第三十六頁 ― いつもの朝
小さな日差しのひとつひとつが、空間全体を照らし出す
夜の空も、徐々に場所を譲っていく
いくつかの窓が、だんだん明るく灯り始める
街灯の光が、徐々に薄れていく
…
ぽつ…
空気はまだ少し冷たい
木の葉の先が、水滴の重みでわずかにしなる
道の周りには、あちこちに水溜まりができている
……
こつ…こつ…
僕は長い道を歩いていく
すぐ横に、斜めにカバンを持った女の子がいる
彼女は遠くの家並みを見つめていた
…
「あのさ…」僕は手を頭に上げ、女の子のほうに体を傾ける
…
「…」彼女は体を向け直し、背中を僕に向ける
…
「まあ、そうだよな。」そんな考えが頭をよぎり、僕は唇を噛む
「昨日、急にあんなことしちゃったし。」
「僕、何考えてたんだろう。」
……
こつん…こつん…
「あのさ…」女の子の肩が小さく震え、視線をこっそり僕に向ける
「君…毎日…」
「昨日みたいなこと…準備してるの?」
…
「どういう意味…?」僕は視線をその女の子に向ける
…
「だから…言ったでしょ…」女の子の体が震え、肩が上がる
「あの紙の山…昨日君が作ったやつ…」
「机の上にあったやつ…」
…
かりかり…
「ああ。」僕は頭をかき、視線を空に向ける
「実は…」
「毎日やってるわけじゃないよ…」
「たまにやるだけ。」
…
「それに」僕は目を丸くして空を見上げる
「ああいうの…」
「僕にとっては復習みたいなものなんだ。」
………
ごそごそ…
「そうだ!」僕はカバンの中をまさぐり、足が少し遅くなる
「君が必要かどうかはわからないけど…」
「でも僕、用意してあるよ…」
…
すっ…
「うわ?」僕は目を見開き、体が凍りついた、手に紙一枚を持っている
「僕、これ書いたっけ?」
「なんで覚えてないんだろう。」
…
「ふむ…」僕は顎に手を当て、頭を少し傾ける
「水野 小春?」
「誰だっけ?」
…..
そっ…
「これ…」女の子が指で紙に触れる
「私のよね?」
…
「へっ???」僕の目が丸くなり、手が動かない
…
ふわっ…
「助かったよ、君がいてくれて!」女の子が紙を高く掲げ、目を離さない
「私も、何を勉強すればいいかわからなかったんだもん!」
「新学期の生物、めちゃくちゃ難しいよ。」
……
すっ…
「つまり…君は…」僕の指がゆっくりその女の子に向く
…
ぷくっ…
「昨日言ったでしょ?」女の子が頰を膨らませ、手を下に振る
「一回寝ただけで忘れちゃうなんて。」
「もう、ハッチ、つまんないよ!」
…
「ハッチ?」僕の唇が小さく引きつり、背中が少し丸くなる
「昨日…そんなことあったっけ…?」
…
「他に何があるのよ!」女の子が両手を腰に当て、顔を背ける
「全部君のせいなんだから!」
「誰が昨日急にあんなことさせたのよ!」
「女の子の心って、繊細なんだよ?」
…
…
「ごめん。」僕の唇が小さく動く
…
うん…うん…
「そうでなくちゃ!」女の子が何度も頷く
「二度とあんなことしないでよね!」
…
「わかりました、ミズノさん。」僕は顔を下げ、紙の束を見る
「僕はもう…」
………
「ストップ!ストップ!ストップ!」女の子が飛び出して僕の前に立ち、手を振り続ける
…
「どうしたの、ミズノさん?」僕の体が、再び凍りつく
…
「それよ、それ!」女の子が僕の顔を指差す
…
「?」僕の頭がゆっくり左に傾く
…
「急に他人行儀に呼ぶなんて!」女の子が手を振り続け、目をきつく閉じる
「君の周りの人たちはみんなそんな呼び方してないでしょ!」
「急に私だけ差別するなんてどういうこと?」
「昨夜じゃ足りなかったの?」
…
「わかった…わかったよ…」僕は手を胸の前に出し、顔が固くなる
「もう一度呼ぶから…」
…
「じゃあ…」僕は顎に手を当て、女の子から目を離さない
「小春でいい?」
…
ちょこちょこ…
「だめ!」女の子が僕の前を何度も行き来する
「それじゃ普通の友達と変わらないじゃん!」
…
「わかった。わかったよ!」僕は女の子に向かって手を出し、両目を閉じる
「もう一度考える。」
「時間ちょうだい!」
…
むぅ…
「わかった。」女の子が頰を膨らませ、体を背に向ける
「今日いっぱいだけ待ってあげる。」
「今日の終わりまでに、私を呼ぶ名前考えてよね!」
…
「…」僕の視線が女の子の背中から離れない
…
たん…たん…
「あのさ…」女の子が近づいてきて、背中を少し丸め、指を口に当てる
「私たちのこと…」
「誰にも言わないでね!」
…
「わかった。」僕の肩が少し下がり、頭がゆっくり地面に向く
「誰にも言わないよ。」
…
るんるん…るんるん…
「それからもう一つ…」女の子が前に進み、唇に微笑みを浮かべ、手を後ろで組む
「楽しみにしてるからね!」
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がやがや…わいわい…
校庭の真ん中は、生徒たちでいっぱいだった
教室は今、カバンで溢れ
小さな話が、あちこちに響いている
…
ガラッ…
教室の扉がまた開く
黒板にはまだチョークの跡もなく、
いくつかの机にはまだ人の姿がない
…
そしてあの女の子と一緒に
頰杖をつき、僕の方を見つめている
………
ぽん。
「まだ教室に入らないの?」背中に手が叩かれる
…
「レン?」僕はゆっくり振り向き、顔を少ししかめる
「朝はいつもこうしないとダメなの?」
…
「君のせいだろ!」レンの唇が笑みを浮かべ、手を後頭部で組む
「急に朝から教室の入り口に突っ立ってるんだから。」
「せめてちゃんと立ってる場所選びなよ!」
…
こつ…こつ…
「わかったわかった。」僕は足を進め、自分の席に向かう
「ちょうどここにいるし。」
「この分のプリント、持って帰って練習してよ!」
…
ぱち!
