鳴神物語序章プロローグプロット
涼速春道の物語:序幕
月は闇を裂いて、血に染まる戦場 を静かに照らしていた。
数えきれない屍が無残に横たわ り、散らばる鉄片と粉々に砕けた弾 丸が、戦乱の激しさを物語る。空気 は硝煙と血の臭いで満たされ、微か な風さえも死を運ぶ。そんな光景の 中、ただ一人、涼速春道はなお立ち 続けていた。
鎧は割れ、衣は血に濡れ、その剣 すらも刃こぼれしている。それでも 春道は地を踏みしめ、己の手で掲げ た刃を握り直す。
彼の背後には、もはや支える者は いなかった。全ての仲間が倒れ、従 うべき者たちは散り、かつての栄光 は風化した。しかし、彼の瞳はまだ 死んでいない。 灯る炎は、最後の意 志を刻むように燃え盛っている。
一方で、戦場の遥か向こうに、織田信春が静かに君臨していた。
彼の鎧は驚くほどの威容を放ち、 鮮血で染まる戦場の中でも、その佇まいは揺るがない。手に握る刀は一片の穢れもなく、光を弾いて銀の軌跡を描いていた。新政府軍の兵士たちは彼の背後に整列し、まるで時代の流れそのものが彼に従っているか のようだった。
「・・・・・・・終わりだ春道。」
信春は刀を緩やかに構えながら、 一歩、また一歩と前へ進む。その足取りには迷いがない。旧時代の象徴たる男を葬ることで、真に新しい世界を築く――その決意が、彼の全身から滲み出ていた。
春道は信春の声に応じず、ただじっと目の前の男を睨み続ける。その瞳には疲労と憎悪に似た何か、何よりも、過ぎ去った時代への深い哀惜が宿っていた。
「新しい時代か・・・・・・」
かすれた声で春道が呟いた。足元の血に塗れた大地を見つめるように しながら、かつての栄光を一瞬、頭に思い浮かべる。かつて共に笑い、 語り、剣を交えた日々――あの無邪気だった時間にはう二度と戻らない。
「それがお前の答えか、信春・・・…………」
春道の声には、かすかな悲しみが 混じっていた。それはかつて親友だ った相手に対する言葉であり、同時 に時代そのものへの問い掛けでもあ った。
「そうだ。」
信春は冷徹に言い放つ。その言葉 には一切の感傷もなく、ただ未来を 見据える覚悟だけが宿っている。
「古いものは滅び、新しいものがそ の上に築かれる。それが世の理だ。 そしてお前は――その理に抗う最後 の亡霊だ。」
その言葉に、春道は苦笑を漏ら す。
「亡霊か・・・・・・なるほど、そうかもし
れんな。」
彼は肩を震わせながら、力なく笑 った。
「だが、信春よ。亡霊にも亡霊なりの役目がある。時代を作るのがお前なら、それを問い質すのが俺だ!」
春道は剣を握り直し、最後の気力 を振り絞るように立ち上がる。足は震え、体は限界に近い。それでも、その姿には誇り高き武士の姿が重なって見えた。
信春はその様子を見つめながら、
微かに目を細めた。
彼の中にある感情が何であるかは分からない。ただ、それを言葉にすることはなかった。
「・・・・・・来い。」
信春はその場で静かに待つ。彼は逃げることも、急ぐこともしなかった。ただ、春道が選んだ最後の一手を受け止める覚悟を固めている。
春道は息を深く吸い込む。
「最後に一つだけ、信春・・・・・・」
そう呟くと、彼は目の前の親友を見据えた。
「お前に、この胸の中の何かを届けるために――俺はここまで来た!」
春道は最後の一撃を放つべく走り出した。力の限りを振り絞り、その剣は光を切り 裂くかのように振るわれる。
そして、全ての音が消えた。 静寂の中、二人の運命が交わり、時代が動く瞬間が訪れようとしていた。
刀と刀がぶつかる度、金属音が戦場に響き渡る。まるでその音が過去の 記憶を引き裂き、血に濡れた現実と重ね合わせてくるかのようだった。 涼速春道の脳裏には、忘れることのなかった少年の日々が蘇る。
「お前が父上が用意した師範である春道か。今日からよろしく頼む。」
初めて出会った日、まだ幼さの残る信春の顔が浮かぶ。けれど、その瞳には不思議な光が宿っていた。それは彼が後 に時代を変える王者となることを予 感させるような、冷たさと熱さを同時に孕んだ光だった。
「春道、見てくれ! 綺麗に木が切れ
たぞ!」
無邪気に木刀を振り下ろし、初めての成果を誇らしげに語っていた信春。
あの頃はただ剣を振るうことが楽しいと思う少年だった信春。その成長速度に答えるように俺もまた助言を行う日々。
「もっと肘を使え、そうすれば刀が
もっと軽く感じられる。」
その記憶は、血の臭いに塗れてもなお鮮やかだった。
「春道、今後もよろしく頼む。」
共に戦場に立つようになり、信春が本物の武士になりつつあった時期。
その言葉の裏にある信頼を感じるた び、春道は嬉しさと恐怖が混じり合った複雑な感情に襲われた。自分が関わることで、この少年がどんな未来に向かうのか。戦場で血を流し、勝利を重ねるたびに、信春の中に「信長を超えるもの」としての姿が形作られていくのを見ていた。
