テストⅢ
兄をどうしようか困ってきました(><)
「お願いがあるんだけど……、いい?」
いつも通り遅い登校で、教室へ入ると凜ちゃんが近づいてきた。
手に何かテキストを持っている。
その白の中に緑のやつは…生物か……。
「あのね、いつも遥ちゃんに教えてもらってて悪いから、たまには先生にも質問しにいこうと思うんだ。」
凜ちゃんのテキストには、沢山のふせんが貼り付けられていた。
そんなに勉強しているのに……。
凜ちゃんは話を続けた。
「でも、一人で職員室ってなんか嫌なんだよね。だから遥ちゃん一緒に来てくれない?」
「え」
お母さん、とうとう私にも、友達と職員室に行く日が来ました!
更に田端先生に会える!
「いいよ、行こう!」
とはいえ、もう時間が約10分しかないので昼休みに行くことにした。
SHRまでには、トイレに行く時間くらいならまだある。
席をたち、早足ですませてくることにした。
手っ取り早く、一番近くの個室に入る。
そういえば、一人になりたての時は、よくトイレで過ごした。
友達がいないときは、周りの人に同情されていると思うと恥ずかしくてたまらなかった。
だから、この一人の空間に逃げ込んだものだ。
最近では、慣れてしまって本を読んでいるけど。
そろそろだ、と個室から出ようとしたとき。
聞き覚えのある声が聞こえてきた。
綾瀬さんたちだ。
あまり話さなくなったが、会うのはなんとなく微妙だな。
もうすぐ時間だし、すぐ出て行くだろうから隠れることにした。
「……嫌われたかな~、佐々木に」
「多分…。最近素っ気ない感じしない?」
「ショック~」
佐々木君が…なんたらかんたら……?
盗み聞きするつもりはないし、そこまで聞こえないけど…。
なんだか罪悪感。
はやく教室に戻りたいな~……。
私の思いとは裏腹に、彼女たちは話続ける。
化粧でも直しているのだろうか、もう出てしまおうか。
遅れると目立ってしまう。
「まさか佐々木に見られるなんて~」
「宮城さん宮城さん、ってうるさいよね」
「なんか、佐々木好きなの馬鹿馬鹿しくなってきたし」
自分の名前が出て、心臓が跳ね上がった。
人の話に自分が出てきたときって、どうしてこんなに反応しちゃうんだろう。
「…佐々木のこと悪く言わないで!」
突然。
怒ったような、けれどどこか悲しみが混じったような声がした。
トイレは狭いから、それは奥の壁まで響いただろう。
一瞬、空気が凍り付いて、しんと静まりかえった。
「瑞紀……」
「ご、ごめん、…そんなつもりじゃ、なかったん、だけど……」
瑞紀、とは綾瀬さんのことだ。
ずっと綾瀬さんだったから、私にとってはあまり慣れない名前だけど。
さっきの怒声は綾瀬さんのだったらしい。
他の女の子達の声は、とても小さくて分からない。
「……諦めない、佐々木の目に遥なんかが映ってても」
「佐々木があんま話してくれなくなったのは……、遥のせいだ…」
教室へ入ったのは、本当にギリギリ。
綾瀬さん達が出て行って、少し時間をおいてから出たから。
廊下には生徒が一人もいなかったため、心臓がひやりとした。
……間に合ってよかった。
古文の教科書を適当に開ける。
それにしても、最後に聞こえたことは、どういうことだろう。
佐々木君が話してくれなくなった?私のせいで?
