必殺魔法拳!! マジカルラブリーファイター☆カエデ
初の魔法少女ものて、初のトランスジェンダーだったりします。よろしくお願いします。
夕刻。
とある商店街のド真ん中。
「先っぽだけミーに“すかせ”るザマス」
「いやーっ。さっき美容室で済ませてきたのよ!!」
「大丈夫、大丈夫。先っぽだけだから大丈夫ザマスよぉ〜」
「先っぽだけ先っぽだけっって。男はどーしていつもそうなの!!―――最っっ低ッ!!」
と、筋骨隆々な白人男を歯を食いしばって睨み付ける、このうら若き栗毛娘の頭髪が鷲掴みにされていた。
そして、この筋肉男。
名を、コマンチ。
長四角い輪郭に割れ顎。
口髭を蓄えた彫り深き顔立ち。
禿頭の天辺に、赤い星を象った髪。
森林なみに茂った胸毛と分厚い胸板。
幹のごとき腕と脚。
上半身裸に吊りベルトとスラックス。
両乳首を隠す、赤い星。
右手に散髪鋏。左手に櫛。
変態?美容師?
それとも、変態美容師なのか。
いきなり現れて、散髪させろとは。
おお。ロシアおそロシア!!
「おっと、そこまでよ!!」
と、そこへ掌を翳して現れたのは。
膝上15センチもあるセーラー服のような身なりに、両肩左胸と両臑とにプロテクターを備えて、両手は指貫の革手袋をした若い娘だった。セミロングの茶髪の下には、整った可愛らしい顔。
しかし、どこか精悍。
突然と現れたこの長身娘に、商店街の一同は騒然。でも気にしない。
「ミーの邪魔をするユーは、誰ザマスか!?」
「私は、マジカルラブリーファイター☆カエデ。ここに参上!!」
「ムキーッ。ラヴリーとは何ザマスか!? ミーがラヴリーざます!!」
そう横向の姿勢から上体のみを前に向けて、腹の下で手を組んでたわわに実った胸板と、眩い白い歯を剥き出した。次はなんと、瑞々しい張りのある逞しい尻をプリンと突き出して。
「そして、プリティーざんす」
「キモイ……」
「ムキーッ。小娘どもが揃って、口の聞き方も知らないザンスか。―――人様を見るなりに気持ち悪いなどと、失礼極まりないザマスよ!!―――ミーは、ユーたちよりもラヴリーでプリティーざんす!!」
コマンチが尻をプリプリとしながらプリプリと怒っている間に、カエデは栗毛娘の手を引いて救出に成功していた。しかしこの筋肉男、それでもなお己を賛美するとは。
おお。ロシアおそロシア!!
そしてその魔法少女の傍らには、直立している雉虎の猫が。彼は、ザッシュー。決して雑種と呼んではならない。猫はカエデに話してゆく。
「気をつけるんデシよ。憧れの女の子になれるのは30分、あとの2時間はロスタイムでし」
「ええ、ガッテン承知の助よ」
なんと、カエデの正体は、産まれて物心ついた時から女の子に成りたかった、人一倍正義感の強い18歳の男子高校生、君塚百彦。百彦は、十数年の日本拳法のキャリアを持ちながらも、男の躰を有している事に違和感を抱いていたのだ。
何故、僕は男に産まれてきたのか?
恋する対象は、いつも同年代の男子。
この理不尽さに胸が張り裂けそう。
そんなある日、箱に入っていたザッシューに呼び止められた上に不可思議な杖を渡されて、命ざれるままに「マジカルミラクルグラップラー。拳の魔法で僕……私を変えて!!」と呪文を唱えた瞬間に、あら不思議。鏡の前には可愛らしい女の子が。ザッシューから提示された条件として、僅かな時間内になら身も心も女の子へとさせよう、その代わり、街中……いや、日本中を謳歌する悪漢どもを君のその純粋な心と拳とで、成敗してほしい。百彦は、それでも構わなかった。たとえ僅かな制限時間内でも、正真正銘の女の子に成れるのだから。そうして以降、街に蔓延る不届き者どもを成敗してきたのだ。
そのように神様から与えられた姿と力の有効時間も、あと数分。このロシア男は、意外にもすばしっこかった。背も高いせいか、蹴り上げてくる脚が長くて、離脱する際も油断ならぬ。ヘビー級の体躯とは思えないくらいに、軽やかなフットワーク。拳の一振り一振りからくるその風圧が、重々しいのを実感。もし喰らってしまったら、顔面陥没は間違いないだろう。
おお。ロシアおそロシア!!
やがて、デジタル時計がカウントを刻み始めた時。コマンチの振り回してくる散髪鋏と櫛の攻撃をかわしていき、懐に潜り込んで、分厚い胸板へと拳を添えた瞬間、百彦ことラブリーファイター☆カエデは踏み込みを全開にして、その力を爆発させた。
日本拳法の必殺、直突き!!
これを喰らったコマンチは遥か彼方へと吹っ飛んで、星となったのだ。
今日も時間内に不届き者を退けて、カエデ自身も安心。
ありがとう、ラブリーファイター☆カエデ。君の毎回の活躍に、我々は感謝している。そして、明日も宜しくお願いします。
『必殺魔法拳!! マジカルラブリーファイター☆カエデ』
―――劇終―――
最後まで、このような書き物に付き合っていただき、ありがとうございました。
また、機会があったら挑んでみたい分野です。