第三十一頁 ― あの人との食卓
部屋は明るい灯りに照らされ
茶碗のご飯から白い湯気が立ち上り
丸いテーブルには料理が並んでいる
…
カチッ…カチッ…
箸が茶碗の周りを行き来し
テーブルの真ん中の料理へと伸びていく
…
私の体は椅子に縮こまって
唇はあまり動かせず
視線は茶碗へと落ちていた
……
コトン.
「じゃあ…」向かいの男の人が茶碗を置いて
「学校はどうだ、ハル?」
…
コツコツ…
「はい…」その人が周りを見回して、ご飯を口に運び続ける
「普通ですよ。」
…
「本当か?」男の人が目を細めて周りを見る
「別に問題がないなら…」
「なんでお前みたいな子がハルを頼ってくるんだ?」
…
コツ…
「それは…」その人の手が止まって、体が動かなくなる
…
「えっと…それは…」私は顔を上げて、指を絡ませる
「ハルくんが何かしたわけじゃないんです…」
「実は…私がハルくんに助けてもらいたくて…だから…」
…
……
ハッハッハ!!!
「そんなに心配すんなよ!」男の人が顔を上向けて大笑い
「ただの冗談だよ。」
…
「そ、そうなんですか…」私は茶碗から顔をゆっくり上げる
…
「もちろん。」男の人が胸に指を当てる
「ただの職業病さ。」
「心配させて悪かったな。」
…
「本当はよく分かってるよ。」男の人がその人に向かって首を傾げる
「このバカ息子は毎日勉強ばっかりで…」
「練習行けって言っても、ただ殴られるだけだよ…反撃もしない…」
…
はぁ…
「反撃してくれりゃどれだけいいか。」男の人が腰に手を当て、顔を伏せる
「昔みたいならよかったのにな。」
…
すっ…
「僕もう食べ終わりました。」その人が唇を動かして、席を立つ
………
がりがり…がりがり…
「うちのハルってやつは…」男の人が頭を掻いて、唇を動かす
「あの頃のこと、まだ忘れられないのか…?」
…
「今何ておっしゃいました?」私は首を傾げて、目を丸くする
…
「なんでもないよ。」男の人がまっすぐ私を見る
「お前は気にすんな。」
……
「ついでに聞いとくけど。」男の人が背を低くして、手を口に当てる
「うちのハル、学校で何か問題起こしてないか?」
…
「ありません!」私は首を激しく振る
「絶対ありませんよ!」
…
「お前、本当に?」男の人が目を細めて私を見る
…
「実は…」私は指を絡ませて、顔を伏せる
「クラスでは少しトラブルに巻き込まれることありますけど…」
「でもいつも全力で解決しようとしてます。」
「そして誰にも恩を売ったりしないんです。」
…
ぎしっ…
「やっぱりうちのハルだな。」男の人が椅子に体を預ける
「いつも他人ばっかり考えて…」
「自分のことなんか全然顧みない。」
…
「でもよ…」男の人が天井を見上げて
「お前、考えたことあるか?」
「そういうやつほど…」
「…一番弱いんじゃないかって思うこと、ないか?」
「それに…」
「…感覚が…」
「…もう普通じゃなくなってるんじゃないかって?」
…
「え…えっと…」体が固まって、目を見開く
「どういう意味ですか…?」
…
がたっ.
「あ、ヤベ!」男の人が体を起こす
「また古傷が疼いてきた。」
…
「さっきの言葉、気にすんなよ。」男の人が手を振って、視線を女の子に移す
「血に染みついちまってな、抜けねえんだよ!」
「な、ケイちゃん?」
…
「…」女の子が箸を強く握って、私を睨む
…
「おい…」男の人が頭を下げて女の子を見る
「そんな失礼な態度取るなよ。」
…
…
「あの…」私は引きつった笑顔で、目を閉じる
「ちょっと聞いていい…?」
…
「お姉ちゃんも、あの人みたいになるの?」女の子が私を睨む
…
「 」目を見開いて、指が緩む
…….
「ケイ!」その人が近づいてきて、腰に手を当てる
「早く食べないとデザートなしだぞ。」
…
カツカツ…
「…」女の子が茶碗で顔を隠して、ご飯を急いで口に運ぶ
…
「お父さんも!」その人の頭がゆっくり男の人に向く
「もう仕事の時間じゃない?」
「また遅れたら大変だよ。」
…
「危うく忘れるところだった。」男の人が時計を見る
「でも今日はこの片付けを約束したんだよな…」
…
「それは僕が…」その人の目が細まる
…
「私がやります!」私は無意識に手を挙げて、体をテーブルから伸ばす
…
「お前がやる必要ないよ。」その人がテーブルを見回す
「どうせ父さんが勝手に…」
…
ことっ…ことっ…
「いいんです。」私はお皿を積み始める
「任せてください。」
………………………………………………………………………………………………………………
ぽつ…ぽつ…
外は夜の闇に覆われて
葉っぱに水滴が落ち始める
地面がだんだん暗くなる
….
