エピソード15 課長
翌週金曜日の退勤後、祐希は南條のリクエストに応えるべく、近所のスーパーにやって来た。
比較的仕事の込み合っていない時期でもあり、日中の頑張りと残業を短時間で終わらせられた祐希と違い、南條は21時頃の退勤となるとの連絡があった。
「祐希さんの家庭料理が食べたい泣」と大泣き犬のスタンプ。
待ち合わせが難しいとの連絡とともに、泣きの入った南條を癒すべく、祐希は肉じゃがにしようか、酒の肴もいるよな、と売り場を見てまわる。
一通り買い物を終えた後、買い忘れがないか考えて、会社のデスクに置いているボトルガムが残り少ないことを思い出す。それと共に、今日課長に聞いた話が思い出された。
「雨宮、最近一段と仕事がキレキレだって課員が噂してるぞ」
昼食を朝コンビニで買ってきたサンドイッチで済ませた祐希は、昼で出払ったフロアで1人仕事をしていた。すると、昼休憩から早めに戻って来た課長の三ノ宮が話しかけてきた。
「あー、すいません。今日ちょっと約束があるので、前倒しでやっていました。誰かから苦情でもありましたか」
課長は首を振りながら、自席に戻らずに雨宮の横のデスクに寄りかかった。
「いや、そういうことじゃないから気にするな。雨宮はちゃんとやることやってるから安心してるよ。それより何か良いことでもあるのかと思ってな」
課長には、入社当時の直属の上司だったこともあり、ずっと可愛がってもらっている。課長にお子さんが生まれる前はよくご飯に連れて行ってもらっていたくらいだ。
課の皆にデートかと揶揄われたことがあったし、そろそろ同期でもチラホラ結婚した者も出ている。俺を心配してくれているのかもしれない。一応言っておくか。
「違いますよ。トーワ商事の南條さんと最近仲良くして頂いていて、今日も約束なんです」
「あー、そうか。南條君か」
課長は一瞬、間をおいてから話し始めた。
「南條君とは、R社にいた頃に取引させてもらっていてね。南條君のいた課とは別の課とも取引があったからそっちに聞いた話なんだけどね」
人の噂話をしない課長には珍しいことだった。
このまま聞きたいような、先日の森下の話が頭を過り、聞きたくない内容かもしれないとの思いもあり、無意識に身体に力が入る。
「R社の役職者の縁戚入社だっていう同僚の女性とお付き合いされていたんだそうでね。本当のところはどうだかわからないけど、結婚間近かとまわりが勝手に盛り上がっていた時に、その女性ば授かり婚で南條君と別の同僚と結婚したってことがあったらしいよ。それで南條君いづらくなって、現在の職場に移ったみたいだね」
ガヤガヤと同僚たちが連れだって戻ってきたタイミングだったこともあり、課長は自席に戻っていき、俺はといえば、しばらく課長の言葉を理解するためにパソコンの前で固まっていた。
考えごとをしながらもレジに並び決済し、いつの間にか買い物袋を抱えて自宅に辿り着いていた。
あの後輩君の言っていたことは、言い方は別にしても大方合っていたってことだよな。
でも、過去のことで終わったことだ。今は俺のことが好き……だとは言っていないが、付き合っている彼氏だとは言ってくれた。
誰だって過去の一つや二つあるんだから、気にしなければいい。
最近は俺だって、以前のように先輩の夢を見ることもなくなってきた。
さぁて、と自分に気合を入れる。エプロンを身に着け、南條に振る舞う料理に取りかかった。




