テストⅡ
テストまであと約2週間。
「遥ちゃん、ちょっと教えてくんない?」
休み時間中に読書をしていたら、隣に女の子が来た。
古川 凜、同じクラスの子だ。
あまり派手じゃない、けど地味でもない子だったような。
彼女の手には、開けた生物のテキストがあった。
まさか、今までの猛烈な努力(生物のみ)が、テスト以外に活躍する日がくるなんて!
ほとんど一人の私には大歓迎なイベントだ。
「いいよ」
「やた、遥ちゃん生物得意だもんね?」
にこっと歯を見せて笑う。素直にかわいい。
それと、名前で呼ばれたのは中学校以来で、なかなか嬉しい。
人懐っこいのかもしれないな。
「えと、ここ覚えたらいいと思うよ?」
重要なところを指さしていく。
その間、古川さんは真剣に聞いてくれた。
「すごいね、すごく分かりやすい」
大体言い終わってから、古川さんはうんうんと満足気に頷いていた。
「なんか今回のテストは新たな自分が生まれそうな気さえしてきたよ!」
彼女の場合、新たな自分は結構簡単に見つかるらしい。
見習いたいものだ。
「そだ!」
手をパンと叩き、古川さんはポケットを探る。
そして、そこから出されたのは、熊が散りばめられた?メモ帳。
「携帯、持ってる?メアド交換しよ?」
一枚、ちぎられたメモを渡される。
携帯か、そういえば持っていたな。
高校生になった春に、お祝いにと母が買ってくれた。使う機会がなかったから、引き出しに入れっぱなしにしてある。
「もちろん、いいよ」
メモにメールアドレスを書き込んでいく。
自分の名前と誕生日だけという簡単なアドレスだ。
電話番号はさすがに思い出せなかったから、後で送るとしよう。
「もちろん、って嬉しいな。当たり前な感じで」
古川さんは、さっきからずっとニコニコだ。
こっちまでつられる。
早速、私のメアドを登録しているようだ。
メモと画面を交互に見ながら打ち込んでいる。
電子音が妙に嬉しい。
短い休み時間が終わるチャイムが鳴った。
生物の授業、いつも通り田端先生が入ってくる。
黒いスーツに、青、白、藍色のストライプのネクタイ。
先生は青が似合う。
「もうすぐテストなんで、今日は要点を復習しましょうか。」
授業を進めるのが早い先生は、テスト前になると振り返りをしてくれる。
だから生物は平均点がいつも高い。
「ここはおさえといてほしいですねー」
教科書にマーカーで線を引く。
田端先生には、試験への『情熱』的なものが伺える。
今日は無駄話無しで授業が進んでいった。
終わった後、私と佐々木君が田端先生に呼ばれた。
結構多いプリントを持っている。
「これ、僕のデスクの上に運んどいてくれる?」
そう言われて、私は半分を持とうと手を伸ばす。
「俺が全部持つから」
横から全てのプリントが持っていかれる。
佐々木君だ。
でも、それでは私の仕事が無くなってしまう!
「私も持つよ!頼まれたわけだし」
何もしないのは悪いし。
半分奪い取ろうとしていると、佐々木君が言った。
「じゃあ、俺についてきてよ。一人じゃ寂しいし?」
そんな提案に、意味はあるのかと迷ったが、そうすることにした。
「あのさ、…今日も一緒に帰れる?」
手のプリントに視線を落としながら、佐々木君は言った。
「宮城さんと帰るの楽しいんだ、俺」
どうかな?と首を傾けて聞いてくる。
いつも一人で帰る私に、断る理由はないし…。
昨日も途中で戻っちゃったし…。
多分今日も先生のところへ行ったって、話す内容も無いだろうし。
「別に、いいよ」
「お!よかった〜、昨日で嫌われたかと思った」
ほうっと息を吐いたあと、佐々木君は笑った。
職員室へ行くと、田端先生が座っていた。
読書をしているようだ。
なにか用事があったから、プリントを頼まれたと思っていたから驚いた。
「お、ありがとうな。」
プリントを置くと、そう礼を言われる。
全部運んできた佐々木君に向けてだった気もするが、嬉しいからよしとしよう。
佐々木君もさっきから機嫌が良さそうだ。
そして昼休み。
ぱたぱた音が聞こえると思ったら、古川さんだった。
「お弁当、食べよ~う!」
少ししか話したことが無かったのに、お弁当を食べる仲まで発展するとは……。
いや、本当に発展しているのだろうか!?