ことっ…ことっ…
白い水がシンクに流れ込む
お皿が水に沈む
白い泡が全体を覆う
……
きゅっきゅっ…
「さっき…おじさんが言おうとしたの…」手をゴシゴシしながら、目を伏せる
「なんで急に…そんな…」
……
「おーい、ハル!」遠くの部屋から声がする
「デザート用意しに来いよ!」
…………
こつ…こつ…
その人の背中がキッチンに入ってくる
冷蔵庫に手を伸ばして
りんごを一つずつ取り出す
……
するする…するする…
「ごめんな…」その人が皮を剥きながら
「父さんのくだらない話聞かせちゃって。」
「しかもこんな仕事までさせちゃって。」
…
きゅっきゅっ…
「いいんですよ。」手を動かし続け、頭を低くする
「私こそ急に来て、ご飯までごちそうになって…」
「なんか気まずいです。」
…
「気にしないで。」その人が微笑んで、私を見て、手を動かし続ける
「ただのご飯だよ。」
…
ぎりっ…
「もうその態度やめてよ。」唇が動いて、歯を食いしばる
……
ぴっ…
赤い雫が水に落ちる
その人の指が天に上がる
…
「君…それ…」目を見開いて、その人を見る
…
「あ…」その人が微笑んで、血まみれの手を掴む
「大丈夫。」
「ちょっと切っただけ。」
「気にしないで。」
…
ばっ!!!
「大丈夫なわけないでしょ!」その人の腕を掴んで、水道に突っ込む
「血こんなに出てるのに!」
「自分のことちゃんと大事にしなよ!」
…
「それは…僕…」その人が顔を逸らして、笑みが消える
…
「誰も傷つかなければ…」唇が小さく動く
「僕がどうなっても…関係ないよ…」
…
ぎゅっ…
「君…」腕を強く握る
「バカなこと言わないで!」
「君に何かあったら大変なんだよ!」
「クラスで知ったら…」
「みんなどうなると思う!?」
「誰が教えてくれるのよ!」
…
「それに家族は!?」顔を近づけて
「誰が面倒見てくれるの!?」
「ちゃんと考えてよ!」
…
「わ…わかった…」その人が傷ついた指に触れる
「もっと気をつけるよ。」
…………
「ふむふむ~」向かいから声がする
「 」私は慌てて振り向く
…
「うちの娘、何点だ?」男の人が顎に手を当てる
…
「まあ…4点くらいかな…」壁の後ろから女の子が目を覗かせる
…
「そんなに低いのか?」男の人がキッチンを見回す
「俺はもっと高いと思うけどな。」
「前よりだいぶマシだぞ。」
…
「あ…これは…」私はその人の手を離して、手をブンブン
…
「大丈夫大丈夫。」男の人が目を閉じて、頭を振る
「分かってるよ、よく分かってる!」
…
ぐっ.
「こいつはお前に任せた!」男の人が親指を立てる
…
「そういう意味じゃないです!!!」顔を上向けて、目を閉じる
…………………………………………
ドーン!!!
夜空を稲妻が裂く
音が街中に響く
…
どしゃああ…ざあああ…
道は水でいっぱい
夜が白く染まり、風が吹き荒れる
外の排水管が絶え間なく流れる
…………
「この天気じゃ…」男の人が窓を見る
「かなり厳しいな。」
……
「なんで…」唇が動いて、スマホをいじり続ける
「お願い…まだ動いてて…」
……
「こんな雨じゃ仕方ないよ。」男の人が腰に手を当て、首を振る
「この時間電車もほとんど走ってない。」
…
「それに…」男の人がドアを見る
「ここから駅まで結構遠いぞ。」
「俺ももうすぐ仕事だ。」
……
「そんな…」目が落ちて、肩が下がる
……
にやっ.
「じゃあ今から。」男の人が頬いっぱいに笑って、私を見る
「お前、ここに泊まっていけよ?」
「どうせハルに勉強教えてもらいに来たんだろ。」
「ついでだよ。」
…
「そんなわけないですよ!」首を激しく振る
「着替えも持ってきてないし、教科書も少ないです。」
「家族も待ってるし…」
…
「大丈夫大丈夫!」男の人が胸を叩いて笑う
「家族のことなら俺が代わりに話すからよ。」
…
「他のことは…」男の人がその人を見る
「うちのバカ息子に任せとけ!」
…
「もし嫌じゃなければ…」その人が体を低くして、首の後ろに手を当てる
…
「え。」体が固まって、唇が震える




