1話
大国同士での大戦が集結して早くも5年の月日が流れた。
戦勝国の我らの国の祝いの宴も落ち着き、新たな領地となった旧敵国領内での散発的な抵抗活動も最近はほとんど聞かなくなった。
世の中は平和による安寧に包まれていた。
しかし、一部の人間はそうも言っていられない。
己の力と武力のみで戦場を生き残ってきた、戦うことしか知らない戦士の集団。
大戦が終わった瞬間に彼らは食い扶持を失った。
その中でも大部分が次の2つのどちらかに流れた。
力に自信があり、むしろそれしか取り柄の無い人たちは、更なる戦いを求めてこの国を出て、未だ戦争が行われている遠方の国に向けて旅立った。彼らはその行く先々できっと目覚ましい活躍をするのだろう。
もう少し常識と礼節を持って人と接する事が出来る人々は諸侯に頭を下げて、その私兵団に取り込まれていった。彼らに給料を払うのは諸侯であるので好きにさせておけば良い。
問題になっているのはそのどちらにも流れなかった奴らの事。
奴らは大戦での活躍を盾に国から治安維持部隊の称号と金を手に入れ、その金で城下の店で昼から酒をたらふく飲み、気に食わない相手には力で解決しようとする。
金をせびりに来る度に隊長にはそれらに対し節度ある行動を求めるが、所詮奴らは悪ガキの集まり程度の規律しか持ち合わせていない。
どんなに隊長がまともに他を押さえつけようとしても、真剣には聞いてもらえないのだろう。
隊長はその話題になる度にバツが悪そうな顔をしていた。
見かねて何度か牢に閉じ込め反省を促した事もあったが、出てしまえばまた暴れ始める。
新しい平和な時代に適応しきれない、この国にとっての悩みの種たち。
国王は奴らの事を大変憂慮しており、私たち家臣団に解決案を出すようにご命令を下された。
そこで私は一つの案を上奏し、見事それは採用された。
後日、そんな街中で騒いでいる治安維持部隊が王宮に呼び出された。
謁見の間にて彼らに対して国王がお言葉を授けた。
「先の大戦ではご苦労だった。諸君の活躍により我が国は勝利を得る事が出来た。ここに記した通り我が大国はここまで大きくなれた。」
国王が指し示すように、国の範囲を書き記した巨大な地図が治安維持部隊の前に広げられている。
「地図の上では此処まで広げられたが、実際は未だ状況が不安定だったり、問題を抱えている地域だったりがある。
そこで、我が大国の領土をしっかりと固める為、諸君にはもう一度力添えをいただきたい」
彼らは国王の問いに力強く答えた。
「詳細に関しては大臣より説明を」
「はっ」
国王より直々に指名をされて、本当は顔すら見たくない彼らに説明をする。
「この国の領土の北方には雄大な山脈がある。そこは確かにこの国の領土だが、冬の間は完全に雪に閉ざされる。
それ以外の春から秋にかけては山脈を横断する交易路が確立されており、この国の貿易の重要な一端を担っている。
もし、冬の間も使える交易路が確立できれば、この国はより多くの益を得るだろう。
その為に、治安維持部隊の諸君には現地に赴いてもらい冬の間も使える道を開拓してもらいたい」
私の説明に隊長が言葉を返す。
「今から向かえばちょうど雪が降り始める時期になりますが」
当惑しているような声に重ねるように続ける。
「だからこそだ。その時期に行けばどのような所に雪が積もりやすく、道に適さないかがよくわかるだろう。
さらにそれほど雪が積もらない開けた場所が見つかれば、そこに中継拠点を設置する事も望ましい」
「・・・わかりました」
隊長は表情には出さないが渋々と言った感じでこたえた。
「ついては有難くも国王より、勅命書と餞別として旅費の一部を下賜していただける事になった」
「有難き幸せです」
彼らは再度深々と頭を下げた。
「ああ、あとこれは余談だがその山の麓ではある伝承が有って、なんでも冬の雪山には「山の征服者」なる名前を付けられた怪物が現れるらしい。
山の麓の民はその怪物を恐れて冬の間は山に入らないらしい。それも冬の交易路の確立が遅れている原因の一つだ。
それがどんな怪物かは知らんが、もし実在するのであればそれを成敗し冬の雪山を我ら人の手に取り戻すように」
