ないらしい。


 日本は島国で、日本語さえできれば生活に不便はない。インターネットもあるし、賃金も世界の水準で見れば高いので、そこそこの生活はできる。多くを望まなければ。


 でも、それだけだ。


 日本は極東ファーイーストと呼ばれる。世界の中心から見たらへき地らしい。へき地はへき地なりに、文化もファッションも音楽も独特で。

 だから一部のマニアからは垂涎の的となっている。


 だけど、それには日本の価値を外、つまり世界の中心に向けて発信している頭のいいヒトタチがいて、そのヒトタチが日本の価値をつりあげてくれている。


 凜々子は、ただ与えられるだけの“自分で考えることをしない大衆の一人”になるより、そういう価値を創造するヒトタチの一員になりたいと、いつも考えている、要するに“生意気な”ティーネィジャーだった。


 だから、「外」の大学を目指した。


 極東の島の価値観に染まりすぎないように。


 世界の中心はどこなのかを知るために。


 そして、自分に何ができるのかをみつけるために。


 この世界に存在する理由が知りたかったから。






「リー、今日のJSL(会社)の打ち合わせは出られる?」

「ジョー、悪い、今日は忙しいから帰る。数学の課題の締切、明日なのに、まだできてないの」

「へぇ。珍らしい。われらが天才お姫様でもそういうことあるんだ」ニヤリと皮肉めいた顔で笑うジョー。私の親友の一人だ。

「嫌みにしか聞こえないからやめて!」正真正銘の天才であるジョーには言われたくない。ま、天才と何とかは紙一重と言われるだけあって、ジョーはいろんな面で欠落しまくりの変人だけど。


「あれっ、リー帰るの? JSLの部屋で課題やればいいじゃん。オレも手伝うよ」キラキラの笑顔で話に加わったのはスティーブだ。イギリスに来てできた、私のもう一人の親友。


「手伝ってもらったら意味ないじゃん。てか、人にやってもらえる範囲のものはコンピューターで代わりがきくから平気よ」


「え~帰るなよぉ。やっとバクつぶし終わったんだろ。ここでのんびりしろよ」尚もいいつのるスティーブに

「久しぶりに家の掃除もしなきゃ。もうずっと帰ってないもん」

と断り、家に帰った。



 この親友の二人といるのは居心地がいい。二人とも私を尊重し、大事にしてくれる。話してて楽しいし、3人で始めたビジネスは刺激的で面白い。だからずっとつるんで2年が過ぎた。天才で変人なのはジョーだけじゃない、スティーブもそうとう変わっているし、私はといえば、日本の学校では変な人扱いされていた。生活能力ないし、場を読めないし、こだわりが強すぎるし、人に合わせられない・・・ま、いろいろ悪く言われたっけ。教師たちにも協調性皆無とひどく・・・・・、やばい、暗くなるからこの話題はもうやめよう。


 とにかく、私は日本を抜け出して、息を吹き返した。それは多分この二人に出会ったことが大きかったのだと思う。






 私のアパートメントは郊外にあるこの学園都市のそのまた端っこにあって、緑に囲まれた静かな所にポツンと建っている。オーナーに直接面接された5人の学生が住んでいるらしいが、私の生活時間が他と変わっているからか、あまり人に会ったことがない。同じ大学の学生と近所にある王立音楽院の学生が住んでいるらしい。らしいというのは、時々バイオリンとフルートの音が聞こえてくることがあるからだ。


 こんな昼間に部屋に帰るのは久しぶりだな、と、ほっとため息をついた。

 この2年、ほぼ昼間は大学。大学が終われば深夜か、あるいはそのまま朝まで会社(JSL)で過ごしている。会社(JSL)というのは、入学半年後に意気投合したジョーとスティーブと作った会社のこと。町の方に一軒家を借りて、そこでゲームとSNSをつなげたオンライン上のシステムを作って、それを事業化したのだ。

 始めはアクセスも少なかったのだけど、大学のクラブの連絡用に使ってもらい始めた頃から急速に伸びて行った。だんだんと学外どころか、他の国の大学へと大学生を中心にあっという間に支持された。大学生から高校生、社会人と20代前後の若者にどんどん広がっていって、私たちも事業が大きくなる課程がものすごく面白くて。


 だから、どんどんシステムにもアイデアにも改良を重ねて、気がついたら2年。事業はメディアへの露出も増え、学生企業とバカにできないくらいに影響力が大きくなった。

 ビジネスは順調だけど、大学の成績の方は私だけがちょっと危険水準。数学や物理はいいのだけど、他がね。やっぱりネイティブじゃないからハンディがある。









 「今日はバイオリンの君がご在宅か~」


 ものすごく素敵なバイオリンの調べがアパートメントの中庭に漂っている。これ、パガニーニのソナタだ。うわ~、こんなに素敵なバイオリン、聞いたことがないなぁ。中庭でしばらくウットリと聞き惚れる。王立音楽院の学生さんかなぁ? あ、ダメだ。ぼやぼやしている時間ないや、帰り道、考え続けた解答を紙に記さなきゃ。窓を開けたら、このバイオリンの調べ、聞こえるかな?


 私は自分の部屋に入り、窓を開けてみたのだけど、その間にバイオリンの音は消えていた。練習終わったのかな? 残念。



 帰り道、頭の中で解けたかに思えた数学の問題は、紙に落としてみると、うまく解けてないことがわかった。こういう数学の問題はひらめきが大事だから、一度失敗すると、私の場合、後を引く。


 その日もダメな日で、結局午後3時から午前3時までかかってもダメだった。

課題提出や翌日の朝9時。


 なんとしてもやり遂げなくては、単位を落としてしまう。落とすのはいいけど、いや・・・。よくない。ビジネスも学業もすました顔でクリアするのが私の理想なのだ。すました白鳥乙。いくら水面下ではもがいていても、水面より上の、人目につく部分はスマートでいたい。やせ我慢でもなんでも。それが私のポリシーなんだから。外で頭冷やしてこよ。


 寝静まった静かな中、アパートメントの中庭の長椅子に体を投げ出して夜空を見る。星がキレイに瞬いている。田舎だし、夜は東京と違って暗いから、星がよく見える。東京のみんな、家族や友だちは元気かな? 凜々子はこんな遠くにきちゃったよ。でも頑張っているよ。ここは田舎だけど、ものすごく勉強しやすいよ。ビジネスやるにもすごく環境いいんだよ。ここでは手に入れようと思ったら、手に入るみたい。不思議だよ~。会社作ったんだよ。いつの間にか大きくなってビックリだよ。ジョーとスティーブともうまくいってる。大学だいがくも楽しいよ。こっち来てよかった。寂しいけどさ。たまに日本語でしゃべりたいけど・・・。




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