第四頁──僕たちの最初の一歩
わいわい…わいわい…
がやがや…がやがや…
…
食堂に殺到する人波と、教室を離れていく連中の中で
弁当の匂いが漂い始める
…
さらり…さらり…
俺は木陰に座って、自分の弁当箱を抱えて
そよ風と、人の気配ゼロの静けさを楽しんでる
…
そうだったらよかったのに…
……………………………………
もぐもぐ…もぐもぐ…
…
視線が完全に隣の赤髪に釘付けになってる
頭をうつむかせて、箸が止まらない
…
「ん?」赤髪が顔を上げる
「どうしてまだ食べてないの?」
「あ、いや、今から食べるつもりで…」俺はぎこちなく笑って横を向く
…
「ていうかさ」チラッと見る
「俺に何の用?」
「…」箸がピタリと止まって、弁当箱をぎゅっと握る
…
すっ…
「なんでもなかったら…失礼する…」俺がゆっくり立ち上がる
…
ぐいっ!
「待って!」袖を掴まれる
「…まだなんか用…?」ゆっくり振り向く
「助けて…」赤髪が小さく唇を動かす
「え、すまない…もう一回言ってくれる?」弁当を地面に置いて耳を近づける
「助けてって…」また小声
「聞こえなかった。もう一回…」耳をさらに近づける
…
「もぉ…!」袖をぎゅっと掴む
「言ってるじゃん…!」
…
ぐいっ…
「今日の午後の英語スピーキングテスト、助けてよぉぉぉ!!」
俺の体が持ち上がって横に引っ張られる
…
ドスンッ!
芝生に仰向けでぶっ倒れる
真っ昼間の太陽が眩しくて、雲を眺めながら全身がジンジン
「…二回言わせないでくれれば…よかったんだけど…」指を一本立てる
…
「ひゃ…っ!」
「ごめん…ごめんなさい…わざとじゃないから…!」赤髪が俺の腕を掴む
「無意識だっただけだから…怒らないで…ね?」目を丸くして、もう片方の手がバタバタ
「恨まないでね…」
…
「うっ…」
「大丈夫…だよ…別に…怒って…ない…」片目を開けて頭をさする
「ほんと?」顔をぐっと近づける
「ほんと…だよ…でもちょっと離れて…くれない…?」片手を顔の前に出す
「怒ってないよね?」
「怒ってないって…」
「ほんとに?」もっと近づく
「ほんとだよ…」顔を逸らす
「じゃあ助けてくれるよね…?」
「助けるって…」
「約束?」目が数センチの距離
「もちろん助けるって…」後ろにずれる
…
「ふっ…」
「よかったぁ!」胸に手を当てて離れる
「拒否されるかと思った…」
「他の人たちみたいに…」唇を噛む
…
「拒否できるわけないだろ…」俺は体を起こして、運動場のほうを見る
「え?」振り向く
「知り合いでもないのに頼んできたってことは…それだけ大事なんだろ」弁当を拾う
…
「パコッ」
「それに…」箸を取る
「こんな可愛い子に頼まれたら…断れるわけないじゃん!」
…
「じゃあ…」弁当箱をぎゅっと握って、ゆっくり立ち上がる
…
「タタタタッ…」
「午後は頼んだよ!」赤髪が教室に向かってダッシュ、砂煙上げて消える
「待って、まだ…」手を伸ばしかける
…
「まぁいっか…」弁当を見て手を下ろす
「午後は全力でいくだけだ!」青空を見上げる
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教室の空気がどんよりと重い
鉛筆が落ちる音すらしない
全員の視線が黒板のペア一覧に釘付け
……
「はぁぁ〜……」
「みんな、本気でやってる?」先生が鼻の付け根を押さえる
「簡単な会話だよ?短いだけなのに…」
「なんでまともな点取れてる奴が一人もいないんだ…?」教室を見回す
「…」みんな顔をうつむけて眉間にシワ
…
「もういいや」
「さっさと終わらせて休憩にしよう…」先生が唇を噛む
「毎年F組ってこんな感じだよな…」
…
「そこの二人、席に戻っていいよ」出席簿を開いて指す
「次のペアどうぞ!」
…
「スッ……」
「ねえ、俺たちの番だよ!」俺はそっと横を向く
…
「ガタガタ……」
赤髪の両手が机をぎゅっと掴んで、顔を上げられない
机がガタガタ揺れて、物が少しずつ端に寄っていく
…
「トン…」
「次俺たちだよ!」肩に触れる
「でも…私…私…」
…
「大丈夫だよ」
「大丈夫じゃねぇよ、何がわかるんだよ…」急に顔を上げて睨む
「このテスト…ただの…」手をぎゅっと握る
…
「大丈夫、俺が全力でやるから…」笑顔を向ける
「何が起きても隣にいるよ」
「精一杯やってくれればいい、後は俺がフォローする」
…
「ガタッ」
ゆっくり立ち上がるけど、まだ顔は下
二人で教卓へ向かう
……………………………….
