◆第3話◆報告
―2031年 3月29日 AM11時25分 RED HOPE日本第三支部局地下一階 第五訓練場―
「ではこれより銃撃訓練を開始する!!」
訓練生の教官である栗原は喉が潰れてしまいそうな声で言った。
「はい!!」
そう言って皆が一斉にやかましい声で返事を返した。
「では散開し次の合図を待て!!」
その栗原の言葉どおり全員散開した。訓練生が散開しきった。
「それでは…。始め!!」
見晴らしのいい高台から合図をした。栗原は頭は五厘刈りにしてあり体格も良い青年だ。
服装はビシッとした着こなしでいかにも軍人らしい。
この訓練場は第三支部局の地下一階に位置する。地下一階は要塞化されたと言っていいほど入り組んでいて、とても相手としては攻めずらい構造になっている。
通路をひたすら東に行った所に第一訓練場から並びに第七訓練場まである。
当然、第七訓練場まであるのだからこの階はものすごく広く第三支部局の階の中で一番広いらしい。
訓練場のはその名のとおり主に戦闘部隊や訓練生がここで毎日銃撃戦を想定した訓練や危機に陥った場合の迅速な撤退など様々な訓練を日々行っている。
ちなみに今日のような銃撃戦の訓練は総勢二百名近くの訓練生が各自に引き金を引くと赤外線が出る訓練用の銃を持たせてある。
それにより訓練生の頭や胸などの急所に赤外線が当たると音がなり鳴った者から、脱落していくといった訓練である。
最終的に人数が十名になるまで続けられる。
しかし彼にはつくづく驚かされる。栗原は銃撃戦で必死に訓練に励む一人の少年を高台から見つめながらそう思った。
栗原が見つめた訓練生はこの訓練を始めた頃は隠れる、回避、攻撃などの動作が全く出来ていなかった。
しかしそれが最近では毎回十位には入る程にまで成長したのだから驚きである。
栗原は興味を持ち一度話をしてこう訪ねた事がある―
―君は戦う事が好きなのか?
すると意外な答えが返ってきた。
「大嫌いです。でも逃げるのはもっと嫌いなんです。」
彼の言葉にはとても重みがあり強い決意が感じられた。
彼は将来、相当な大物になる。何故かよく分からないがそう確信できた。
そうこう考えているうちに訓練ではもう数が半分以下になってしまった。
「どうも栗原少将お元気ですか?」
後ろからいきなり聞き覚えのある声が聞こえ振り返って見ると青い目が印象的な加藤が立っていた。
「ああ加藤中将。自分はそれなりに元気であります。しかし少将と呼ばれるのは少しくすぐったいですな」
敬礼をした後、栗原は口元に軽く笑みを浮かべた。
「何故です?少将はそれなりに戦果を挙げていらっしゃるのに?」
「半年前まで私は自衛隊の二等陸曹でした。それがこの短期間で将軍クラスになるとは思ってもありませんでした」
高台は六畳半程あり前に長い机が置いてあり、そこに椅子がズラリと並べられている。
その椅子をどうぞと加藤に対し差し出す。加藤は軽く会釈して椅子に座った。
「そうですか…。ところで自衛隊に残らず何故ここへ?」
「半年前から自衛隊はこの危機に一番怯え変に攻撃的な作戦を取って適切な判断ができなくなっています。それを私は注意したのですが…。追い出されてしまいました」
自嘲気味に笑いながら言った。
「それでわざわざ佐賀の基地から第三支部まで、PPGOLが居ながら敵中突破でここまで来たそうですね。なかなかのやり手だと伺っています」
「いや、たいした事はやっていませんよ。その時は雨に紛れて来たので随分楽でした。私よりも私の指揮について来てくれた部下の方が良くやってくれたと思っております」
高台から加藤も例の少年を見つめながら言った。
「そうですか?ここの訓練生達はなかなか良く育てられている。さすが元自衛官と言ったところでしょうか」
「私にそんな言葉は勿体ないですよ」
いやいやと加藤は相づちをした。
「それより加藤中将の武勇伝もお聞きしましたよ。何ヶ所にも及ぶ通信施設の周辺を奪還され通信機能を回復させたらしいですな。しかもその時一人でPPGOLのガンシップを破壊したそうですね」
加藤は少し間を置いた。