……よく分からないけど、私が本当に原因だったら。
嫌なことをされたけど、綾瀬さんに悪い、かもしれない。
さっきだって佐々木君を庇っていた。
きっと大好きなんだろうな。
ど、どうすればいいだろう。
なにか案はないかと頭をひねらせてみる。
そして下を向くとノートが目にとまり、授業中だったと気づいた。
先生の声が耳に入る。今まで全然聞こえていなかった。
いつのまにか黒板には色々書かれていて、まずは真っ白なノートに写さなければいけなかった。
佐々木君のことは放課後、本人に聞いてみるとしよう。
その後は退屈に授業が続き、昼休みがやってきた。
「遥ちゃん!行こう!!」
質問量が半端無いらしく、無理矢理お弁当を飲み込まされた。
おかげでなんか変な気持ちだ。
「失礼します」
職員室、凜ちゃんの後ろから、田端先生の席を見る。
(職員室に入ると常にチェックするから、もう場所は記憶済みさ)
昼休みが始まって、まだ5分と経たないから、大方の先生は昼食中。
こんな時まで説教をしている先生、ごくろうさんです。
田端先生はパソコンと向き合いながら、もぐもぐしている。
体育祭の時は、気持ちが沈んでいて、隣で食べている先生をあまり見ていなかった。
だから、ちょっと膨らんだ口を動かす先生は新鮮だ。
「田端先生、今…いいですか?」
凜ちゃんが、デスクの隣で声をかける。
「うお、はい。……ちょっと待ってな。」
まだ少しおかずが残っている弁当箱を片付ける。
顔に似合わず(?)、持っている物が可愛いキャラクターもの。
弁当箱にも、小さいくまが散らばっていた。
そして先生は、机にスペースを作ってくれた。
生物のテキストを見つけたようで、それを置いていいよということだろう。
凜ちゃんも気付いたらしく、テキストを開けて置いた。
さりげない気遣い、そういうところも好きです。なんてなんて~
質問が終わったのは、授業まであと何分かという頃だった。
真剣に答えてくれていた先生の説明は、いつもより分かりやすかった。
凜ちゃんも途中で、おお、とか、なるほど、とか、連呼していた。
「ありがとうございます、すっきりです~…あ、すみません、手間かけてしまって。」
ぺこりとお辞儀する凜ちゃん。私もつられてぺこり。
すると、先生は頭を掻きながら、
「いや、いいですよ。手間のかかる生徒程教え甲斐がありますし」
そう笑顔で言った。
……もしかして手間のかかる生徒の方が好きだったりするのだろうか。
そう気になった私は、帰り際に無意識に尋ねていた。
「先生は、質問が多い生徒の方が好き…ですか?」
そう言うと、田端先生は少し驚いた顔をした。
「……、確かに質問しにきてくれるのは嬉しいな。それで成績が上がったら、頑張ったなって思うなあ。俺は。」
「そうですか……。」
質問をほとんどしない私は…、どうなんだろうか。
だってだって、解説見ても、考えても分からない場合だけいくのが質問だって思うんだもん。
前からそうだから、すっかり定着しちゃってるし……。
しゅんとしていたのが出ていたのかもしれない。
その後に、先生は付け加えてくれた。
「まぁ、一人でやるやつも頑張ってるなと思うから。」
ぽんと頭に手が置かれる。
「よく勉強してます、よしよし」
そう言った先生に、無邪気な笑顔でなでなでされた。
なんとなく子供扱いされているんだよなぁ……。
職員室を出ると、凜ちゃんが待っていてくれた。
「何かあった?」
「ううん、なんでもないよ~」
撫でられたことは、大切に胸にしまっておこう!
やっぱり田端先生が好きだと再確認したかも。
そして
放課後で。帰り道で。やはり隣には佐々木君で。
忘れかけていた、朝のことをそれとなく聞いてみる。
「最近さ、綾瀬さんたちとさ……話す?」
「…あぁ、あんまり話してないなあ。」
興味がなさそうに、佐々木君はそう言った。
相手につまらない話をするのは苦だけど、頑張ってみるよ!
「綾瀬さんたち…、話したいんじゃないかな?」
「……」
…佐々木君は、少し黙り込んでしまった。
怒らせた?私のせいなのだろうか??
「あ、あの、……変なこと言ってごめ…」
「俺は嫌だな。」
……えええ
「宮城さんに嫌なことしただろ、…ちょっとなあ」
隣には少しむっとした顔があった。
「あ、私のせいかな…?」
「いやいや、あいつらの自業自得、だろ。」
気にしすぎ、そう言って頭をぽんぽん、とされた。
「宮城さんに嫌な奴って思われたくないけど……、やっぱ許せないんだよな。」
佐々木君は、しょぼんとしたような、怒っているような、複雑な表情をしていた。
ううう、こういう時、なにを言えばいいか分からない。
「…やな奴とは思わないよ……。」
それだけ小さく言っておいた。
「それにしても、他の女子と話したらとか、ちょっと傷つくなあ?」
別れ際、佐々木君はわざと頬を膨らまして、そう言った。
その言葉の意味はよくわからなかったけど、私達は笑顔でバイバイして離れた。