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本棚の奥に

掲載日:2026/11/01

読書っていいよね、って感じの話です。

 私が幼いころ。小学3年生だったと思う。紅葉の綺麗な年だった。


 夕方、理由もなく、図書館にいた。3年生になってから一度も訪れたことのなかった場所。校舎2階の階段の横にある大きな、開放的な空間。

 友達に誘われても、なかなか行く気にはなれなかった。上級生がいるからとか、読書が嫌いだからとか、そういった理由ではない。なんとなく、不思議な感じがして、それがいいものなのか悪いものなのか、判断がつかなかったのだ。


 その日の図書館には、私の他に窓際のカウンター席に誰かが座っていた。私は部屋の中央にある丸テーブルに座っていたため、その人物の顔は見えない。ただ、老人のように丸まった背中と、しゃがれた声だけが今も頭に残っている。


「本があるね」


 唐突に話しかけられ、空気が震えた。音の存在を忘れさせるほどの静寂が、しゃがれた声の人物によって破られる。


「は、はい……?」


 その時の私は、そこに座っているのが会ったことのない先生だと思っていた。先生に話しかけられているのだ。返事をしないと怒られるかもしれないという怯えから、私は反射的に声を出した。


 しゃがれた声の人物は、私の方を見ることなく、ページをめくる。私は何か間違ったのかと思い、息を詰まらせた。


「何でもないよ」


 優しい声だった。しゃがれた声の人物は身じろぎ一つせずにページをめくる音を響かせる。

 太陽はさらに高度を下げ、部屋に差し込む影はさらに深みを増した。私は椅子に縫い付けられたかのように動くこともできず、じっとしゃがれた声の人物の背を見ていた。


 図書館には、時計の音さえ響いていない。ただひたすら、私の呼吸音としゃがれた声の人物のページをめくる音が聞こえる。私は片時たりとも、その人物から視線を外さない。おそらく、30分はそうして一点を見つめ続けていただろう。


「知っているかい?どこかは分からない。どこかは分からないが、図書館には、あるんだ」


 しゃがれた声の人物は再び静寂を破った。


「本を抜かれた本棚の奥底。そこにもう一段、本が並んでいる。背表紙にはこの世にはない、不思議な文字が描かれている。でもね、それが読めるんだ。まるでこれが本来の母国語であると感じてしまうほど自然に」


 しゃがれた声の人物は続ける。


「その本の一つ。紫色のブックカバーがつけられた本。それを手に取ってごらん。ああ、本を開いてはいけない。中を読もうとしてはいけないよ。ただ、本を手に取って、その本があった場所を覗き込むんだ」


「その先に、世界はある。きっと世界は誰かを待っている。手を引かれ、この世から消えてしまうけれど。きっと素晴らしいところなのだろう」


 しゃがれた声の人物は本を閉じて立ち上がった。私はその人物の顔を追う。しかし、どこまでも黒い影が広がっていて、男か女か、若者か老人かさえ分からなかった。


「じゃあね」


 ガラスでできたスライド式のドアを開け、しゃがれた声の人物は部屋を去る。私はその姿が見えなくなるまで目で追い、背中が階段の先に隠れたところで、さっきまでその人物が座っていた席に近づいた。

 座面にはまだ体温が残っている。座面が高いため、座ることは困難を極めたが、カウンターの下にある金属のポールを足掛かりに何とかよじ登った。


 目の前のカウンターには、一冊の本。タイトルは英語で書かれている。表紙と遊び紙を捲り目次を見ると、そこにも英語が並んでいた。どうも今の自分が読むことのできる本ではないと知り、私は本を閉じる。


 その後、私は図書館を去った。しゃがれた声の人物が残した本を埃の積もった、誰も見ることがないだろう本棚の隅に隠すように片付けて、明日の自分が迷わないように周囲を見回して位置を確かめる。


 通学路を一人で歩きながら、私は思い出していた。しゃがれた声の人物が話していたこと。

どこかの本棚に不思議な本があって、その本のあった場所には“世界”が広がっている。

 理由は分からないが、その話はひどく私の頭に残った。帰宅してから、偶然有休を取っていた父にこんな話を知っているかと尋ねても、父は相手にしてくれなかった。少し残業をしてから帰ってきた母は、そんな話は知らないと、何度も説明しようとする私を優しく諭してくれた。


 翌日、私は昨日片付けた本を手に取り、担任の先生の所へ持って行った。先生は私がその本に興味を持ったことが意外だったようで、私が尋ねてもいないことを色々話してくれた。


