第5章 家庭の温度
日曜の午後。
理央の家に、台本の最終確認に行くことになった。
ドアを開けると、すぐに「いらっしゃい」と明るい声が聞こえる。
玄関には、整然と並んだ靴。
奥からは夕飯の匂いが漂っていた。
「理央、台詞もう覚えたの?」
母親の声。
柔らかいが、問い詰めるような“圧”がある。
理央は即座に「うん」と答えた。
その速さは反射に近い。
湊は、廊下の温度が一度高いことに気づいた。
期待の熱だ。
温かいけれど、息が浅くなる種類の温度。
居間のテーブルには、理央の成績表や模試の結果が重ねて置かれている。
「頑張ってるね」と褒められる代わりに、「もう少し」の文字が残っていた。
理央が湊に小声で言う。
「この家、息苦しくない?」
「……ちょっと暑い」
「でしょ。エアコンの温度、いつも高めなんだ。
“風邪引くから”って理由なんだけど、本当は“冷たい空気”が嫌なんだって」
湊は、理央の言葉の奥を聞いていた。
——冷たさを恐れる家。
完璧さの中に、ぬくもりと息苦しさを同居させてしまった場所。
帰り道、湊が口を開く。
「俺の家は逆だよ。冷たいほう。誰も話さないから、エアコンの音だけ聞こえる」
「……それ、ちょっと寂しいね」
「慣れたよ。
でもたまに、誰かの声がほしくなる。
たぶん、俺が人を“観察”ばっかしてるの、それが理由だと思う」
理央は立ち止まった。
夕焼けが街を薄く染める。
「じゃあ、これからは私が話す。秋月くんは、聞いてて」
「うん」
「で、私が疲れたら、今度は秋月くんが話して」
その提案は、対話の練習だった。
“会話”ではなく、“支え合う順番”の取り決め。
湊は初めて、理央と“同じ呼吸”で歩いた気がした。