「春道、妹を頼むぞ。」
あの言葉が今でも胸に突き刺さって いる。
信春の妹、華を嫁として迎え入れた 時。彼女の笑顔は戦国の世では珍し い、純粋な幸福そのものだった。信春の信頼がそこに込められていることを知っていたからこそ、春道はその言葉を受け止めた。それなのに
「守れなかった・・・・・・。」
刀がぶつかる度、彼の中でその痛みが蘇る。信春の命で、自らの手で華を斬り、信春との絆に大きな亀裂が入った瞬間。あの日、 全てが変わった。
目の前で冷たく光る信春の刀は、あの頃とは全く異なるものだった。 夢を追い、未来を信じていた少年の姿はどこにもない。今、そこに立つのは冷酷なまでに完成された新時代の王。
「まだ立つか。」
信春が無感情に呟く。彼の声音はま
るで機械のようで、昔のような親しみは一欠片も感じられない。だが、その言葉が春道の記憶をさらに刺激する。かつての弟子であり、親友でもあり、家族でもあった関係。その全てを背負い、春道は刃を掲げた。
「信春………………」
短く呟いたその名前には、憎しみも 悲しみも全てが込められている。
「お前は俺から何もかも奪った が・・・・・・この命だけは、俺のもの だ。」
一閃。
春道の刃が閃き、信春の刀と再び激突する。火花が散り、音が戦場を震わせるたびに、過去と現在が交錯する。彼が振るう剣には、全てが詰め込まれていた。失ったもの、守りたかったもの、そして託したかったもの。だが信春の刃は、それらを全て断ち切る冷たさを持っている。
「時代を止めることはできない。」
信春の声が、春道の耳に届く。その 瞳には、かつての親友への情などは一切ない。あるのはただ目の前の屠るべき敵に向ける殺意だけ。
「ならば、俺が問い続ける。お前の時代が正しいのかどうかを!」
春道は全身全霊を込めて突撃する。
二人の刃が重なり、火花を散らす。
屍の山を越え、血に塗れた戦場で、 時代の象徴たる二人が最後の決着を迎えようとしていた。
そして、その瞬間にも、春道の脳裏には笑顔を見せる信春との日々が浮かん でいる。
「春道、ありがとう。」
その言葉が、幻のように春道の心に響いていた。
刀が一閃し、刃先が涼速春道の胸を貫いた。血が流れる音は、これまで幾度も耳にしてきたものと同じはずなのに、その音は妙に静かで、冷たいものだった。
春道は、その刃が自分の身体を貫いていることを理解しながらも、未だに握っている刀を手放すことができなかった。全身の力が抜ける中、それでも信春を見つめていた。春道は微動だにせず、冷たい眼差しをこちらに向けている。
「やはり・・・・・・これが・・・・・・最後か。嫌当然の結末だ。」
春道の口から漏れる言葉は、声というよりも風の音のようだった。彼はふらつきながらも、残りの全ての力を込めて信春の肩を掴む。
口から既に血が流れ初め喋る所か立っている事すら不可能な筈だ。
それでも春道は言葉を紡ぐ。
「・・・・・・・華の件以来・・・・・・俺は・・・・・・お前 ・・・・・・恨もうとした・・・・・・」
言葉は途切れ途切れで、 かすれてい る。それでも春道の瞳は真っ直ぐに信春を見つめていた。
「けど・・・・・・やっぱり無理だっ た……」
信春の眉がわずかに動いた。それは冷徹な新時代の象徴たる彼にしては、わずかながら感情を揺らした証拠だった。
「だって・・・・・・俺は・・・・・・今でも・・・・・・お前を…」
春道の手がさらに信春の肩を強く掴 む。その力はもはや途切れる寸前だ。
「親友だと・・・・・・」
春道の言葉が途切れた瞬間、彼の身体は力を失い、ゆっくりと崩れ落ちた。その瞳には既に光はなく、彼が最後に信春へ伝えた言葉だけが戦場に静かに響いていた。
信春はしばらくその場に立ち尽くし ていた。血に濡れた刀を見つめ、肩に残る春道の感触を意識しながら、 無言のままその場を動けなかった。 周囲では新政府軍の兵士たちが歓声を上げる。旧時代の象徴である涼速春道を討ち、時代の転換を成し遂げたのだ。その声は信春にも届いていたが、彼は振り返ることなく、ただ静かに地面に横たわる春道の遺体を見下ろしていた。
「………………親友、か。」
その言葉を呟いた声には、かつての信春の面影が僅かに滲んでいた。彼の頬に一筋の雫が零れるが拭う事はせずただ流した。
信春は新しい時代の象徴として歩みを始めた。しかし、彼の最後の言葉は、信春の胸の中に深く刻まれたまま、消え去ることはなかった。
その時兵士達が大声をあげる。
「おい春道の遺体が消えたぞ!」
信春もその声を聞き振り返ると今先程横たわっていた遺体が忽然と消えたのだ。
信春も疑問を抱くが、直ぐに兵士達に威圧をかける。
「今更やつの遺体が消えた所で問題は無い、それより早く戦後処理を行うぞ。」
かくして最後に謎を残しつつも涼速春道の大乱は幕を閉じた。
そしてここからの話は現代に移る。