死ぬのは承知ですが、私は嫁ぎます
あなたは神を信じますか?
信じてもらった方が我々には都合がよいのですけれども。
神とは天界の住人のことです。
下界の住民の信仰心が我々神の発展に繋がるということがありまして。
あまり下界に手出しするのはよろしくないのですけれども、忘れられてしまうのもこれまた不都合という、微妙な関係にあります。
わたくしですか?
神です。
下界の者の特定の一人と話すことができるという、役割を担っております。
神の存在とありがたみを知らしめるためですね。
ただわたくしが担当したのは、少々変わった令嬢だったのです。
◇
『ファジーさん、朝ですよ』
「ううん……あっ、おはようございます。神様」
『いえいえ』
「神様のおかげで、朝すっきり目覚めることができます。ありがとうございます」
すっきり目覚めさせることくらい、天界の住人であるわたくしにとっては文字通り朝飯前なのですけれども。
彼女は私が担当するファジー・ペイン子爵令嬢です。
いい子はいい子なんですけれどもね。
神と話をすることができるとなれば、もっとやることがあるでしょう?
例えば下界の人々の運命がどういうふうに流れているかとか、神には大体のことはわかっちゃうのですよ?
普通は未来についてアドバイスを求めたりするものなんですが。
ところがファジーさんは聞こうとしないのですね。
自分の行動には自分で責任を持ちたいからって。
しっかりしているというか自立心が強いというか。
唯一わたくしに頼んだのは、朝すっきり目覚めさせることのみ。
ファジーさん寝起きがすごく悪かったんですって。
今では朝が快適だ、さすが神様だって喜ばれてはいますけど、何か違うような?
『ファジーさん。今日は地理学の講義で抜き打ちテストがある可能性が高いですよ』
「そうですか? でも皆に知らせることはできませんね。どこで知ったって、問題になってしまいますし」
一応、神であるわたくしと話せることを、他人には秘密ということになっています。
禁じているわけではありませんが、人に信じさせることは面倒ですしね。
過去には神と話せることを根拠に人の上に立った者もいました。
でもファジーさんは権力とかに全然興味がないようで。
『見直ししておいた方がいいですよ』
「いいえ。私はアンフェアなことはしません。忘れることにします」
一事が万事、こんな感じなのです。
池に落ちるから近付かないようにと言った日も落ちてましたし。
でも友達が落ちるのを防ぐことができた、神様ありがとうございますと言われました。
ファジーさんは立派な人なんでしょうか?
それをファジーさんに言ったら笑っていました。
本当に立派な人なら神様を使い倒して、もっといい国いい社会にしようとするんじゃありませんかって。
それもそうです。
ファジーさんは何て言うんでしょう、潔いですね。
頼りにされていないのかと寂しくもなりますが、わたくしは嫌いじゃないです。
でもわたくしの言うことを真剣に聞いてくれることもあるんですよ。
来年は全国的に不作になると告げたのは、三年前でしたかね?
すぐさま貴族学校の気象クラブにデータを出させ、ほら、ここの天候が不順だから来年不作になるかもって、わたくしの助言も合わせてもっともらしい理屈で顧問の教師を説得したのです。
その顧問は王家にも顔の利く気象の権威でした。
不作の可能性を聞いた王は各領主に備蓄を指示し、結果として次の年は農作物の収穫高は低かったですが、大事には至りませんでした。
その顧問は勲章をもらったんですよ。
一番に注意喚起したファジーさんに恩恵がないのは、わたくしとしても納得がいきませんでした。
『ファジーさんの功が喧伝されないのはおかしいではないですか』
「ううん? でも不作を知ったのは神様のおかげですし、データは気象クラブのものですし、陛下に影響力があったのは先生ですからね。私はあまり働いていませんよ」
『そんなことはありませんよ!』
「あはは。いいではないですか。神様のおかげで大したことなく済みました。ありがとうございます」
欲心が薄いのですかね? ファジーさんは。
こういう人にこそ、幸せになってもらいたいと思うのです。
大きく伸びをしています。
「さて、爽やかな朝ですね。今日も頑張りましょう」
◇
ペイン家に縁談が持ち込まれました。
無論、ファジーさんにです。
『ゴダード子爵家の一人息子、カールさんですか』
「ええ。うちは兄と弟がいるからまず万全です。普通に考えれば私は嫁に行くべきでしょう?」
『ファジーさんには嫁に行く以外の選択肢もあったのですか?』
「人生は一度きりですからね。そして私は比較的自由な身ということもあります。せっかく私は神様とお話ができるのです。いろんなことをやってみるのもアリかなと思っていたのですよ」
『例えばどんなことを?』
「役者とか、商売とか、冒険者とかですかね」
ははあ、様々なことに興味を向けるというのは、いかにもファジーさんらしいなと思います。
『でも結局貴族令嬢らしい選択をするわけですか?』
「はい。カールのことは昔から知っていて、好きなのです。お嫁さんになれるのは嬉しいです」
顔を赤くするファジーさんは可愛いです。
ああ、真っ直ぐな理由で。
これこそがファジーさんなのですね。
しかし……。
『わたくしは賛成できません』
「どうしてでしょう?」
『ファジーさんに幸せになってもらいたいからです』
首をかしげるファジーさん。
「反対されるとは思いませんでしたね。特に悪い話だとは思わなかったですが?」
『カールさんの残り寿命が多くないんです』
大きく目を見開くファジーさん。
こんなことは言いたくなかったですけど、仕方ありません。
「神様がそう言うならば、カールの死は避けられないんですね?」
『はい、病死です』
「病死か……」
『わたくしはファジーさんに幸せになってもらいたいんです。生き方を狭めるような選択をして欲しくない。婚約者が亡くなってしまうと、ファジーさんに傷だけが残ります。だから……』
「カールが死ぬのはいつですか?」
『ちょうど二年後です』
「二年……」
これならファジーさんも諦めるでしょう。
やはりパートナーの死は精神的にも立場的にも苦しいですから。
「卒業してすぐ結婚なら、ギリギリ間に合いそうですね」
『えっ?』
ファジーさんったら何を?