あくまでただの伝承に出てくる与太話で、実在してもどうせ熊などの類だろう。
実在しなければしないで良いし、もし実在してそれがただの熊なのであればそれを、国王の勅命を下された彼らが倒す事で地方での国王への信頼が増えるだろう。
つまりどちらに転んでも我らの国としては良い方向に進む。
「ではもしその「山の征服者」なる怪物が本当におりましたら、我らの手で倒しその毛皮を国王に献上いたしましょう。」
自信満々にそう答えると彼らは国王に会釈をして謁見の間を退出していった。
その様子を見送った後、国王にお伺いをたてる。
「して、路銀はいかほど下賜いたしましょうか」
「まあ、ある程度潤沢に渡してやれ。それが奴らへ渡す最後の金となるならいくらも惜しくはない」
「かしこまりました」
これで城下から厄介払いが済んだ。そういった面持ちで国王は笑みをたたえた。
数日の内に治安維持部隊の彼らは必要な物資の買い出しを済ませた。
一日遅れればそれだけ山に積もる雪が深くなる。下手に遅れれば入山自体が難しくなる。
もし冬の間入山できないからと言って何もせずに居たら、それは勅命に反した事になり自分たちが討伐対象にされかねない。
だから、少しでも早く赴かねばならない。
その思いから、彼らは少し焦りを感じながらも入念な準備を済ませる。
そして、遥か北方の目的地に向けて旅を始めた。
村の裏手にそびえる母なる山は既に雪化粧で輝かしい。麓に位置するこの村にも雪は降り始め、人に踏まれぬ道の脇には積もり始めている。
冬の間は厚い雪に閉ざされるこの村にとって、この秋から冬にかけてのこの時期の失敗は死活問題に直結する。
食料などの貯えを十分にしておかなければ、長く厳しい冬を越すことは出来ない。
収穫を終わらせ、採取を隅々まで行い、家畜を絞めて、保存食を作る。
もし少しでも怠れば春を待たずに死を迎える。それでこの村は何度となく廃村の危機に瀕してきた。
今年は豊作だったことから幾分かは余裕が持てる。村の共同の倉庫には十分に食料がある。
「今年も何とかなりそうですね」
倉庫の中を長老と共に眺めながら言った。
「そうだな。皆の頑張りのおかげだ」
長老は誇らしげにつぶやいた。
「いつぞやの年は酷かった。あんな思いはもうさせたくないからな」
長老は昔の苦い記憶を思い出しているのだろう。実際経験をしていない自分としては想像をするしかない。
そうしてこれからの残り僅かな時間で更にここに溜め込めるであろう量を目算していると、村の入り口の方が騒がしい。
何かのもめ事かそれとも野生動物でも現れたか。
「すみません、長老。少し見てきます」
長老に一声かけて村の入り口に近づく。そこに集まっている村人達の視線は村の外に向けられていた。
この村に続く唯一の道。そこを隊列を組んで一塊となった10名程がこの村に向かって歩いてくる。
道の終端がこの村であるため、この村に用が無いと言う事は無いだろう。
最初に思いついたのは行商。
しかし行商であれば荷馬車など商品を運ぶ手段が必要になるはずだが、彼らにはそういった物を持ってきてはいない。
そもそもこの時期に行商に来ても、それほど彼らに利益は出ないだろう。
この時期は皆、冬を越すために必死だ。散財をしているほどの余裕は無い。
徐々に近づいてくるにつれて小隊の仔細が分かるようになってくる。
「・・・どういう事だ」
思わず言葉が漏れた。
彼らは全身を甲冑で包み、腰に剣を下げてこの村への道のりを歩いてきた。
国同士の戦は数年前に終わっているし、この付近ではそもそも武力介入が必要なほどのいざこざすら発生していない。
こんな辺鄙な田舎で暴れているのは山から下りてきた野生動物ぐらいのものだ。
理由はわからないがあんな物騒な格好をしている人たちをそのまま村に入れる訳にはいかない。
村の入り口に集まっている村人の前に出て、最前列で待ち受ける。
その武装した集団は村の前まで来て、やっとその行軍を止めた。
「この村にようこそいらっしゃいました。しかし、どういったご用件でそのような物々しい格好で訪れたのでしょうか」
