準備係Ⅱ
体育祭前日。
午後からは、体育祭準備があるので、準備係以外は昼前に下校しなければならない。
私のクラスでも、自分と佐々木君以外は下校である。
「じゃ、遙、また明日ね!」
荷物をまとめ終わった、友達の綾瀬さんが手を振る。
「あ、バイバイ」
綾瀬さんが教室を出る時、ふわりとした茶髪から、女の子の香りがした。
なんだっけ…、新発売した香水をつけているとか。
顔立ちの整った彼女は、同級生の男子の目をひきつける。
現に、廊下を歩いただけで、もう何人にも熱い視線を送られている。
「そだ」
何かを思い出したように、こっちに戻ってくる彼女。
「準備、佐々木と一緒だったよね。」
「え、そうだけど……。」
声のトーンが、急に低くなった気がした。
「あいつにあんま近寄らない方がいいよ?」
「え?」
今のところ私には、佐々木君がそんな事を言われる理由が分からない。
「な…なんで?」
唖然として聞くと、綾瀬さんはため息をしてからこう言った。
「分かんないかなぁ、遥が近付ける相手じゃないんだって。」
「……ん?」
なんだろ、この言い方。
まるで、私の身分が低いみたいに聞こえるのは、勘違いだろうか。
「佐々木君は、自分がいたから準備係になったとか思ってない?遥」
「め…滅相もない!」
おもいきり頭を振り、否定する。
そんなこと考えるわけないじゃないか。私は田端先生しか……。
「そっか。」
綾瀬さんはいつもの笑顔に戻っていた。
「変なこと言ってごめんね、ただ、佐々木は優しいから遥の手伝いしてるだけだって伝えたくて。」
「そか。大丈夫、分かってるよ。」
「うん、昨日一緒に機械運んでるの見てさ。それで気になって…」
「……」
「ん……?」
突然話がきれたと思ったら、綾瀬さんの視点が私の後ろに集中している。
「……?」
くるりとその視線の先に目をやる。
「お」
「えっ…」
私の背後には、なぜか佐々木君がいた。
近づくなと言われた手前、とても気まずいのである。というかなぜ背後に?
「あ、えと、昼飯、宮城さんと一緒に食おうと思って。」
よく分からない方向を見ながら彼はそう言った。
予想外の言葉にぎょっとしてしまう。
「じゃあ私もお昼にしよっかなぁ〜」
綾瀬さんが椅子を持ってきて、佐々木君に座るよう催促する。
そして、その隣に彼女、向かい合わせに私が座った。
「お前、係ないのに昼飯持ってんのかよ。」
「持ってなーい、佐々木のちょっと貰う!」
二人の肩がふれる。
「あぁぁ!俺の焼きそばパンが!」
こういう時、綾瀬さんの積極性を思い知らせれる。
最近の言葉でいう肉食系だな、うん。
もちろん私は、話の中には入れなかった。
こうして、つまらない昼食は終わった。
「じゃあね、佐々木、遥」
「…バイバイ」
「またな」
ふぅ…
彼女が帰ったあと、無意識に溜め息が出てきた。
彼女の匂いって、こんなにきつかったっけ。
なぜか息苦しい。
さっさとグラウンドへ行って、田端先生に会いたい。
体操服に着替え、佐々木君とグラウンドへ行った。
私は一人でもよかったのだが、佐々木君が話しかけてきたのだ。
グラウンドでは、もう作業が進められていた。
「遅いぞ!」
田端先生が駆けてきた。
「あわわ、すみません」
慌てて謝る。
どうやら昼食に時間がかかったようだった。
田端先生に怒られるなんて最悪…。
「まぁいいです、それより宮城さんは、体育祭で放送係をしてもらいます!」
「え、はい。」
「急に放送係の一人が休むとか言い出してさ」
まったく最近の子は弱くて困るよ、なんて言いながら先生は、放送係の待機場所に案内してくれた。
グラウンドにたてられたテントという簡単な場所だった。
風で、屋根の布がばたばた音を立てる。
「ここで放送します。」
「はい」
「そして、今からコードを繋いでもらいます。」
「了解です。」
隣で説明してくれている先生に、緊張してしまう。
普段こんなに近づかないんだから、当然でしょ!