「ありがとうございます。神様のおかげで私の人生は決まりました」
『ま、まさかこの縁談を受けるんですか?』
「はい」
決然とした顔です。
ど、どうして?
『メリットがないではありませんか!』
「そんなことはないですよ。学校卒業後すぐ結婚するなら、カールの子供を授かれる可能性が半分くらいありそうではないですか。ゴダード子爵家には、カール以外に子はいないのですから。皆さんに感謝してもらえると思います」
『そ、そんな……』
「うちペイン子爵家にとっても、ゴダード子爵家と繋がりが深くなることはとてもいいことなんですよ」
『ファジーさんが犠牲になるだけじゃありませんか!』
「いえ、たとえ短い期間であっても、愛するカールの妻になれるなら嬉しいです。子供ができたなら万々歳ですね」
開いた口が塞がりません。
未来を知ってなお、茨の道を行く。
でもこれがファジーさんなのですね。
澄み切った瞳には、何の迷いも屈託も見られません。
「ありがとうございます。神様に教えてもらったおかげで、モタモタしてちゃダメなんだってことがわかりました。今から子作りの勉強をしておきます」
『こ、子作りの勉強って……』
「実践ではないですよ?」
もう、こんな時まで冗談ばっかり。
ファジーさんは何の指針も示せないわたくしにも感謝してくださるのです。
ああ、下界の者でありながら、何と強く崇高な心を持っていらっしゃるのでしょう!
ならばわたくしはわたくしで全力を尽くさせていただきます。
◇
――――――――――その後。
ファジーさんは予定通り、学校卒業後すぐにカール・ゴダード子爵令息に嫁ぎ、妊娠しました。
知人友人の神に声をかけまくって、ファジーさんのことを話したんです。
こんな気高い魂の下界の者がいるって。
神の力を無制限に借りようとせず、自分の選択に自分で責任を取る。
それでいて神に感謝する。
何と純粋で賞賛すべき生き方ではないかと、大反響を巻き起こしました。
ファジーさんに黙って協力しようじゃないかと、何人もの神が手を貸してくれました。
それで無事に子を授かることができたのです。
ゴダード子爵家は一家で大喜びでした。
観察者側の我々も沸きましたね。
また夫カールさんの寿命を少しだけ伸ばすことができたんです。
カールさんは誕生した赤ちゃんを一目見ることができました。
これはファジーさんにバレました。
神様が手を回してくれたのでしょう、ありがとうございますと。
ファジーさんは泣いていました。
カールは迷いなく逝けたと思いますと。
我々も泣きました。
何という感動のドラマ。
生まれた子供は男の子でした。
すくすくと育ちます。
幾人もの神が加護をつけた結果、その子は英雄とも勇者とも呼ばれる傑物になることが決定しました。
彼は母親ファジーさんに、神様には感謝しないといけませんよと始終諭されながら成長していきます。
彼が人類に大繁栄をもたらす暁には、我々もまた大いなる信仰心を得ることがかなうでしょう。
わたくしも有名になりました。
天界と下界にウィンウィンの関係を築いた者として。
違うんです。
ファジーさんは自分自身の人生を、後悔しないように生きただけなんです。
わたくしなんか本当に大したことはできなくて。
わたくしの言うことを聞いていたなら、現在のこの状態はなかったのですから。
当然英雄など生まれるはずもなく。
ファジーさん自身が切り開いた未来だと断言できます。
今、ファジーさんに最期の時が近付いています。
『ファジーさん、聞こえますか?』
「……ああ、神様ですか? こんにちは」
すっかり身体は衰えてしまっていますが、笑顔は変わりませんね。
『ファジーさんは人生に後悔はありませんか?』
「全然。愛する人に嫁ぐことができましたし、子供も立派になりました。孫の顔を見ることもできました。とても満足です」
『そうですか。よかったです』
「みんな神様のおかげです。ありがとうございます」
わたくしだけでなく、このやり取りを聞いていた神達も皆涙します。
ピュアな心を感じるのです。
『ありがとうございます。わたくしはファジーさんの担当でよかったです』
「どうして神様の方がお礼言ってしまうんですか。私が言わなければいけませんのに」
『いいんですよ。もう十分にわかってますから』
「最期だから言わせてください。神様ありがとうございました」
過去形ですか。
どれだけ涙腺を崩壊させる気なんですか!
「一つだけいいでしょうか?」
『はい、何でしょう?』
「死んだらカールと同じところに行きたいのです」
『もちろんそう手配いたしますとも』
「ありがとうございます。これで本当に思い残すことは……」
ファジーさんが目を閉じました。
もう昏睡から覚めることはないでしょう。
通信を聞いている天界の面々がすすり泣いています。
今こそわたくしは言いたい。
悔いなく純粋に生き、自分の道を求めた。
これが愛だと。
PSY・Sというバンド(というかユニット)に『ファジィな痛み』というタイトルの歌があるんです。
切ない感じの。
PSY・Sの歌の中で特別好きというわけではないのに、何故か心に残っているんですね。
本作の主人公ファジー・ペインの名は、そこからいただいています。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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