「確かにガンシップは私一人でやりましたが独断でやったんであまり自慢は出来ませんね」
「ふふ…。それはそうですな」
そう笑みを浮かべていると無線が突然鳴った。
「斎藤です。射撃訓練、ただいま終わりました」
訓練生からの連絡であった。
「了解。片付けていいぞ」
そう言って無線を切った。
「では加藤中将、私はこれから訓練の分析などがありますのでこの辺で失礼します。」
すると加藤は立ち上がった。
「《春雨の救出作戦》ではよろしくお願いします。」
栗原が高台から降りる前にそう言うった。
「こちらこそよろしくお願いします。作戦では全力を尽くしましょう」
そう言って2人がその場を後にした。
―PM12時 31分 RED HOPE日本第三支部局地下一階 第七訓練場―
「よう創真!お前またトップ10に残ったのかよ。最近調子いいんじゃねぇの?」
そう言ってきたのは俺と同じ訓練生の少し茶髪のかかった髪にぱっちりとした目をした少年、北野 智揮だ。俺と同い年でとにかくコイツはよく喋る。
「全然だよ。加藤中将に教えてもらった事をまだ全部ためしきれていない」
訓練生になっても呼び捨てのままでは、さすがにまずいだろうと言うことで今では加藤中将と俺は呼んでいる。
「お前絶対頭おかしいだろ…普通あの人から教わろとか思わねーし。てかお前恐くないのか?」
訓練の片付けも終わり皆が更衣室に向かっていたので自分達も歩き出した。
「頭おかしいって何だよ…。それに加藤中将恐いかな?」
智揮は驚いたようで目を大きく開いた。
「お前もしかして知らないのか!?あの人の伝説を!!」
「伝説?聞いたことないな…」
「俺の知っている話は二つある。一つはあの人の指揮した部隊の任務はほとんど成功するらしい。その部隊を使ってPPGOLに通信施設を破壊された上に占領された周辺地域を制圧したんだよ。しかもその部隊とは小部隊だ!!」
加藤中将はそんなに凄い人だったのか…。中将の地位にいると言うのも納得できる。
「もう一つは栗原教官が前に言ってたんだけどガンシップを一人で破壊したそうだ。本当に人間なのかな…。あの人」
「ガンシップって何?」
「PPGOLの乗っている宇宙船みたいなものだよ」
智揮じゃない声でそう答えてくれたのは短髪でとても爽やかな顔立ちをしているが少しぽっちゃり体系の少年、成松 久志だ。
「おい話にいきなり入ってくんなデぶぅふ!!」
智揮の語尾がおかしくなったのは案の定、久志が横腹を殴ったからだ。
毎日のように智揮が久志をちゃかして殴られる。もう見慣れた光景だ。
それにしてもどうやってガンシップを破壊したのだろう?今度加藤に聞いてみるか。一人でそんな事を思っている。
「それにしても腹へった…」
そう智揮が言った。
「それは同感」
珍しく智揮と久志の意見が一致した。
「だいたい飯少なぇての!こちとら毎日重い銃持って走り回ってるのによ〜」
「それはしょうがないだろ状況が状況なんだから…。今は少ないとはいえ本部の支援物資を貰えてるだけでも幸せな方だと思うぜ」
久志が正論を言った。
「それは分かってっけど…」
そう智揮は答えた。
「そういえば今日実施訓練の説明が昼食後にあるよね。実施訓練って具体的に何やるのか知ってる?」
話題が暗いのでので少し変えてみた。
「ああ、あれはお前が来る前に栗原教官が『実施訓練とは名前だけだ。正規部隊と同行して任務をこなす。場合によっては死ぬ事もあり得る…。今の内に気合いを入れておけっ!!』って言ってたぜ」
この話題も決して明るいとは言えないが今更話題も変える訳にもいかない…。
「正規部隊ってことは加藤中将が指揮するのかな?」
「さあ?まだどの部隊がやるとか聞いてないしそれは今日の説明で発表されると思うぜ?」
久志がそう答えてくれた。
「だけど加藤中将が指揮してくれたら心強いよね」
「でも今は東京の《首都防衛作戦》で大した兵器がないから、気をつけねーとな」
智揮が言った《首都防衛作戦》とは加藤の言っていた大規模な攻撃作戦のことだ。すでに3月21日に決行されているそうだ。