 一週間後。すっかり日課となった図書館通いの最中に、先生に呼び止められた。怒られるのかと思ったがそんなことは無く、一冊の本を手渡された。表紙には見覚えがある。あの英語の本だ。どうやら日本語訳を学校で購入したらしい。それを私に知らせるため、わざわざ持ってきてくれたのだ。


 とはいえ、その本は日本語訳されていても当時の私が読むのは困難だった。いや、読むだけならフリガナもあったので可能だったが、内容は理解できなかった。


 4年生に上がる前、担任の先生は異動となった。私は結局、3年生のうちにその本を読み終えることができなかった。退任式にて、先生が体育館から退出するとき、一瞬目が合ったように思えた。本を読み終えることができなかった罪悪感で、私はとっさに目を逸らす。次に体育館の出入り口に目を向けた時、そこにはもう先生の姿はなかった。


 月日が流れ、私は卒業の日を迎えた。図書館通いの日課は途切れず、結局私は本の虫となった。


 例の本は5年生の時に読破した。読んでいる途中、何度も本の中の世界に入り込んだように感じることがあった。登場人物たちの動きを斜め上から見ているような、隣に立って横顔を見ているような、不思議な感覚。それがあまりに心地よくて、物語が終わりに近づくことが、ページをめくるその手を止められないことが悲しかった。


 それでも、読み終わった時には、目の前にあった高い壁を乗り越えたような達成感があった。物語の世界から現実へ送り返してもらったような感覚が背中に張り付き、1週間近く余韻に浸っていたと思う。


 読書だけではなく、不思議な本探しも継続していた。小学校を卒業する頃には、学校の図書館は勿論、市営図書館の一角、隣町の町営図書館の半分程度、かかりつけの病院の本棚の全てを探索していた。

 心のどこかで、こんなこと馬鹿らしいと理性が言っていた。大人が子供をからかうためについた嘘だと、どこかで理解していた。


 でも、何かあるのではないか、という思いを消し去るには全く足りなかった。


 しゃがれた声の人物から聞いた話は、両親に話して以来、誰にも話すことは無かった。私だけが知っている世界の秘密のような感じがして、自分が特別になったように感じて、心地よかったからだ。見つからないなら見つからないでいい。やっぱり、と諦められる。見つかれば、それはラッキーだ。誰かに話して馬鹿にされるくらいなら、心の中で守った方がいいに決まっている。


 大学では文学部に入った。色々学んだ気もするが、勉強よりも執筆活動が楽しくて、勉強そっちのけで小説を書き続けた。幼い頃の経験のせいか、その経験をずっと引きずっていたせいか、私はSFやローファンタジーというジャンルに魂を引かれていた。本格的なものではない、ただそれっぽい文章を書くだけだ。


 大学3年生になり、本格的に就職を考えなければならない時期になっても、私は趣味の執筆と図書館巡りを続けた。

 ある時、ふとローカル雑誌の小説枠が目に留まり、物は試しと応募した。当然、採用はされなかった。編集部からの返信メールには、設定を活かすための描写と物語のパンチが足りない、という当たり障りのない意見が書かれていた。


 分かっていたことではあったが、他人から評価されるとはこういうことかと、ダメージを受けたことも覚えている。それからも、私は気が向いたときに雑誌や新聞の小説枠に応募した。


 そんなこんなで、就職。何とか大手自動車関連メーカーの事務として採用された私は、それなりに忙しい日々を送っていた。図書館に足を運ぶことも減った。しかし、それでも完全に辞めはしなかった。

 図書館に行かない日々が続くと、どこからともなくあのしゃがれた声が聞こえる気がした。部屋の本棚に並ぶ本をそっと手に取り、その奥を見る。当然、そこにあるのは暗い本棚の背板だけ。スマートフォンの電子書籍を見ても、謎の言語の本など並んでいない。


 私の人生に大きな転機が訪れたのは入社6年目の秋である。雑誌への投稿が採用されたのだ。


 そこからは正にとんとん拍子だった。雑誌に載った私の短編小説が評価され、私は連載を持ちかけられた。会社での仕事との両立はきつかったが、それでも何とか1年間、編集の力も頼りながらやり遂げた。

 その小説が文庫本として売り出され、ヒット。私は知る人ぞ知る一発当てた作家となった。


 自分の中にしかなかった世界が他人に晒される羞恥心と、それを好意的に受け止めてもらえる歓喜。もちろん、人に見せるのは自らの心の鱗片でしかない。しかし、人生の変遷の始点でもあった。