「さすがハルだな!」レンが両手を叩き、足をぴったりつけて歩く
…
すたすた…
「で、昨日のあれどうだった?」レンが僕の周りを回る
「あの胃薬、効いただろ?」
…
「どうだろう…」僕は天井を見上げ、手を口に当てる
「僕もよくわからない…」
「でも父さんは結構大丈夫そうだったよ。」
「だからきっと効くと思う。」
…
「他に何があるよ!」レンが指を鼻に当て、目を閉じる
「うちなんか毎回あのタイプの薬買うんだぜ!」
「効き目は言うまでもない!」
…
ぎいっ…
「これについては君、詳しすぎだろ?」僕は目を細め、椅子に座る
「勉強もあんな感じでできたら…」
…
「それとこれを一緒にすんなよ!」レンが僕の方に身を乗り出す
「健康のことなんだから、ふざけんな!」
…
「わかったわかった。」僕は目を閉じ、手をカバンの中に入れる
「その1%だけでも勉強に回せばいいのに。」
…
「約束はしないよ!」レンが背を向け、目を閉じる
……………
たたたっ…
「ハルくん!!!」誰かが僕の机に向かって飛び込んでくる
「おはよう!」
…
「ツメコさん。」僕は微笑み、軽く頭を下げる
「おはよう。」
…
ばん!
「今日、お弁当用意した?」ツメコさんが机を叩き、顔を近づける
…
「実は…」僕は視線を別のところに逸らす
「今日…うっかり忘れちゃって…」
「だから…あとで…」
「レンと一緒に食堂に行くつもりだったんだ。」
…
「そんなのいいよ!」ツメコさんが背中を丸めてさらに近づく
「あとでミヤキちゃんのところに来て。」
「私、用意してるから!」
…
「でも…」僕の顔がしかめ、両手で高く覆う
「そんなの…どう考えてもダメだろ…?」
…
「交渉なし!」ツメコさんが体を引いて、両手を腰に当て、僕を睨む
「あとで絶対そこに来てよね!」
「約束したじゃん!」
…
「そうしないと、もう君から何も受け取らないからね!」ツメコさんが腕を組み、顔を背ける
……
くすくす…
「もう行かなくていいよ…ハル…」レンが腹を抱え、背中を低くする
「あいつ…もう君に勉強教えてもらいたくないんだって…」
…
「違うわよ!」ツメコさんが手を振り回し、目をぐるぐるさせる
「そういう意味じゃない!」
「私がしたいのは…」
…
「わかった。」僕は背筋を伸ばし、軽く頷く
「あとでちゃんと行くよ。」
…
「その言葉、信じてるからね!」ツメコさんが目を細め、唇に微笑みを浮かべる
「絶対に変えないでよ。」
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「リーン♪」
チャイムの音が廊下中に響く
校庭にはもう誰もいない
机は空きがなくなり
小さな話も、消えていく
…
ひらっ…
小さな紙切れが、僕の机に舞い落ちる
文字が浮かび、紙の周りを囲む
「まだ一日始まったばかりなのに、浮気者。」
…
「へっ?」僕は体を回し、目を大きく見開く
「これ…結局どこから…」
…
ひらっ…
もう一枚の紙が、僕に向かって飛んでくる
でも文字はなく、周りに散らばっている
ただ一つの手が、僕に向けられている
…
むぅ…
長い黒髪に赤い筋が混ざる
頰杖をつき、顔を僕に向ける
机いっぱいの紙切れを隠し
頰を膨らませて僕を見る