「相手のメンタルを気遣うとは?悪くないよ、若者…」先生がニヤリ
「…さて、どうなるか」
…
「よし、二人とも始めなさい!」
赤髪は顔をうつむけたまま、両手をぎゅっと握って体を縮こまらせる
…
「Excuse me. May I help you?」俺が手を差し出す
「I… I… I…」キョロキョロ
「I…I…」
「It’s… OK… I… can… wait… Just… take… your… time…」一語ずつゆっくり
「I… I feel…」まだキョロキョロ
「I… I can’t…」
「I can’t fuck us!」両手を床に叩きつける
先生の目が点、全員こっちを見る
…
教室がシーンと静まり返る
赤髪がこっちをチラ見して手を合わせる
…
「ぷっ…!」
「It’s fine… I… I… I get it…」口元を押さえる
「I know, right? It’s hard to focus all the time, especially when we are overwhelmed by stress」
…
クラス全員の視線が俺に、赤髪が顔を上げる
そして口元に小さな笑みが
…
「I… I… I know…」俺の言葉を真似して呟く
…
そして何とか二人でスピーキングを終える
……
「よし、二人は席に戻りな」先生がノートを見る
「たまにはマシなのが紛れ込むもんだな…」小声で
…
「ねぇ…」
袖を軽く引かれる
「ん?」振り向く
「ありがとね!」机に突っ伏したままニコッと笑う赤髪
「い、いや…別にいいよ…」目が離せない
…
「お前、春くんよね?」
「え、まだ自己紹介も…」
「大したことじゃないよ」突っ伏したままじっと見てくる
「私、山崎ツメ子」胸に手を当てる
「これからもよろしくね、春くん」
「俺…俺も…山崎さん…これから…」
…
ギュッ…
「さん付けやめてよ!」袖を強めに摘む
「でも…」
「だーめ!」頬を膨らませる
…
「じゃあ、ツメ子さん…」顔を逸らす
「これからもよろしく!」
「うん!」目を細めて満面の笑み
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西日が窓から長く伸びて、昼間のギラギラが少し和らいでる
…
トンッ…トンッ!
「みんな、本当に申し訳ないんだが…」
「この点数じゃ…」
…
「リーン♪」
チャイム
…
「大半は早めに転校を考えた方がいいぞ」
「奨学金だけでここにしがみつくんじゃない」
…………
トボトボ…ガサッ…
みんな肩を落として、鞄の紐を握りしめて教室を出ていく
…
「ねえ、春くん…」ツメ子さんが袖を引く
「頼みがあるんだけど、いい?」
「もちろん!」笑顔で振り向く
「助けて…」唇が震える
……
ダッ…ダッ…ダッ…
デカい足音が近づいてくる
……
「助けて…」ツメ子ちゃんが顔を上げる
…
ズシッ…
「勉強教えてくれよぉぉぉ!!」蓮が俺の首に飛びついてくる