 それからも、私は継続的に作品を出し続けた。大きく売れることはなかったが、一定の固定客がついたようで、収入として十分と言える額が手に入るようになった。段々、会社との両立が難しくなり、私は入社10年目に退職した。


 収入が減り、精神的にキツイ時期もあった。特に会社を辞めて3年後。小説が売れなくなり、これまで私を支えてくれていた編集者も別の作家につくことになった。

 とはいえ、作風を大きく変えるのは難しい。別ジャンルに手を出すことも考えたが、アイデアが湧いてこない。

 自分の中にある世界が、ひどく色あせて見えることもあった。


 もう諦めてバイトでも探そうとしていた時、偶然立ち寄った深夜まで空いている本屋で、とある本が目に留まった。そう、小学生の時に出会った、あの英語の本だ。私はその本を見つけるや否や、反射的に購入していた。

 家に帰った私は、寝ることも忘れその本を読んだ。内容はほとんど忘れていたので、新鮮な気持ちでページを捲り、展開に一喜一憂する。深夜2時頃から読み始め、読み終わる頃には夜が明け、日が上り、もう朝食を食べるには遅すぎる時間となっていた。


 寝ていないにもかかわらず、本を読み終えた私の頭はすっきりしていた。原点に立ち直るとはこういうことなのだろうと実感できた。


 翌日、私は昨日読んだ作品の一場面と重なる、楓の紅葉が評判の公園にいた。作品の舞台である北米とは規模や空気感も異なるだろうけれど、余韻に浸るにはちょうどいい。

 そしてその公園で、私は意外な人物と再会することとなる。


 先に気づいたのは向こうだった。


「綺麗ですね」


「……!ええ、そうですね」


 急に声をかけられたことに驚く。私の横にいたのは杖を突いた老婆だった。


「“思い出を蓄え、美麗な変化を遂げなさい。”」


 私は、はっとして老婆の方を見る。その言葉は、あの小説の一節。この場所によく似た、楓の紅葉が綺麗な公園で悩む主人公に憧れの先輩がかけた言葉。英語と日本語、双方の楓の花言葉を組み合わせた名訳。


「久しぶりね」


 私にあの本をくれた先生が、皺の増えた顔をこちらに向けた。


「この公園は私にとって印象的な場所だったの」


 どうやら先生の実家がここから近く、幼少期からこの公園に遊びに来ていたらしい。そして、あの本は先生も幼いころに読み、この公園の光景と重ね合わせていたとのこと。


「あの本には私も影響されてね。あなたが私に持ってきてくれた時、とても嬉しかったの」


 先生とはその後、30分程度話をしてから別れた。今度こそ、私は先生の後姿を、それが見えなくなるまで目をそらさずに見送ることができた。


 次に書いた作品が、私の人生の最大の転換点となった。私はその作品に、己の全てを捧げたと言っても過言ではない。世界観、人物、ストーリー、文体。持ちうるアイデアと技術の全てを注ぎ込み、私は作品を書き上げた。


 プロ失格と言われてしまうかもしれないが、私はこの作品を書く時、売上を全く気にしていなかった。とにかく、今の自分が紡ぎたい物語を書く。私の中にある世界はこんなにも美しい、面白いのだと人に紹介する。それだけが目的だった。


 そうして出版された本は。幸運なことに大ヒット。映像化もされ、私は時の人となった。連日、サイン本の用意、取材対応などに追われ、休む暇もなかった。

 取材では次の作品について尋ねられることも多かった。次はどんな作品を書きたいか、世界観を引き継いで連作にはしないのか。


 そのような質問に対して、私の回答はいつも同じ。考えていません、だ。その場を乗り切るための言葉であると同時に、本心でもあった。


 私は自分の中にあるものを全て出し切っていた。その時の私は正に抜け殻。何か新しいものを書こうという気にならなかった。生活するには十分すぎるお金もある。


 その後、私が作品を世に出すことはなかった。マンションの自宅から外を眺め、河川敷を散歩し、友人と会って話をする。新しい趣味を始めては2、3年で飽きてやめる。そんな生活を送っていた。

 偶に短い物語を書くこともあったが、それらは世に出ることはなく、ただパソコンのメモリの容量を圧迫するだけの存在となった。


 自由な生活にも飽きてきた頃、私はふと思い立って旅行をしてみることにした。行先は東南アジアのとある国。何か目的があったわけではない。直近に読んだ本の舞台が東南アジアであり、何となく行ってみようと思ったのだ。