「俺途中から訓練入って来たから連中がどんな兵器使ってくるか分かんないんだけど…。大丈夫かな」
「お前トップ10入ったヤツが言う言葉かよ!」
「よく分からないけど大体が生物兵器らしいよ。さっき言ったガンシップも使って来ることもあるよ」
久志が言った。
「そういや《首都防衛作戦》は電撃戦を行おうとしているらしいな」
「え!?もしかしてPPGOLにも司令部とかあるの!?」
俺は智揮の発言に驚いて言った。電撃戦とは機動力に優れた装甲部隊などを集中させて突破させ、その部隊の攻撃目標である補給施設の破壊及び司令部の破壊をして勝利を掴むという戦い方である。
ちなみに敵の殲滅や敵地の占領などは後続部隊に任せる。
「指揮官は居ないと思うぜ…。多分な…。ガンシップにロッジとメインと呼ばれている核のような物あってな、それが奴らに指示を出しているらしい。それを破壊すれば指揮系統は完全に崩れ落ちる。これは実際に加藤中将の部隊が証明しているらしいぜ」
久志がそう説明してくれた。
「まあメインはガンシップの中に入らないといけないからみんなロッジを狙うんだってよ」
智揮がそう付け加えた。
「でも今の経済状況の中で、電撃戦を行っても大丈夫なのかな?」
「さあな。でもRED HOPEの第一支部があるし自衛隊の中枢もある上に交通機能もそんなに破壊されてないから赤字覚悟でも死守したいんだろ」
話している間に更衣室に着いた。更衣室は戦闘着が綺麗に掛けてあり、靴なども並べられきちんと整理整頓されている。
まあみんな、ちゃんとしておかないと教官に説教されるからやっているようなものなのだが…。
「ふぅ…。良し飯食いに行こうぜ」
智揮がそう着替え終わり食堂へ向かおうとしていた時だった。
「平生ちょっと来て、支部長がお呼びよ」
そう言ったのは斎藤という訓練生の班長である少女だ。長い髪を後ろでまとめキリッとした目をしている。顔も整っていて美形だ。
「創真、何かしたのか?」
智揮がそう言うと
「いや心あたりはないけど…」
実際心あたりはある。美優ちゃんを無理に助けてもらった件だろうか?
智揮と久志と別れて斎藤班長とエレベーターに乗り地下五階に着いた。
相変わらずの真っ直ぐな廊下を歩くと何もない廊下で立ち止まった。
どうかしたのかな?
別に意識しているわけではないのに、何となくこういう二人きりという状況は、ドキドキする…。
いきなり斎藤班長が壁の方を向き壁を手で触った。電子音が聞こえ壁の表面に出てきた画面と番号の書いてあるボタンがある。何かのセキリュティだろうか?
「ここはRED HOPEで将来を有望視された人や上層部の人間しか入れない。もしこの事バラしたりしたら…。どうなるのか分かってるわよね」
頷きとりあえずこの人は敵には回さないようにしようと心の底からそう思った。
斎藤班長がセキリュティの八桁の番号を入れた。するとドアが現れ開いた。
「ついて来なさい」
そう言われついて行く。支部長室に真っ直ぐ続く廊下とは違い他の部屋へ続くドアがあり、ガラス越しに何かの研究材料らしき物が見える。
「ここは元々、神田製薬所の秘密の研究所だったそうよ」
どうやら俺が歩きながら不思議そうに周りを観察しているので説明してくれたようだ。
「そうなんですか…。今日は何かの集まりですか?」
「ちょっとした発表よ。吉報かどうかは分からないけど」
そう言って斎藤班長がドアを開いた。
室内は広く椅子が並んであり目の前には正面ステージが見え偉そうな人達(実際は偉いのだが)がたくさん座っている。
名前は分からないが同じ訓練生の顔ぶれも見え誰もしべっている雰囲気がない。
しかし発表とは何だろうか?これだけお偉い方を呼んでいるだけあって、斎藤班長の『吉報かどうかわからない』と言う言葉が頭をよぎり不安が募る。
しばらくたった後、支部長の神田が入ってきた。神田はゆっくりと階段を上がりステージに立った。
「今日は緊急の極秘連絡が入ったので集まってもらった…。単刀直入に言うが《首都防衛作戦》は失敗した。第一支部と自衛隊は壊滅的被害を負ったそうだ」
支部長がそう言った瞬間に室内にざわめきが広がった。