よく分からないけど、とにかく嬉しいのだ。
「古川さんはさ、どうして急に話しかけてくれるようになったの?」
避けられてはいなかったけど、全く話したことがなかった。
気まぐれかもしれない。
だったら、少ししたら来てくれなくなるんじゃないか。
そう思うと、不安になる。
紙パックのストローに口をつけていた古川さんが顔をあげる。
「んと、圧力がなくなった、みたいな?」
「…あつりょく?」
うん、そう言って更に話を続ける。
「綾瀬さん達の空気、っていうか、雰囲気が、遥ちゃんと仲良くするなって感じだった。」
気まずそうに、教室の隅を盗み見る古川さん。
「でも最近は、そこまで険しくなくなったかなって。だからだよ」
そのあと古川さんは、気のせいかもだけど、とつけたした。
「それに、話してみたかったんだよね。いつも生物のテストすごいし」
「あは、ありがと……古川さん」
どう呼んで良いか分からないから、取りあえず“古川さん”と呼ぶと、
彼女はむっとしてから、微笑んだ。
「凜でいいよ、もう友達…でしょ?」
友達、そう言われて、すごく嬉しくなった。
名前で呼び合う仲、小さい頃はそれは当たり前だった。
けど成長するにつれて、どんどんグループが固まっていって、私は追いつけなかったのだった。
多分。
つまり久しぶりで、懐かしくて、嬉しいのだ。
「!…うん、凜、ちゃん」
その後は、授業間際までありふれた会話をした。
いつもより短い休み時間。……これが青春か…。
面倒なSHRが終わり、放課後になる。
いつも、教科書を片付けつつ、どうにか職員室へ行く口実を考えていた。
ちょっとでも田端先生を見たいから。
しかし、昨日のこともあるし、今日は佐々木君を優先してあげよう、かな。
と、考えていると佐々木君が笑顔で駆けてきた。(狭い教室で走っちゃだめなんだぞ!)
「宮城さん!帰ろう!」
そう言われて抱えようとした、カバンが消えた。
それはいつの間にか佐々木君の片方の肩に掛かっていた。
「よし、帰ろう!」
「あわわわ、う、うん」
多少強引に引っ張られながら教室を出た。
「今日、古川さんと一緒だったな。」
道端で、にこにこの佐々木君はそう言った。
嬉しかったことだから、私もにこにこだ。
「うん、友達になったんだよ~」
「お、よかったな」
「へへ、今日一番嬉しかったこと、かな」
「そっか、俺も嬉しい」
頭を軽く撫でられる。
普段気にしないが、佐々木君の手は大きくて、男の子だなぁと実感する。
和やかな雰囲気で、気付けばもう家の前についていた。
「ありがと、じゃあまた明日ね」
「うん、俺こそありがと。はい」
カバンが手渡される。
今まで持って貰っていることさえ忘れていた、ちょっと申し訳ないなぁ。
手を振りながら帰って行く佐々木君に一応礼をしといた。
結構離れてもまだ手を振っているようだ。
……見えなくなるまで振るつもりだろうか。
ドアノブを回して、半分くらい玄関に入る。
………まだ振っている。
居間に入ると、兄がしょぼんとしていた。
…なぜ体育座り…。
背中から声をかけてみる。
「ど、したの?」
「……もうそんな歳か…。そうか…」
「兄ちゃん…?」
ぶつぶつ言ってて気付いてないみたい。
兄のせいで部屋までじめじめして見えるぞ…。
「…兄ちゃんは用なしか……」
はやく気付け、バカ兄貴!
肩を掴んでゆすってみる。
「おーい!!」
びくっと兄の肩が跳ね上がった!
「わあぁ!遥!いたのかっ」
手をわたわた動かす、混乱しているのだろうか。
仕舞いにはひっくり返ってしまった。
そして急に立ち上がって部屋まで階段を駆け上がっていった。