 東南アジアの町を歩いて周る。カラフルだな、というのが第一印象だ。首都の中心付近はそうでもないが、少し郊外へ出ると途端にカラフルな建物が軒を連ねている。橙色、青色、ピンクに茶色。様々な色が統一感なく町を彩っていた。


「……?」


 とある店舗の前で私は足を止める。店の前にはボロボロのカートに入れられた山積みの本。地面に直接積まれているものもある。

 私が足を止めたのは、そんな本の状態に心を痛めたからではない。ちらりと目を向けた時、何かの文字が目に飛び込んできたように感じたからだ。


 私は通訳を通し、店主に不思議な文字の本はないか尋ねる。私の頭の中では、幼い頃に聞いたあのしゃがれた声が反芻していた。もしかすると、ここにあるかもしれない。何かが眠っているかもしれない。

 忘れて久しい心の熱が、私の心拍数を上昇させていた。


「知らない。私もどんな本があるか分かってない、とのことです」


「……そう」


 通訳から告げられた店主の言葉は、想像の範囲内のものだった。私は諦めきれず、その日は店が閉まるまで乱雑に積まれた本を見て回った。だが、物欲センサーとでも言うのだろうか。ついぞ私は不思議な文字を見つけることはできなかった。


 帰国後、私はあの時感じた興奮を忘れられず、全国の図書館を訪れるようになった。昔と同じように、本を探すふりをしつつ本棚の奥を覗く。


 本を手に取り、奥を覗く。また、本を手に取り奥を覗く。何もなければ隣の棚へ。蜜を吸うために花々を飛び回る蝶のように、と言うと自分を美化しすぎかもしれないが、まるでそれが食事とでもいうかのように、私は本棚を覗き込んでいた。


 大きな市の中央図書館、都道府県立図書館など、大きな図書館は何度も訪れて探し物を続けた。そんなことを続けていると、自然と司書さんと顔なじみになる。特に私のことを知っている人とは。


 とある町立図書館を訪れた際、恐る恐るといった調子で司書さんが話しかけてきた。その手には私が昔書いた本が握られている。聞くと、サイン会で何度か会い、面影を覚えていたとのこと。特段隠す理由もないので、私はあなたの考えている通りの人物であると明かし、図書館の外で小話をした。


「来週の金曜日、ここで小学校の授業があるんです」


 司書さんは柔らかい笑みを浮かべて私の目を見る。


「へぇ、そんなこともやってるんですね。何年生ですか?」


「3年生です」


 3年生か、と私は思う。


「ちょうどいい年齢ですね。本……小説とかに対して興味を持ち始めてもおかしくない年齢だ」


「ええ、きっかけづくりに丁度いいということで……。あの……厚かましいご相談なんですけど……」


 どうやら私に講演をしてほしいとのこと。20分くらいでいいから、何か本に関する話を、ということだった。私としては受けてもいいが、学校側がどう考えるか分からない。子供たちは私のことなど知らないはずだ。私は学校側に相談し許可を受けることを条件に依頼を受けることにした。


 司書さんは私の返答を聞くや否や学校に電話をする。おっとりした雰囲気だったので私は思わず目を見開いて驚いた。

 そして1分も待たずにOKを貰ったらしい。司書さんは満面の笑みで私に向かって結果を報告した。こうなることを仕組まれていたようで気味が悪いが、断るには時すでに遅し。私はため息を隠しながら、それではよろしくお願いしますと頭を下げてその場を去った。


 今日は金曜日。授業は丁度1週間後だ。私は何を話すか悶々と考えながら帰路に就いた。


「……」


 執筆の仕事の話をしても、興味を得られはしないだろう。家でパソコンと向き合い、カタカタとキーボードをたたく。偶に散歩とかをしてアイデアが下りてくるのを待つ。私からするとそれなりに刺激のある生き方だが、小学生からすると物足りないということは想像に難くない。


 では、本を読むと想像力や語彙力が育まれるとか、ありきたりなことを言うべきか。まあ、こちらも子供は興味を持たないだろう。それに誰でも言えることであれば、私である必要がない。


 私の考えは同じ場所を何度も通り、同じ回数通り過ぎて行った。

やはりリアリティを。いや、ありきたりだとしても教育としていいことを。文章を紡ぐことの面白さを。想像することの楽しさを。自分の中にしかなかった話が誰かに評価されることの満足感を。


 答えなんてない。私が話したいことを、常識的な範囲で話せば大人たちは皆満足するはずだ。


 でも、それで子供たちは本に興味を持ってくれるだろうか。


(……)