自分と自分で会話をしながらも、作業を開始する。
「それは難しいから、僕がやりますよ。」
よく分からないコードを、ぐねぐねしていたら、先生が手伝ってくれた。
30分後。
昨日、だいたいの作業をしていたし、元々の仕事が少なかったため、他の皆より早く終わった。
「ふぅーっ」
テントの中に置かれたパイプ椅子に座り、日に照らされたグラウンドを眺めながる。
穏やかな風の中、うとうとしてしまう。
「っ!」
唐突に、頬に冷たいものを感じた。
「ななななっなに!?」
勢いよく顔を上げ、辺りをきょろきょろ見回す。
すると、背の高い男性が声を出して笑っているのが、目に入った。
「せ…せんせ…」
「っは…、お前驚きすぎだろっ!…っく、ははは」
「…先生は笑いすぎですっ!」
顔がかぁっとなったのがわかった。
顔面からどんどん熱が上がってくる。
「ほら、あげる」
やっと笑いがおさまったのか、先生はペットボトルを手渡してくれた。
「ありがとう、です」
ひんやり冷たい。買ってきてくれたのだろうか。
「ご褒美。…昨日からよく頑張ってると思う。」
そう言って頭を優しく撫でられる。
耳まで赤くなってるのが、ばれないだろうか。
俯いていたら、先生がまた笑いだした。抑えようと努力はしているとみえるが。
「…っまさか、あんなに驚いてくれるとはなっ!先生は嬉しいぞ、っくく」
「…………。」
「む、なんだよ、笑いすぎたか?黙り込むなよ、寂しいじゃんか。」
肩をつついてくる先生に、吹き出してしまった。
「え、え、どうしたっ!?」
「ふふっ…、先生て、素はかわいいんですね?」
「そんなことあるわけないじゃないか、先生はいつも素ですよ!裏表のない、教師の鏡です。」
急に教師口調になる先生。
「時々、僕が俺になってますよ。」
「えっ!嘘!」
このことは、今まで気づいてなかったようだ。
「猫被ってましたか。」
「んなっ、俺はいつでも俺なの!」
「…俺、ですか。」
「あっ」
こんなに慌てる先生は初めて見た。
そんなに隠すことじゃないと思うけど…。
こんなにあたふたするとは思わなかったし、ここまでにしてやろうかな。
「私は、俺、の先生もいいと思いますよ?」
「ん」
「今日は素の先生が見れて嬉しかったです。」
「……宮城…」
にっと微笑み、私はお茶を飲み干す。
「また明日、です。」
「あ、また明日。」
そして私は、先生のいるテントを離れた。
もう少し話したかった。
でも、緊張しすぎて、ショートしてしまいそう。
「…嬉しかった、か」
教室に戻る間、さっきの自分の言葉が頭の中でリピートされていた。
私はなんてことを言ってしまったんだ!
素が見れて嬉しい?、もし気持ちがバレてしまっていたら、どうしよう!
私のバカバカバカ!!
「…でも、話せてよかった、かな。」
ガラガラと、ドアが開かれる音がした。
誰か入ってきたようだ。
「あ、佐々木君」
「はぁ…、あ、よう!」
なんだか疲れた顔をしている。
「…どうしたの?」
そういえば、グラウンドに着いてから見てないな、と今頃思い出す。
「女子たちに引っ張られてさぁ、質問攻め。」
「あー。」
どうやら、女子たちに囲まれてたらしい。
彼は彼で大変そうだ。
「俺のことなんて知って、なにがいいんだか。」
うんざり、という顔をしている。それもそうだ、誰でも囲まれて次から次へと、質問されれば疲れる。
「佐々木君の都合も気にしないとだめだね、本当に好きならさ。」
「……、そだな。」
佐々木君は微笑み、私の前まで近づいてきた。
「宮城さんは優しいな、そんなの初めて言われた。」
「そ…かな?」
「うん。周りの女子らって皆、自分の気持ちばっか押し付けてくるからさ。」
ありがと、そう言って佐々木君は教室を出ていった。