私の質問に対して、彼らの長と思しき人から返答が来る。その顔は笑顔でありすぐにすぐ荒事にはならずに済みそうだ。
「出迎えありがたい。我々は国王より勅命を授かりこの村の奥にある山に用がある。
ついては、この村への滞在の許可を頂きたい」
村の重役として頭を回す。彼らを受け入れた場合のメリットとデメリット、そしてその逆の場合。それらを勘案してまずは受け入れて、詳細を聞くことにしよう。
何よりも避けなければならないのは彼らに剣を抜かせることだ。
「この村の重役として、あなたたちを歓迎しましょう」
握手をして村に迎え入れる。
彼らの人数はちょうど10人。そんな大人数が泊まれるような場所はこの村では教会の空き部屋ぐらいのものだろう。
そもそも来客すら珍しいこの村に宿屋なんかを営んでいる人は居ない。
周りの村人の一人に先に協会に走ってもらい、司祭様に話をつけておいてもらう。
「なにぶんこんな小さな村です。大所帯の方々に泊まっていただくには教会の空いている部屋ぐらいしかなく、よろしいですかな」
「部屋を用意して頂いただけで十分ありがたい。最悪野宿も考えていたのでとても感謝しています」
最後に彼らの長に一言告げる。
「では私はこの事を村長に伝えてきますので、一息付けた後に村長のもとに来ていただけますか」
「わかりました。こちらとしても村長への挨拶の場を作っていただいて助かります」
少なくとも話は通じるようだ。
彼らはそのまま教会の中に進んでいった。
それを見送ってから長老の元に行き、先ほどの詳細を伝える。
「・・・母なる山に用か」
「そのようです。やはり村の前で追い返した方がよろしかったでしょうか」
「いや、そんなことをすれば腰に付けた物を抜くだろう。そうなれば村中が危険にさらされただろう。
まあ、まずは向こうの言い分を聞いてみるとするか」
そうして長老と共に長老宅にある応接間で彼らが現れるまで待つ事にした。
ややあってから村人に案内され、甲冑を脱いだ二人が姿を現す。
1人は先ほど村の入り口で話した彼らの長だと思われる人物。もう一人はその後ろに付き従うように付いてくるので、副長とかなのだろうか。
互いに紹介と挨拶を交わす。
彼らの長はトビアス、その後ろに付き従うのが副長ヘルゲという名前だった。
「城下に居た時は「治安維持部隊」と名乗ってはいたのですが、この勅命を受けたと同時に名目上その部隊は消滅しまして。今はただの気の合う奴らの集まりでしかないのですが、一応私が隊長をしています。」
トビアスと名乗った隊長は人当たりの良さそうな優し気な笑顔で話した。
それに対して副長のヘルゲという人物は、正直第一印象があまりよろしくない。仏頂面に我々村人を見下すような冷めた目。友好的では無いのは明らかだ。
「では、トビアス隊長。改めて、この村に来た理由のご説明をお願いします」
「まずはこちらの勅命書をお読みいただくのが速いと思います」
トビアスは持参した書類を長老に差し出した。受け取った長老は一読した後、こちらに回してくれた。
触っただけでわかる上質な紙、そこに綺麗な書体で書かれた公式文書特有の言い回しが多用された文言、そして国王のサイン。
それらが全て、この勅命書を本物だと物語っている。
書いてある内容を要約すると、「母なる山にある交易路を冬の間も使用できるようにする」という一言にまとめられる。
その為に、冬の雪山に入り道として使えそうな場所の選定。そして可能であれば中継拠点の設営。
以上の2点が具体的な勅命の内容だった。
言っている事だけを見た時に確かに良さそうな事を言ってはいる。
雪をまとっていない時期の母なる山には細いながら確かに交易路が存在し、物や人が往復している。
現状では交易路にある峠を越えた向こう側の土地も同じ国の領土内だが、そのすぐ先には他国があり貿易が行われている。
もし母なる山の交易路を雪の降り積もる冬の間も使用できれば、それはこの国にとってだいぶ大きな益をもたらすだろう。
しかしそれはあくまで国王様などを含めたこの村の外の人間の言い分であり、それがそのままこの村の中でも通用するわけではない。