 部屋のカーテンが揺れた。柔らかい光がフッと窓から流れてくる。


(……そうか、私は)


 私の原点。何故、私が本に、読書に、図書館に興味を持ち、作家にまでなったのか。


 自然に口角が上がっていた。自分の口から小さな笑い声が聞こえる。


(あるじゃないか、とっておきのが。私にしか話せない、とびきりのが)


 私の心には、まだ誰にも見せていない、最後の秘密がある。物語にもなりはしない、ただの大人が子供をからかうためについた嘘のようなもの。


 きっと、これは……。


 約束の金曜日。図書館の一角をパーテーションで囲っただけの簡単な教室には、30人程度の子供たちが集まっていた。まず担任の先生が読書することのメリットを簡単に語り、続けて司書さんが図書館の使い方や本の見つけ方について説明をする。


 そして、私の番が来た。先生が私のことを軽く紹介し、私は子供たちの前に立つ。真剣に私を見ている者、おしゃべりをしている者、手遊びをしている者など、子供たちの様子は様々だ。


「読書をする意味とかは先生が話してくれたね。図書館も積極的に利用してほしいと思う」


 出だしはこんな感じでいいだろう。私は続けて、文章を書くことの面白さと難しさを簡単な言葉を使って子供たちに伝える。三分の一も伝わっていないだろうが、それはそれでいい。これで最低限、大人たちが望む話はできたはずだ。

 だからここからは、ある程度自由に話をしてもいいだろう。


「……本があるね」


 一拍おいて、私は話し出す。沈黙の力というのはやはり強力なようで、談笑していた子供たちも会話を止めて私の方を見た。


 私はわざとしゃがれた声を出し、話を続ける。


「どこかにあるんだ。本を抜かれた本棚の奥底。そこにもう一段、本が並んでいる。背表紙にはこの世にはない、不思議な文字が描かれている。でも、何故かその文字は自然に読むことができる」


 そこで一旦言葉を切り、私は子供たちの背後にある本棚に目を向けた。数人の子供たちがつられて後ろを振り返る。

 先生や司書さんは急に変な話を始めた私を止めるかどうか判断できずにいるようだ。


「不思議な本の並びの中に、紫色のブックカバーがつけられた本。それを手に取ってごらん。開いて中を見てはいけないよ。ただ、本を手に取るだけだ。そして、その本があった場所を覗き込む」


「その先に、世界はある。きっと世界は誰かを待っている。きっと素晴らしいところなのだろう」


 私が聞いたオリジナル(?)ではあちらの世界に行くとこちらの世界からは消えてしまうというくだりがあったが、ここでは言わない方がいいだろう。

 私からはここまで、と笑顔を作り、私は先生の方に視線を送る。先生は慌ててありがとうございました、と軽く頭を下げ、子供たちに感動や質問をするように促した。


 子供たちからの質問は面白いものが多かった。いくら稼いでますか、という率直過ぎる質問もあった。


「最後の話。不思議な本の話は本当ですか?」


 いかにも真面目そうな男の子が手を上げ、真っすぐな目で私を見て質問を飛ばしてくる。真っすぐな目、とはいっても私の話を信じているという意味ではない。非現実的だ、自分はそんな子供だましを信じないと、主張したいようにも見える。


「どうだろうね。色んな図書館を巡ってみれば、おのずと分かるよ」


 質問をしてきた男の子は私の答えに不満げだったが、丁度授業も終わる時間となったので追及されるのは避けられた。


 帰路にて、私はこれまでにないほどの開放感を覚えていた。きっとあの話を誰かにすることができたからだろう。私が探しきれなくとも、あの子供たちの中の誰かが見つけ出すかもしれない。それを想像するだけで心が躍った。


◇  ◇  ◇


 気が付くと、私はどこかの図書館にいた。正面の窓からは角度の浅い日光が差し込み、私の目を刺す。


「おや、おやおや」


 しゃがれた声が聞こえた。私は手を額に当てて目元に影を作り、声の聞こえた方を見る。


「見込んだとおりだ。君も誰かに託したね。託すことができたのか」


「……そのようです」


「ははは、よかった。でも……悪かった。どうやら想像よりここは寂しいところだ」


「これから、あなたの語るような素晴らしい場所になりますよ」


「なぜそう思う?」


「私の世界は面白いし綺麗です。それに、あなたも」


 何もない世界の奥に、大きな楓の木がある。遠慮がちに、緑を蓄えている。


「ほら、変化の兆しですよ」


「……そうだね」

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