母なる山は神聖な場所であり、特に「山の征服者」が治める冬の時期においそれと入っていい場所ではない。
「この勅命を実行するにあたって、この村の方々に山の案内をお願いしたいのですが」
トビアスはさも当然の事のように提案をしてきた。しかし、その提案を受け入れる人はこの村には居ないだろう。
長老が重い口を開いた。
「隊長さん。この任務が国王様からの勅命でありその効力は絶対なのは理解しています。しかし、われわれ山の麓の民はこの時期の山に入ることを自分たちで厳しく禁止にしています。ですから一緒に山に入る事は出来ません。
本音を言わせてもらえればあなた方にも冬の山には入ってほしくはない。しかし、そういう訳にもいかない事も十分理解しています」
勅命書には期限が切られており、春の雪解けの頃までには達成の可否に問わず報告するように求められている。
つまり、私たちの習慣にのっとって春まで入山を先送りにしていては報告ができず、勅命に反したとみなされてしまう。
「ですから、村の中でできる手伝いは十分にさせるようにいたしましょう。これから日に日に雪は深くなりますから、なるべく早く出発できるように大急ぎで必要な物資をかき集められるように協力を約束しましょう」
「お気遣いありがとうございます」
トビアスは深々と礼をして感謝の気持ちを表した。
「あとこれはただの雑談だと思っていただきたいのですが、この村の方々が冬の山に入らない理由というのは、もしかして「山の征服者」と呼ばれるものと関係があるのですか」
村の部外者である彼からその名前が飛び出して驚いた。そうすると彼らはその存在を知ったうえで冬の山へ入ろうとしているのだろうか。
「我々の伝承までご存じとは驚きましたな。どの程度まで知っておられるのかな」
長老は嬉しさ半分でそう聞き返した。
「いえ本当に聞きかじった程度でして「山の征服者」と呼ばれる怪物がいて、そのせいで地元の方が冬の山に入れないとかで、もし実在するのであればそれも成敗してこいと言われていまして」
トビアスは言われた事を思い出すように喋った。
喋った本人とその後ろにいるヘルゲの部外者2人には気が付かなかったかもしれないが、その場に同席していた村人たちの表情が凍り付いた。
トビアスは「山の征服者」を怪物と呼び、あまつさえ成敗するとまで言い放った。
動揺が伝播する前に長老が口を開き、会話を続ける。
「それは完全に話を盛られましたな。「山の征服者」は伝承の中でのみの存在で実在する何かではありません。この村で育った子供は皆、冬になると親に言われるんですよ「冬の雪山に勝手に入ると「山の征服者」に襲われるよ」と」
笑顔で話す長老につられてトビアスも笑顔になる。
「なるほど」
「他の色々な習慣もある為、我々は冬の雪山への立ち入りを自分たちで禁止しているのです」
「では成敗してその毛皮を国王に献上することはかなわないか」
「そうですな。「山の征服者」は実在しませんが、人すら獲物にする大熊なら山のどこかに居るはずです。そちらでしたら我々としてもほとほと苦慮しているので願ったり叶ったりです」
「わかった。山に入ってもしその大熊を見かけたら我らの武力によって成敗しよう」
「それはとても助かります」
長老の機転によりその場は和やかな談笑が続き、お互い笑顔のまま終了した。
続けて場所を移し彼らへの歓迎の宴が行われた。
宴の席で長老に近づき先ほどの事に感謝を述べた。
「長老、先ほどはありがとうございました。あまりの突然の言いように戸惑ってしまって」
「おぬしもだが他の奴らもまだまだ若いの。あんなすぐに感情を表に出してしまっては重要な交渉事で上手く行かんぞ」
「肝に銘じておきます」
「実際の所、儂も苛立ちは覚えたがそれらは所詮彼らがちゃんと知らないから。説明する前に生まれている誤解に腹を立ててもどうしようもないだろう」
改めて長老のすごさを思い知る。
「明日以降、なるべく早く彼らが母なる山に入れるように村人総出で手伝うように」
「わかりました。今日のうちにトビアス隊長と話して、必要なものを洗い出しておきます」
「うむ」
彼らを歓迎する宴は夜遅くまで続いた。